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167 前死王との戦い

 目の前にはグレートドラゴンのゾンビが1体。

 強敵ではあるが、クルスの敵ではない。


 クルスに気づいたグレートドラゴンが口を開きかける。

 その瞬間、さらにクルスが加速する。


「咆哮させないよ!」

「G……」


 咆哮とブレスを吐く前に、クルスの聖剣がドラゴンの首を切り落とす。


「とどめは後でいい!」

「了解です!」


 いくら聖剣と言えど、一度切っただけではゾンビは死なない。

 首を失っても体はジタバタと暴れている。

 だが目鼻耳と切り離されているのだ。手足はやみくもに暴れているだけ。

 並みの冒険者には脅威でも、俺たちにとっては怖くない。


「後でしっかりとどめを刺してやるからな」

『哀れなのだ』


 高速で駆けるフェムに乗ったまま、俺はドラゴンゾンビに語り掛けた。

 ゾンビは本当に哀れだ。


「ぴぎーーーーー」


 その時、クルスの肩に乗っていたチェルノボクが叫んだ。

 同時にチェルノボクが強く輝く。綺麗な青い光が周囲を照らす。


「grr」


 ドラゴンゾンビの首は小さく鳴いて、動かなくなる。同時に体の方も動きを止めた。


「な、なんじゃ?」

「もう?」

「死神の使徒の権能だろ。弱いゾンビなら天に還せるってあれ」


 ヴィヴィとモーフィが困惑していたので解説してやる。

 ターンアンデッドというやつだ。

 ドラゴンゾンビは弱くはないが、聖剣で切られて弱った後なら効くのだろう。


「ターンアンデッドって、聖職者が使う系の奴なのじゃ」

「そうだぞ。それの超強力な奴だな」


 教会の聖職者が使うターンアンデッドは、正直弱い。

 攻撃魔法をぶつけたほうが、ましな程度だ。

 だが、死神の使徒のターンアンデッドは強力なようだ。


 聖職者の聖別と、聖神の使徒クルスの聖別が、雲泥の差なのと同じだろう。


「チェルちゃん凄い!」

「ぴぎっ!」


 クルスに褒められ、チェルノボクはふるふると震えた。

 チェルノボクを肩に乗せたまま、クルスはアジトの中へと突っ込んでいく。

 アジトに入ってからチェルノボクは再度輝いた。


 光を浴びたゾンビたちは、一瞬動きを止める。

 弱そうなゾンビの中には完全に動きを止めたものまでいた。天に還ったのだろう。


「すごく走りやすいよ!」

「ピギ」


 一瞬でも動きを止めれば、クルスにとっては大きな隙だ。

 ほとんど減速せずに邪魔なゾンビを切り裂いて進んでいく。

 その後ろを俺とフェム、ヴィヴィとモーフィはついて行くだけである。


「戦闘能力は低いって司祭は言ってたけど、クルスと組ませてゾンビに当てるとすごいな」

「ドラゴンゾンビが、まるでゴブリンのようじゃ……」


 あっという間に、最奥まで進む。

 そこには人間のアンデッドが立っていた。


『まえのしとだよ』

「あいつか」


 顔は緑色だが、崩れるほど腐敗は進んでいない。

 意思の無いぼーっとした表情をしている。


「クルス、注意しろ」

「了解です!」


 クルスとの距離が十歩ぐらいまで縮まったとき、前死王の気配が変わる。

 クルスは慌てた様子で後ろに飛んだ。それを前死王の放った矢が追う。

 一本ではない。同時に数十、いや数百の矢が飛んでくる。


「不死殺しの矢だ! 当たるなよ」

「はいっ!」


 前死王は全く予備動作なく、不死殺しの矢を放ってくる。

 矢は速く、大量で途切れない。

 直線軌道のものもあれば、弧を描き追尾するものもある。

 物理的な矢ではないため、途切れることがないのだ。

 不死殺しの矢は地面にぶつかったり聖剣で弾かれて消滅していく。


 さすがのクルスも近づけない。


「ヴィヴィ、モーフィ。背後を頼む!」

「了解なのじゃ」

「もっも!」


 ヴィヴィを前死王から離すと同時に、後ろから襲ってくるゾンビを抑えてもらう。


「もおおおおお」

「食らうがよいのじゃ!」


 後ろの方で、魔力弾の炸裂する音が聞こえてくる。

 ヴィヴィの放つ魔法の音も聞こえてきた。


 こうなっては、俺も魔法を温存していられない。

 いくらクルスでも数百本もの不死殺しの矢をかわし続けるのは難しかろう。

 俺は魔力障壁を使って、クルスに向かう不死殺しの矢を撃ち落としていく。


『かわすのは任せるのだ』

「頼む」


 俺の方に飛んでくる矢はフェムが見事にかわしてくれる。

 本気になったフェムは俊敏だ。

 もともと俊敏な魔狼だった。だが、魔天狼になった今、俊敏さはさらに増している。


「ピギー!」


 チェルノボクも懸命に光っている。だが前死王は動きを緩めない。

 前死王にターンアンデッドをかけるためには、直接触れなければならないに違いない。


 魔法障壁で不死殺しの矢を防ぎながら、隙を見て魔力弾をぶつける。

 だが、不死殺しの矢で撃墜された。


「厄介だな」

『攻守ともに隙がないのだ!』

「近づけないです!」

「ピギ!」


 さすがは仮にも死王だった者である。

 一撃で致命の攻撃を大量に、かつ高速で打ち出してくるのだ。


「矢は俺が落とす」

「任せます!」


 改めて気合を入れる。

 一度に数百飛んでくる矢をすべて落とすしかない。


 こちらも同時に数百の魔法障壁を繰り出す。

 一つ一つの障壁を小型化し正確に矢の先端にぶつけていくのだ。


 ——ガアアアアアア——ッ


 矢と障壁の当たる数百の音が一つの音になって聞こえてくる。

 クルスは俺を信じて突っ込んでいく。まったく矢を避けない。


 前死王は突っ込んでくるクルスに矢を集中させる。

 密度がさらに濃くなった。こちらも障壁をさらに出して対抗する。


 前死王との間合いが詰まったとき、クルスの肩からチェルノボクが跳ねた。


「ぴっぎいいいいいいいいいいい」


 まばゆいばかりの青い光が輝く。死王による全力のターンアンデッド。

 それでも前死王を天に還すには至らない。

 一瞬だけ前死王をのけぞらせたにすぎない。だが、その一瞬はクルスにとっては十二分。


「はあああああ」


 気合と共にクルスが聖剣を振りぬく。前死王は二つに分かれて転がった。


「ぴぎっ!」


 チェルノボクが素早く前死王にとびついた。

 前死王の顔に取り付き、とても強く青く輝く。


「うぎ……」

 一言呻いて、前死王は動かなくなった。


「ぴぎぃ……」

 チェルノボクの鳴き声は少し寂しそうだ。


「チェルちゃん大丈夫?」

『だいじょうぶ』


 クルスが優しくチェルノボクを抱きかかえる。


「終わったのなら、こっちを助けに来るのじゃ!」

「もっもーーー」


 後ろで戦うヴィヴィとモーフィが大声で叫ぶ。


「すぐ行くよー」

「ぴぎー」


 クルスはチェルノボクを肩に乗せて突っ込んでいく。

 チェルノボクは綺麗な青い光を発していた。


「俺たちも行くか」

『ひざは大丈夫なのだな?』

「無理はしないさ」


 フェムは走る。俺もフェムの背に乗ったまま、魔力弾を撃ち込んでいった。


 チェルノボクのターンアンデッドの効果もあり、残敵はあっという間に殲滅できた。

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