前死王とゾンビをすべて倒したあと、チェルノボクが倒したアンデッドに触れていく。
チェルノボクの死神の使徒の権能で、魂を天に還すのだ。
そうしておいてから、周囲を改めて観察した。
壁に囲まれており、奥に研究所らしき建物がある。
前死王はその建物の前にぼーっと立っていた。
クルスが前死王の亡骸を見ながらつぶやく。
「なんのアンデッドだったんでしょう。……まるで」
「ゾンビみたいだった?」
「はい。でも、仮にも死王だった者がゾンビにはならないと思うんですけど」
クルスの疑問はもっともである。
死王が自らをアンデッド化するときにゾンビを選ぶはずがないのだ。
「でも、どう見てもゾンビだったのじゃ。外見も行動も」
「そうなんだよな」
『臭いもゾンビの臭いだったのだ』
「もう」
フェムとモーフィもゾンビだったと主張している。
俺はチェルノボクに尋ねてみた。
「チェル。前死王って……」
『ぞんびだよ』
「自らを強力な不死者と化したのでは?」
『たぶん、しっぱいしたんだよ』
「そんなことってあるの? 仮にも死王だったんだろ?」
『しおうじゃなくなった』
俺は少し考える。
「つまり、前死王は自らを何らかの強力なアンデッドにすべく術を発動した瞬間に死王ではなくなったと」
『たぶん』
「なるほど」
術の最中に死神の加護を喪い、術がエラーを起こしてゾンビになった。
そういうことなのかもしれない。
不死者を絶対に許さない死神としては、最高のタイミングだ。
もしそうなら死神の意思は、人間にも推し量りやすいのかも知れない。
「えぐいことするのじゃ……」
「もぅ……」
ヴィヴィとモーフィは前死王に憐れむような視線を向けていた。
それから俺たちはゾンビの死体から戦利品を回収し焼く。
前死王も火葬した。
次に建物を調べる。それなりに大きな建物だった。
中には研究道具や資料が山のようにあった。
『まえはきょうだんにあったんだよー』
「資料や道具を持ってこちらに移動してきたってことか」
「なんでそんなことしたんでしょう?」
クルスが首をかしげる。
司祭の話だと前死王は教団から突然消えたのだという。
そして使徒座がチェルノボクに移った。
「たくさんのゾンビを作るためには教団の建物では不都合があったのかもな」
「ふむー?」
「もしくは教団はまた別の用途に使うつもりだったとか」
教団の屋敷でゾンビを作るのなら、人は全員追い出すかゾンビにするかしかない。
だが、それなりの教養を持った人で構成される組織は簡単には作れない。
ゾンビ化させた魔獣の集団を作るよりも難しい。だから惜しいと考えたのかもしれない。
「まあ、今となってはわからんな」
「ふむー。ここで、前死王はゾンビの研究してたんでしょうか」
「ゾンビというよりアンデッド全般かな」
「こんな研究、全部焼いてしまえばいいのじゃ!」
「もっも!」
ヴィヴィとモーフィは焼くべきだと主張している。
『フェムは敵を知ることは大事だとおもうのだ』
「りゃっりゃ!」
フェムとシギショアラは研究すべきだという立場のようだ。
いや、シギはただ鳴いただけかもしれない。
「ふむー。アルさん、どうするべきだと思いますか?」
クルスは真剣な顔で悩んでいた。
ここはクルス領。クルスの裁量で決めなければならないのだ。
アンデッド化の資料など焼いたほうがいいという考えもある。
対策として残すべきだという考えもある。難しい問題だ。
俺はチェルノボクに尋ねた。
「死神教団で保管したりしたい?」
『したくない』
「そうか」
『わるいやつにおそわれたらこわいんだよー』
死神教団の戦闘力はあまり高くない。
チェルノボクの懸念はよくわかる。
「資料はともかく、建物や研究資材は焼いたほうがいいかもしれないな」
「資料はどうしましょう。厳重に保管できたらいいんですけど」
「ムルグ村の倉庫か……、シギの宝物庫にいれておけばいいかな」
それならば悪者に盗まれるということはないだろう。
もし研究する必要があれば参照できる。
「なるほど。わかりました! 資料の方はアルさんにお任せします。建物は焼いておきましょう」
「了解」
俺は資料を魔法の鞄に放り込んだ。
「建物を焼くのはわらわの魔法陣に任せるのじゃ!」
ヴィヴィが建物の周囲に魔法陣を描いていく。
かなり大きな魔法陣だ。それでも、あっという間に完成させる。
「ヴィヴィ、また魔法陣描くの速くなったな」
「ふふん。そうであろ!」
ヴィヴィは自慢げに薄い胸を張る。
発動した魔法陣の威力は高かった。一瞬で建物が火に包まれる。
結界に囲まれているので、熱が外に逃げない。まるで高性能な炉のようだ。
建物が焼け落ちた後、チェルノボクがぴょんぴょんと移動してきた。
そして、俺の左ひざに体を触れる。
『あるら、ひざだいじょうぶ?』
「まだいつも通りだな。でも、魔法使っちゃったから夜あたり痛くなるかも」
魔法を使うとひざの石が成長してしまうのだ。
『しんぱい。がんばるー』
そういって、チェルノボクは光り始める。治してくれようとしているのだ。
とても、ありがたい。
輝くチェルノボクをみながら、クルスがうなずいた。
「前死王が天に還ったから、今なら解呪できるのかも!」
『がんばるー』
輝きが増すにつれて、痛みが引いていく。
ひざの違和感が薄くなっていく。
しばらくして、チェルノボクの輝きが収まった。
『どう?』
「なんか、よくなった気がする」
『よかったー』
チェルノボクはプルプルしている。
クルスが俺の左ひざに優しく触れる。
「うん。確かにずっと感じていた前魔王の嫌な感じが消えているかも!」
「おお! アル完全復活じゃな?」
もしそうならとても嬉しい。
「チェル。ありがとう」
お礼を言うと、チェルノボクがぺしゃんとなった。
『かんぜんふっかつじゃないのー。ごめん』
「でも、だいぶ良くなった気がするよ?」
『ひざのぶぶん。たましいがきずついたんだよー』
「ふむふむ」
『たましいは、かんたんにはなおらない』
「なるほど。それはそうだな」
魂を治せるなら、ゾンビだって復活できる。
『でも。もういしはできないはずだよ』
「それだけで、すごくうれしいよ。ありがとチェル」
『うん』
チェルノボクはフルフルふるえた。