夕方になり、クルスたちが王都から帰ってくる。そしてヴァリミエもやってきた。
夕食の後、みんなにお土産を配った。
「やったー」
「おいしそう!」
「うん。いいセンスね」
「おお、うまそうなお菓子なのじゃ!」
「ぴぎっ!」
コレットやクルスたちはお菓子を見て喜んだ。
一方ユリーナは首をかしげる。
「私たちも王都にいったのに、お土産とかおかしい気がするのだわ」
「細かいことは気にしないの!」
「りゃっりゃ!」
クルスは早速食べている。シギショアラも嬉しそうにお菓子を口にしている。
王都にいたどころか、一緒にお土産を買っていたはずのシギまで食べているのだ。
気にするのも馬鹿らしいと思ったのだろう。ユリーナもお菓子を食べる。
「あら。おいしい」
「でしょー」
クルスはなぜか自慢げだった。
「もっも!」
モーフィも甘いお菓子をもらってご満悦だ。
ヴィヴィが言うには、牛は甘いものが好きらしい。
ただの牛ではない。聖魔牛なのだ。
人間のお菓子ぐらいいくら食べても、不健康にはならないのだ。
とはいえ、モーフィ用には一応シンプルなお菓子にしてある。
「モーフィ。うまいかや?」
「も!」
「そうかそうか」
ヴィヴィはモーフィにお菓子を食べさせてご満悦だ。
「一応、フェムには肉も買ってあるんだけど、甘いものは食べないか?」
『食べるのだ』
「そ、そうか」
犬も甘いものが好きらしい。だが食べさせたらだめな甘いものも多い。
気をつかう。フェム用にもシンプルな甘い物を用意してある。
「わふわふぅ!」
フェムは甘いものを食べて幸せそうな顔をしている。
「肉も食べるか?」
『食べるのだ』
お土産の肉は羊の肉である。勢いよくガフガフ食べる。
夕食も食べたというのに、食べすぎではなかろうか。
「りゃ!」
「わふぅ……」
フェムの横からシギが肉に噛みついた。
シギも食べたくなったのだろう。フェムが非難するような眼でこちらを見る。
シギがやったのは、野生なら、大げんかになりかねない乱暴狼藉である。
「こら! シギいけません」
「りゃぁ?」
シギを抱きかかえて、フェムの肉から引き離す。
「いいか、シギ。人のご飯を横から食べたらだめだぞ」
「りゃ?」
シギが変な行動に走った理由はわかる。
子魔狼たちにおやつをやるとき、一つの器に入れて、みんなで食べさせていたからだ。
成長した魔狼たちは、餌に関して特に自分のものという意識が高い。
だが子供のころはそうでもない。だからこそ勘違いしてしまったのだろう。
俺はシギに丁寧に言い聞かせる。
「フェムにごめんなさいしなさい」
「りゃぁ……」
シギは素直にぺこりと頭を下げた。
「わふ」
すでに食べ終わっていたフェムは一声鳴いて、シギの顔をぺろぺろなめた。
フェムはシギを許したのだ。心の広い魔狼王である。
「りゃあ」
「わふわふ」
戯れるシギとフェムを見て、ティミショアラが言う。
「うむうむ。学ぶことはよいことだな」
「古代竜の礼儀とかはティミが教えてやってくれ」
「任せるのだ」
ティミは堂々と胸を張る。
古代竜の礼儀はティミが教えるしかないのだ。頑張ってほしい。
◇◇◇◇◇◇
その後、風呂に入ってから、寝るために自室に戻ると、ユリーナがいた。
ユリーナはベッドに腰かけている。
そんなユリーナにかまうことなくモーフィとフェムはベッドにのぼって、横になる。
「あー。そういえば、話があるって言ってたな」
「そうなのよ。聞いてちょうだい」
「りゃ!」
ユリーナの胸元にシギが飛ぶ。
シギを優しく撫でながら、ユリーナは話し始める。
「少し困ったことになっているのだわ」
「ほう?」
「昼間、王都であったとき、色々連れがいたでしょう?」
「いたな」
クルスは、クルス領の官僚と、ユリーナの実家の使用人と言っていた。
「年取ってたのが、うちの執事。で、若いのがクルスのとこの官僚なんだけど……」
「ふむふむ」
「クルス、代官代行を新しく雇ったでしょ? 若い官僚は、その息子なのよ」
たしか代官代行は内務省を引退したばかりの人物だと聞いている。
「で、それが何かあったのか?」
「実家の方から、私にその息子と婚約しろって言われているのだわ」
なんともめでたいお話である。
だが、困っているということはユリーナは嫌なのだろう。
まあ、ユリーナはクルスが大好きだからな。俺はそんなことを考えた。
「ほほう?」
「なにがほほうよ!」
「まあ、落ち着け」
「うん」
ユリーナは大人しくなった。意外と素直だ。
「困ってるってことは断りにくい事情があるってことか?」
「そうなの」
ユリーナの実家リンミア家は歴史の古い豪商だ。だが、もともとは貴族ではない。
ユリーナが子爵位をもらったことで、貴族の仲間入りをしたばかりの新参である。
代官代行は、さほど裕福ではないが歴史の古い官僚貴族らしい。
爵位は男爵。例の息子はその後継者ということだ。
「なるほど。リンミア家は金を提供し、男爵家は歴史と名誉とコネクションを提供できるってことか」
「まあ、簡単にいえばそういうことね」
「で、断りにくい理由は?」
「昔から、実家が男爵家に色々お世話になっていたみたいで……」
「実家の顔をつぶしてしまうってことか」
「それに、お父さまは代官代行と昔から仲良かったみたいで、私との婚約話に大喜びしているし」
「実家のしがらみかー。大変だな」
「それでも私は断ったのだわ」
「そうか。すごいな」
「でも、あきらめてくれないのよ!」
ユリーナは身を乗り出す。まるでガンをつけられているみたいである。
ユリーナはルカやクルスたちとはまた違う、謎の迫力があるのだ。
「ちょ、近い近い。怖いわ!」
「そこで! アルには恋人のふりをしてほしいの」
「えー……」
本当に面倒なことを頼まれてしまった。