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180 ユリーナの悩み事

 夕方になり、クルスたちが王都から帰ってくる。そしてヴァリミエもやってきた。

 夕食の後、みんなにお土産を配った。


「やったー」

「おいしそう!」

「うん。いいセンスね」

「おお、うまそうなお菓子なのじゃ!」

「ぴぎっ!」


 コレットやクルスたちはお菓子を見て喜んだ。

 一方ユリーナは首をかしげる。


「私たちも王都にいったのに、お土産とかおかしい気がするのだわ」

「細かいことは気にしないの!」

「りゃっりゃ!」


 クルスは早速食べている。シギショアラも嬉しそうにお菓子を口にしている。

 王都にいたどころか、一緒にお土産を買っていたはずのシギまで食べているのだ。

 気にするのも馬鹿らしいと思ったのだろう。ユリーナもお菓子を食べる。


「あら。おいしい」

「でしょー」


 クルスはなぜか自慢げだった。


「もっも!」


 モーフィも甘いお菓子をもらってご満悦だ。

 ヴィヴィが言うには、牛は甘いものが好きらしい。

 ただの牛ではない。聖魔牛なのだ。

 人間のお菓子ぐらいいくら食べても、不健康にはならないのだ。

 とはいえ、モーフィ用には一応シンプルなお菓子にしてある。


「モーフィ。うまいかや?」

「も!」

「そうかそうか」


 ヴィヴィはモーフィにお菓子を食べさせてご満悦だ。


「一応、フェムには肉も買ってあるんだけど、甘いものは食べないか?」

『食べるのだ』

「そ、そうか」


 犬も甘いものが好きらしい。だが食べさせたらだめな甘いものも多い。

 気をつかう。フェム用にもシンプルな甘い物を用意してある。


「わふわふぅ!」


 フェムは甘いものを食べて幸せそうな顔をしている。


「肉も食べるか?」

『食べるのだ』


 お土産の肉は羊の肉である。勢いよくガフガフ食べる。

 夕食も食べたというのに、食べすぎではなかろうか。


「りゃ!」

「わふぅ……」


 フェムの横からシギが肉に噛みついた。

 シギも食べたくなったのだろう。フェムが非難するような眼でこちらを見る。

 シギがやったのは、野生なら、大げんかになりかねない乱暴狼藉である。


「こら! シギいけません」

「りゃぁ?」


 シギを抱きかかえて、フェムの肉から引き離す。


「いいか、シギ。人のご飯を横から食べたらだめだぞ」

「りゃ?」


 シギが変な行動に走った理由はわかる。

 子魔狼たちにおやつをやるとき、一つの器に入れて、みんなで食べさせていたからだ。

 成長した魔狼たちは、餌に関して特に自分のものという意識が高い。

 だが子供のころはそうでもない。だからこそ勘違いしてしまったのだろう。


 俺はシギに丁寧に言い聞かせる。


「フェムにごめんなさいしなさい」

「りゃぁ……」

 シギは素直にぺこりと頭を下げた。


「わふ」

 すでに食べ終わっていたフェムは一声鳴いて、シギの顔をぺろぺろなめた。

 フェムはシギを許したのだ。心の広い魔狼王である。


「りゃあ」

「わふわふ」


 戯れるシギとフェムを見て、ティミショアラが言う。


「うむうむ。学ぶことはよいことだな」

「古代竜の礼儀とかはティミが教えてやってくれ」

「任せるのだ」


 ティミは堂々と胸を張る。

 古代竜の礼儀はティミが教えるしかないのだ。頑張ってほしい。



◇◇◇◇◇◇

 その後、風呂に入ってから、寝るために自室に戻ると、ユリーナがいた。

 ユリーナはベッドに腰かけている。

 そんなユリーナにかまうことなくモーフィとフェムはベッドにのぼって、横になる。


「あー。そういえば、話があるって言ってたな」

「そうなのよ。聞いてちょうだい」

「りゃ!」


 ユリーナの胸元にシギが飛ぶ。

 シギを優しく撫でながら、ユリーナは話し始める。


「少し困ったことになっているのだわ」

「ほう?」

「昼間、王都であったとき、色々連れがいたでしょう?」

「いたな」


 クルスは、クルス領の官僚と、ユリーナの実家の使用人と言っていた。


「年取ってたのが、うちの執事。で、若いのがクルスのとこの官僚なんだけど……」

「ふむふむ」

「クルス、代官代行を新しく雇ったでしょ? 若い官僚は、その息子なのよ」


 たしか代官代行は内務省を引退したばかりの人物だと聞いている。


「で、それが何かあったのか?」

「実家の方から、私にその息子と婚約しろって言われているのだわ」


 なんともめでたいお話である。

 だが、困っているということはユリーナは嫌なのだろう。


 まあ、ユリーナはクルスが大好きだからな。俺はそんなことを考えた。


「ほほう?」

「なにがほほうよ!」

「まあ、落ち着け」

「うん」


 ユリーナは大人しくなった。意外と素直だ。


「困ってるってことは断りにくい事情があるってことか?」

「そうなの」


 ユリーナの実家リンミア家は歴史の古い豪商だ。だが、もともとは貴族ではない。

 ユリーナが子爵位をもらったことで、貴族の仲間入りをしたばかりの新参である。


 代官代行は、さほど裕福ではないが歴史の古い官僚貴族らしい。

 爵位は男爵。例の息子はその後継者ということだ。


「なるほど。リンミア家は金を提供し、男爵家は歴史と名誉とコネクションを提供できるってことか」

「まあ、簡単にいえばそういうことね」

「で、断りにくい理由は?」

「昔から、実家が男爵家に色々お世話になっていたみたいで……」

「実家の顔をつぶしてしまうってことか」

「それに、お父さまは代官代行と昔から仲良かったみたいで、私との婚約話に大喜びしているし」

「実家のしがらみかー。大変だな」

「それでも私は断ったのだわ」

「そうか。すごいな」

「でも、あきらめてくれないのよ!」


 ユリーナは身を乗り出す。まるでガンをつけられているみたいである。

 ユリーナはルカやクルスたちとはまた違う、謎の迫力があるのだ。


「ちょ、近い近い。怖いわ!」

「そこで! アルには恋人のふりをしてほしいの」

「えー……」


 本当に面倒なことを頼まれてしまった。

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