クルスは俺を見つけると、手を振りながら走ってきた。
胸が豊満になっている。胸のところにチェルノボクが入っているのだろう。
「アルさん、奇遇ですね!」
「別に奇遇じゃないぞ」
「そういえば、モーフィ肉を売りに行くって言ってましたね」
クルスは嬉しそうに、にこにこしている。
そして、ミレットが持っているお菓子に目を付けた。
「あ、おいしそう」
「これはお土産ですよ」
「楽しみだなー」
クルスは食べる気満々だ。
お菓子はコレットとモーフィへのお土産である。
そもそも、王都土産なのだ。王都に来ているクルスに買うのはおかしい。
だが、クルスが楽しみにしているのならば、さらに買いたそうと思う。
会話をしている間に、ユリーナもやってくる。
「牛肉はちゃんと売れたの?」
「おかげさまで。いい取引ができたよ」
「それは何よりだわ」
ユリーナの後ろには部下たちがいる。恐らくクルス領の官僚なのだろう。
クルスの配下には領主の館在住の行政を担う官僚の他に、王都在住の官僚もいる。
王都の色々な機関との調整や、その他色々なことを担う官僚だ。
官僚の一人が、鋭い視線で俺たちの方を見る。
頭のよさそうな、そして育ちもよさそうな若者である。
「閣下。こちらの方々は?」
「えっとね——」
「控えなさい!」
クルスはにこやかに応対しようとした。
だが、ユリーナがぴしゃりというと、険しい顔で官僚を睨みつけた。
「申し訳ありません」
官僚は大人しく引き下がった。ユリーナの官僚に向ける視線はきつい。
ユリーナの態度が剣呑すぎて少し怖いぐらいだ。
クルスにこっそり聞いてみる。
「クルス。ユリーナどうしたの?」
「わかんないです。なんか機嫌が悪いんです」
「わからないかー」
クルスにはわからない理由で、ユリーナは怒っているらしい。
「で、教団の税額査定の方法わかった?」
「はい。それはばっちりです」
「それはよかった。教団に向かうのはいつにするんだ?」
ムルグ村から死神教団へは転移魔法陣が通っている。
明日と言わず今日にでも行けるのだ。
「そうですねー、明日辺りでいいかもです。チェルちゃんも行ってみたいよね」
「ぴぎ」
クルスの胸のあたりから小さな声がした。
やはりチェルノボクはクルスの胸あたりにいるようだ。
官僚たちをじろじろみていたヴィヴィが言う。
「クルスの部下たちかや? 王都にも結構おるのじゃな」
「半分はユリーナの家の人たちだよー」
「ユリーナの家は金持ちなのかや?」
「そうだよー」
ユリーナの実家はもともと金持ちなのだ。
勇者パーティーのメンバーは基本実家の身分は高くない。
名字を持っていたのも、父が騎士の従士だった俺だけだ。
だから、クルスもルカも偉い学者さんに家名を考えてもらったのだ。
だが、ユリーナの家名、リンミアはもともと実家の屋号だったものである。
リンミア商会は歴史のある豪商なのだ。下手な貴族より力がある。
「ユリーナはお金持ちのお嬢さんなんだよ」
「へー。そんな風に見えないのじゃ」
「私にはお嬢様に見えてましたよー」
ヴィヴィとミレットのユリーナに対する印象は異なるようだ。
その時、ユリーナの後ろにいた老人がユリーナに語り掛ける。
「お嬢様、そろそろ……」
「黙りなさい」
「はっ」
老人は姿勢を正して口を閉じる。ユリーナは不機嫌そうだ。
俺はクルスにだけ聞こえるように小さな声で言う。
「ユリーナ使用人に厳しいのな」
「そうですかねー?」
「さっきの若いのに対してもきつかったし」
「若い方はぼくの部下ですよ?」
「そうなの?」
意外である。自宅の使用人ならともかく、他家の官僚をしかりつけるとか普通はしない。
「そうですよ。機嫌が悪いから仕方ないのかも」
「機嫌が悪くてもなー」
不思議である。
「クルス。そろそろ行くわよ」
「あ、はーい。じゃあ、アルさんまたあとでー」
そのあと、ヴィヴィとミレットとも言葉を交わしてクルスは去っていった。
去り際、ユリーナが俺の耳元で言う。
「後で話があるわ」
「……了解」
機嫌が悪い理由でも聞かされるのだろうか。
それから、俺たちはクルスやユリーナ、ルカも喜びそうなお菓子を買う。
そして、村へと戻った。
◇◇◇◇◇
倉庫を出ると、モーフィが駆けてくる。
まっしぐらである。
「もっもー」
「よーしよしよし」
一生懸命に鼻を俺の腹にうぐうぐとこすりつけてくる。
顎の下や頭を撫でまくってやった。
「わ、わらわに鼻を押し付けてもいいのじゃぞ?」
「もっもーー」
ヴィヴィの嫉妬に気が付いたのか、モーフィはヴィヴィにも体をこすりつける。
ヴィヴィはにへにへしながら、モーフィを撫でまくる。
「モーフィはまったく、仕方ないのじゃ」
コレットも駆けてきた。
「おっしゃーん」
「いい子にしてたか?」
「コレットはいつもいい子だよー」
コレットの頭を撫でてやる。
一方、フェムは近くをうろうろしていた。尻尾はゆっくりと揺れている。
魔狼たちの手前はしゃげないのだろう。魔狼王という立場も大変である。
「フェム、おいで」
「わふぅ!」
呼ぶとフェムも駆けてきた。
フェムを撫でながら言う。
「お土産もあるからなー」
「わふわふ!」
「やったー」
「もっも!!」
「りゃあ」
なぜかシギも大喜びしていた。
そんな獣たちとコレットに向けてミレットが言う。
「お土産は夕ご飯の後ですよ」
「わふぅ」「もぅ」「りゃぁ」
「コレット、我慢できるよ!」
がっかりする獣たちに向けてコレットがどや顔していた。