気を失ったヴィヴィのもとに俺は駆けよる。
幸いなことに、漏らしてはいなかった。
「わ、わふ」
ヴィヴィの気を失わせたフェム自身も心配そうだ。
モーフィやシギショアラ、チェルノボクたちも心配そうにヴィヴィの周りに集まった。
「ヴィヴィ大丈夫か?」
「……」
「ヴィヴィ!」
「……はっ! 大丈夫じゃ!」
ヴィヴィは気が付くと、腕を組む。
「やはり、耐え切るのは難しいのじゃ」
「そりゃ魔狼王の咆哮だからな。並みではない。強い冒険者でも大概無理だぞ?」
「……わふ」
フェムは照れているのか、微妙な鳴き声を上げる。
「じゃが……わらわは魔王軍四天王も務めた身。毎回役立たずになるわけにはいかぬのじゃ」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
毎回のように、咆哮を食らって失神して失禁していることを気にしているらしい。
気持ちはわからなくもない。だが、今までの敵が強過ぎたのが悪いのだ。
「普通ドラゴンとかめったに、会うもんじゃないし。気にしなくても……」
「何を言うか。今まで何回戦ったと思っているのじゃ」
そう言われたら、返す言葉もない。
その時、ティミショアラがやってきた。
ティミショアラは、ふっと急にいなくなったりするのだ。
足がしびれるからだろう。
きっと、素早く遠くに行って竜形態に戻ったりしているに違いない。
「りゃっりゃ!」
「おお、シギショアラ。叔母さんに会えてうれしいか」
「りゃ」
「おお、そうかそうか」
そういいながらティミはシギを抱き上げる。
優しい手つきでシギを撫でながら、ティミは言う。
「ふむ。咆哮耐性を鍛えたいのであるな?」
「……そうなのじゃ」
「精神抵抗だからのう。鍛えにくいかもしれぬ」
「そうなのじゃな」
ヴィヴィが、しょんぼりした。
それをみて、ティミがヴィヴィの肩に手を置いた。
「うむ。普通はそうじゃ。だが、我がおる。案ずるな」
「え?」
「特訓は厳しいぞ? それでもやるか?」
「やるのじゃ!」
ヴィヴィの返事を受けてティミは満足そうにうなずいた。
そして、周囲を見回す。
「そうだな。ここでは難しい。極地に行こう」
「わかったのじゃ」
ティミは転移魔法陣のある倉庫へと歩いていく。
「今から行くのか? もう夜ご飯だぞ?」
そろそろ日没だ。日没になれば、クルスたちやヴァリミエたちがやってくる。
そして夕食だ。
「とりあえず、要点だけでもな」
「そうか」
ティミについてぞろぞろ向かう。
倉庫の入り口で、ティミが言う。
「アルラ。そなたは待っているがよい」
「え? なんで?」
「そなたは鍛えなくてもいいだろう。我の咆哮をくらっても何ともないくせに」
「それはそうだけど……、どんなことやるのか気になるし」
「気持ちはわかるが待っているがよい」
ティミにはっきりと言われた。
「わかったよ、気をつけてな」
「うむ。危ないことはしない」
そう言って、ティミはシギを抱いたまま、ヴィヴィとモーフィを連れて極地へといった。
ティミたちが極地に向かった後、フェムが言う。
『ティミの配慮だぞ』
「なにが?」
『ティミの訓練なんて、ヴィヴィは絶対失禁するのだ』
「……かもしれないな」
『だから、ティミはアルにはついて来るなと言ったのだぞ』
「そうだったのか」
そう言われたら、確かにそうだ。
フェムに諭されるとは。
『アルがついて行こうとしたときはどんびきしたのだ』
フェムは呆れた表情でこちらを見つめてくる。
そんなフェムに俺は言う。
「フェムは行かなくていいのか?」
『フェムは魔狼王だから、古代竜の咆哮ぐらい何ともないのだ』
「へー」
フェムは、結構ビビっていたと思う。
特にシギの母ジルニドラの咆哮を食らった時、かなりビビっていた。
尻尾を股の間に挟んで、吐いていた。
『なんなのだ、その眼は! 何か言いたいことがあるのか』
「いや、別にー」
『ぐぬぬ』
フェムが古代竜の咆哮を食らってビビっていたのは事実ではある。
だが、気を失わなかったし、震えながらも戦えていた。
「フェムは立派だと思うぞ」
『いったい何なのだ。嫌味なのか、嫌味なのだな!』
「いや違うよ」
憤慨しているフェムをとりあえず、撫でてやった。
ヴィヴィたちが帰ってきたのは二時間後だった。
すでにクルスたちやヴァリミエも帰宅している。
「もっもー」
「りゃあ」
モーフィの背に乗せられて、ぐったりした様子のヴィヴィが運ばれてくる。
ヴィヴィの横にはシギが寄り添って、頭を撫でてやっていた。
慌てた様子で、ヴィヴィの姉、ヴァリミエが駆けよる。
「ヴィ、ヴィヴィ! 大丈夫なのかや!」
「大丈夫なのじゃ」
ヴィヴィは引きつった笑顔で返事をする。
かなり疲れ切っている様子だ。過酷な訓練だったのだろう。
俺はティミに尋ねる。
「何やったの?」
「秘密だ」
「じゃあ、聞かないけど。大丈夫なんだな?」
「うむ」
「これからも訓練は続けるのか?」
「まだ、しばらくかかるな」
それを聞いて、ヴァリミエが言う。
「ヴィヴィに無理をさせるでないのじゃ」
「姉上、わらわは無理していないのじゃ」
ヴィヴィがやる気なら止めるべきではないだろう。
「無理はするなよ?」
「わかってるのじゃ」
そういって、ヴィヴィは笑った。