その後、クルスたちも帰ってきて、夕食になる。
ヴァリミエは、ヴィヴィのことが心配なのだろう。しきりに話しかけている。
「ヴィヴィ、大丈夫かや?」
「大丈夫じゃ」
「無理をするでない」
「無理してないのじゃ」
ヴィヴィは笑顔を浮かべているが、疲れ切っているのは明らかだ。
ヴァリミエはティミショアラに言う。
「まずは礼を言おう。わが妹の訓練に付き合っていただいて、感謝するのじゃ」
「気にするでない」
「じゃが……、一体何をしたら、こんなに疲れ切ることになるのじゃ」
「なにも特別なことはしておらぬぞ? 普通のことだけだ」
「その普通のことの内容が知りたいのじゃ」
「内容と言っても、我の咆哮をぶつけているだけじゃぞ?」
ヴァリミエは顔をひきつらせた。
「な、なんと、古代竜の咆哮をぶつけるじゃと……」
「もちろん、全力ではないがな」
「当たり前じゃ!」
そして、ヴァリミエはヴィヴィの肩をつかむ。
「本当に大丈夫なのかや? 古代竜の咆哮など、命を落としてもおかしくないのじゃ」
「わらわは大丈夫じゃぞ」
「そうだぞ。全力の咆哮ではないのだ。耐えられるギリギリぐらいを狙っているからな!」
「りゃっりゃ!」
ティミはどや顔をする。
俺の懐の中でシギも鳴いている。シギは大丈夫だと言っているのだろう。
シギは食事中もずっと、俺の懐に入っていた。
最近では、自分でお皿から食べていたのに、今日は俺の手からご飯を食べたがった。
きっと、甘えているのだろう。
一日離れていたのが、よほど寂しかったのかもしれない。
ヴァリミエは結構強めの口調で言う。
「古代竜の咆哮を何度も浴びる訓練なんて……そんな危険なことさせられないのじゃ」
「わらわは大丈夫じゃ」
「いやだが……」
「それに、わらわがティミに頼んだのじゃぞ」
「……むむぅ」
悩むヴァリミエに向けて、ティミが言う。
「いや、もう特訓は一段落だぞ」
「そうなのかや?」
ヴァリミエは少しほっとした様子だ。
「うむ。古代竜の咆哮に耐えられるようになるには、一朝一夕ではいかないからな」
「それはそうじゃろうが……」
「あとは、基礎的な精神力を鍛えねばならないからな。それは咆哮を浴びているだけではな」
それを聞いていたクルスがうんうんとうなずいていた。
「精神を鍛えるのは大変ですからねー」
まるで、自分も鍛えたかのように言うので、すごく気になる。
鍛えるという言葉は、クルスとは対極にあるような言葉だ。
「もしかして、クルスも、鍛えたりしたの?」
「当たり前ですよー。ぼくは修行が大好きですからね!」
「へー。どうやって鍛えたんだ?」
俺の問いは、みんなも聞きたかったことなのだろう。
全員の視線がクルスに集まる。
「それは過酷な訓練でした。……まずお風呂をいつもより熱めにします」
「……うん?」
「そして、熱いの我慢して入り、100を数えるのです。そしたらもう出たくなります。しかし、そこで出てはだめです。さらに100を数えます」
クルスはどや顔をしている。
火炎耐性がめちゃくちゃ高いのがクルスだ。熱いお風呂が何だというのだろうか。
「ね?」
みんなの反応が乏しいからか、クルスが同意を求めるように言う。
「えっと、クルス。どのあたりが過酷なんだ?」
「熱いお風呂とかすぐ出たくなりますからね。そこを我慢すると精神力が鍛えられるのです」
「へ、へー」
全く参考にもならない特訓だった。
あきれた様子のルカが尋ねる。
「で、その特訓とやらをした結果、なにか鍛えられたの?」
「えっとね、その特訓のあと、ドラゴンの咆哮とかが全く効かなくなったよー」
「その前は効いていたの?」
「その前は鳥肌立ってたけど、それからは立たなくなった」
最初から大して効いていないようだ。
おそらく、風呂の特訓は関係なく、咆哮自体に慣れただけだろう。
「ヴィヴィちゃんも、熱いお風呂に入る修行しよう!」
「い、いや。わらわは……」
「遠慮しないで!」
ヴィヴィが困っている。
「えっと、クルス。熱いお風呂はあまり体に良くないからやめとこうな」
「わかりました!」
元気に返事をすると、クルスはヴィヴィに向き直る。
「ごめんね。アルさんに止められちゃったから……熱いお風呂訓練はできないや」
「お、おう。構わないのじゃぞ。まったく構わないのじゃ」
「なにか健康に訓練できるのがあればいいんだけどなー」
そんなクルスに向けてルカが言う。
「そう簡単に鍛えられるものじゃないわよ」
「そうなのかー」
「過酷な環境にいるから鍛えられるってものでもないし」
「ふむー。難しいんだねー。アルさんはどうやって鍛えたんですか?」
クルスに尋ねられて、改めて考える。
特に精神力を鍛えようと思ったことはない。
だが、精神抵抗は昔に比べてずっと高くなっているのは確かだ。
「冒険者を続けている間に、自然と鍛えられた気がする」
「そんなものですか」
「うむ。魔力を高めるのとは、また別だけど少し似ている気もしなくもないし……」
「アルにもよくわかってないのじゃな」
ヴィヴィがそういって笑う。
「そうだな。難しい。だが、冒険者の方が一般人より精神抵抗が高いということから考えると……」
「冒険というか、魔獣とかと戦った方が鍛えられるってことじゃな?」
「恐らくな」
敵と戦うと緊張する。死の恐怖に襲われる。
戦闘に勝利するには、その緊張と恐怖に耐えて冷静にふるまわなければならない。
その結果として精神抵抗を成長させるのかもしれない。
それから、夕食の間中、精神力はどうやったら鍛えられるかという話題で盛り上がった。
だが、最後まで、結論は出なかった。