向こう岸で怒る代官補佐たちを見て、少し心配になった。
俺は技術者の人たちに尋ねた。
「なんか、怒ってますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。我々は技術者ですし。一時的に雇われただけですから。彼らが上司ってわけではないんですよ」
技術者はクルス領の役人ではない。
橋を作るために一時的に雇われただけだ。
「それでも、クビになったら困るのでは?」
「その場合は、また別の場所で橋を作るだけですよ。旧魔王領でも道の敷設などが進んでますから、依頼はいくらでもあるんです」
「そうですか。引く手あまたの技術があると、いいですね」
「ほんとに。これほど橋の技術者でよかったと思ったのは久しぶりですよ」
そう言って技術者たちは笑う。
こちら側に渡った8人のうち技術者は5人だ。
残りの3人は、代官補佐の部下だ。この人たちはクルス領の役人である。
俺はクルス領の役人にも尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「あー大丈夫ですよ」
こちら側に来た役人の中で、一番年上っぽい男が笑顔で言った。
「我々は別に悪いことはしていませんし。若い代官補佐のわがままに従うことは職務に含まれません」
「それでも、根に持たれたりして、後々嫌がらせとか」
「嫌がらせしてきたら、もっと上に報告するだけですよ」
もう一人の役人も笑顔で言う。
「というか、もう帰ったら即座に臨時補佐の道中でのわがまま放題を報告してやりますよ」
彼らは、臨時代官補佐のことを、臨時補佐と呼んでいるらしい。
呼びやすくていいと思う。
「随分と上司……というか、臨時補佐の上司を信用されておられるんですね」
「代官さまも、代官代行さまも、もちろん伯爵閣下も、立派な方ですよ」
「ええ、ですから、あなたたちも安心してください。もし臨時補佐がやらかしそうになったら我々が止めますから」
役人たちは、俺たちのことを教団の村人だと思っているようだ。
だから、官僚団のトップのあれな姿をみて、俺たちが不安になっていると考えたのだろう。
笑顔で安心させるようにそんなことを言ってくれる。
それを聞いていたティミが言う。
「代官たちは部下に優しいのか?」
「優しいばかりではないです」
「厳しい方ですけど、不正したりとか間違ったことさえしなければ、優しいですかね」
「そうであったか」
ティミが感心した様子でうなずいている。
俺は気になったことを尋ねることにした。
「ところで、その立派な方たちが、なぜ彼なんかを臨時補佐に任命したんですか?」
「自分より上の者たちには、臨時補佐はものすごい好青年ですから、見誤ったんじゃないですかね」
「臨時補佐は、代官代行から出発前に口を酸っぱくして注意されてたんですけどね」
親の欲目で、息子の本性を見抜けなかったのかもしれない。
それ自体は仕方がない。そういうことはある。その後の対応が重要だ。
あとでクルスに告げ口してやろうと思う。
それから、こちら側に渡った技術者と官僚は村に向けて歩き始めた。
「俺たちも一旦村に帰るか」
「そうだな」
「わふ」
「りゃ」
全員の合意が得られたので、帰ることにする。
俺たちが歩き始めると、向こう岸で中年が叫んだ。
「おい! 我々を運ばぬか!」
「えー。面倒だな。自分で渡れよ」
「代官補佐閣下は貴族であらせられるぞ」
「それがどうした」
まだ貴族という地位で威張れると思っているのが滑稽だ。
一応、俺は助け船も出してやる。
「いまなら、流されたら助けてやるからさ。安心して渡っていいぞ」
「頑張ってわたるがよい」
「わふぅ」
ティミとフェムも同意見の様だ。
救助犬ならぬ、救助狼として活躍したフェムは堂々と胸を張っている。
「平民が! 貴族を舐めおって。お前らの村づくりなど、代官補佐閣下の認可次第でどうとでもなるのだぞ!」
それを聞いてティミの表情が変わった。
呆れ気味の馬鹿にしたような表情だったのが、明らかに怒りに燃えている。
そしてぽつりと言う。
「立場を振りかざしてわがままを通そうなどと。貴族の風上にもおけぬやつだ」
「り゛ゃ!」
シギもお怒りだ。
それから、ティミは大きな声で言う。
「仕方ない。我が運んでやろうではないか。光栄に思うがよい」
「おお、わかればよいのだ、わかれば」
中年が満足げにそういった。
臨時代官補佐は不機嫌そうなままうなずいている。
ティミショアラは懐からシギを出して頭に乗せる。
そして本来の姿に一気に戻った。山のような大きな姿だ。
ティミの身体が大きくなったことで、空気が押し出された。かなり強い風が吹く。
「ひぃ」
「……っ」
中年と臨時補佐は怯えたような声を出して尻餅をついた。
「りゃっりゃ」
シギはティミの頭に乗ったまま、ご機嫌に鳴く。
それからティミは向こう岸に向けて一声鳴いた。
「RYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
魔力が混じった、結構力を入れた咆哮だ。
背筋がぞくりする。俺の鳥肌が立った。フェムも一瞬びくりとした。
俺はフェムに向けて微笑みかけながら、頭を撫でた。
「ティミの咆哮は腹に響くな」
『さ、さすがなのだ』
フェムはなんとか平静を保っている。
向こう岸を見ると、臨時補佐と中年は完全に気を失っていた。
当然のごとく、あらゆるものを漏らしている。
それを見てティミがつぶやく。
「運ぶの嫌になるな」
「り゛ゃあ」
シギショアラも怒っている。両手で自分の鼻を抑えていた。
「まあ、仕方ないだろ」
ティミの咆哮を食らえば普通そうなる。
おそらく、周囲の魔獣たちも一斉に逃げ出していることだろう。
「まあ致し方あるまい」
そういって、ティミは二人を爪の先でつかむと、川に頭をバシャバシャ浸けた。
そのおかげで二人は気が付いたが、至近距離でティミを見てまた気を失った。