クルスの声を聞いて、臨時補佐と中年はびくりとした。
まだクルスが領主だとは知らないようだが、とても強いことは知っている。
クルスが来たので、俺は臨時補佐の腕と中年の足を離してやった。
解決をクルスに任せようと思ったのだ。
「何の権限があって、俺たちのことを地下牢にいれようっていうんだ!」
「無礼を働くと承知せんぞ!」
「昨日のこともまだ許していないからな!」
クルスを領主だと知らないせいで、いきっている。
クルスを教団の用心棒あたりだと思っているのだろう。
クルスは問いには答えず、臨時補佐たちに冷たい視線を向ける。
「あなたたち……まさか他のところでもこんなことしてませんよね?」
「はあ? お前に関係ないだろうが」
「こんなことしてませんよね?」
「こんなことってなんだよ」
「女性を貴族の権限を使って……」
「ああ、そんなことか。それがどうしたんだよ」
クルスから少し怒気が漏れる。
近くにいたフェムはびくりとした。
フェムは強い。だからこそ、クルスの放つ気配を感じ取ったのだろう。
だが、臨時補佐は鈍感らしく、平然としていた。
「いいか? 俺は貴族なんだよ。平民をどうしようが俺の勝手だろうが」
それを聞いていた、ティミショアラが顔をしかめる。
ティミは生まれついての貴族だ。だからこそ許せないのだろう。
「親の顔が見てみたいぞ。貴様の親はどういう教育をしたのであるか?」
「り゛ゃっりゃ!」
ティミだけでなく、シギも怒っているようだ。
「くそ親父は関係ねーだろうが!」
「関係あるに決まっておる。そもそも、お前の身分は父から受け継いだものであろう」
「けっ!」
ティミの正論に、臨時補佐は反論できず、悪態をつく。
「お前の父親もお前と同じ考えであるか?」
「親父は平民を大切にしろとかいっているカス野郎だ。時代の流れを知らねえんだよ。民は甘やかせたらダメなんだ!」
「そんな時代の流れがあるのなら、許すわけにはいかないよね」
クルスは怒りを隠している。が、怒気がわずかに漏れ出ている。
隠しているため、臨時補佐たちは気付かない。平気な顔をしていた。
だが、敏感なフェムは少し震えている。かわいそうだ。
俺はフェムを優しく撫でてやった。
その一方でティミは少し優し気な口調になった。
「高貴なものには義務があるのだ。それを理解することは大切だ。貴族として恥を知らねばならぬぞ?」
「り゛ゃっ!」
「俺に説教するんじゃねえ」
俺としては優しい口調の方がティミは怖い。
よくもまあ、いきっていられるものだと思う。
ティミがクルスの方を見た。
「とりあえず臨時補佐は解任したほうがいいだろう。こいつに任せたら碌なことにならぬ」
「は? 何言ってんだてめえ」
「まだ気づかぬのか?」
そういって、ティミは「はぁっ」とため息をついた。
「りゃぁ……」
シギもため息らしきものをついている。
その時、官僚たちのなかで一番年上の人物が走ってきた。
クルスと臨時補佐が険悪な雰囲気になっているのを感じ取って駆け付けたのだ。
結構、遠くにいたのに気の利く官僚である。優秀だ。
だが年のせいで、素早くはない。駆け付けるまでに少し時間がかかっている。
「はぁはぁ。閣下、どうされましたか? 何かご無礼を?」
息を切らしながら官僚はそう言った。
もちろんこれはクルスに向けた言葉だ。
省略した言葉を補えば、
「伯爵閣下、どうされましたか? 臨時補佐の馬鹿がなにかご無礼を?」
となる。
だが、臨時補佐はそう受け取らなかった。
官僚を怒鳴りつけた。
「この愚かな無礼者たちをむち打ちの刑にしろ!」
閣下という言葉を自分に向けられた敬称だと思い込んでいる。
まだ臨時補佐は男爵位を継いでいない。だから閣下ではない。
この場には、閣下以上の敬称で呼ばれるものの方が多い。
大公殿下たるシギ。伯爵閣下のクルス。
子爵閣下の俺とユリーナとティミ。
官僚に閣下の敬称で呼ばれるべきではないのは臨時補佐とお付きの中年だけである。
にもかかわらず、閣下と呼ばれたのが自分だと勘違いしたのだ。
これは恥ずかしい。
「は?」
官僚がものすごく冷たい視線を臨時補佐に向けた。
「きさ……」
また、臨時補佐はなにごとかを口走ろうとしたが、官僚の次の言葉でかき消される。
「伯爵閣下。補佐がまた何かご無礼を働きましたか?」
省略を控えめに、丁寧に尋ねる。
クルスは官僚には笑顔で言う。
「やっぱり、少し大目に見るのは難しいかな」
「了解いたしました。いかがいたしましょう」
「は? えっ?」
臨時補佐が慌てているが、クルスたちは無視している。
ティミが笑顔で言う。
「とりあえず臨時補佐は解任して、処遇はそのあとゆっくり考えたらいいと思うぞ」
「り゛ゃあ」
「このまま重職につけておいては皆が迷惑する」
ティミは先程から、ずっと笑顔だが怒ってはいるようだ。
シギも大層お怒りだ。
「そうですね。ですが解任はしません」
クルスは笑顔でそう言った。
そして、臨時補佐は少しほっとしたような顔になった。