休憩は大切だ。なのに怒鳴りつけられても困る。
なんて返事しようか考えていると、ティミショアラがお菓子を食べながら言う。
「これはうまいな」
「えへへ。ありがとうございます」
お菓子を作ったらしいミレットが照れている。
臨時代官補佐を完全に無視することに決めたようだ。
気持ちはわかる。
「りゃありゃあ」
「そうか、シギショアラも気に入ったか」
「りゃあ」
ティミの手からシギがお菓子を食べてご機嫌だ。
そんな様子を見て、臨時補佐はますます怒る。
「貴様らなめてるのか! さぼるのをやめて、すぐに働け」
「……うるさいのう」
ティミがぽつりと言う。
「うるさいだと! き、貴様……愚弄しおって」
聞こえていたようだ。
臨時補佐は顔を真っ赤にして、ティミを睨みつけている。
それにしても、臨時補佐はティミが古代竜の姿に変化したことを忘れているようだ。
いや、川の向こうだったので、ティミの顔がよく見えなかったのかもしれない。
やはり目が悪いのだろう。
とりあえずなだめておこうと思う。
「まあまあ、落ち着いてください」
俺がそう言うと同時に、
「はい、あーん」
ユリーナがそんなことを言いながら、お菓子を食べさせようとしてくる。
「ちょっと待って」
「はい、あーん」
ユリーナはあきらめない。
「もう、仕方ないな」
俺がお菓子を食べると、
「おいし?」
満面の笑みで聞いてくる。
ユリーナはいつもそんなことしないので、正直怖い。
ユリーナは顔に少し泥をつけている。あえて汚したのだろう。
臨時補佐にばれないようにする変装の一環に違いない。
「お、おう、美味しいぞ」
「よかった」
例の恋人の振りというのを始めたらしい。
だが、まだ臨時補佐はユリーナをユリーナだとは認識していないのだ。
今始めてもあまり意味がないと思う。
俺がそう考えていることが分かったのだろう。
ユリーナは俺の耳元に顔を近づけ、小さな声でぽつりと言う。
「伏線よ。伏線」
「え? どういうこと?」
「あとで私がユリーナだと気づいたときに、恋人がいるということにも同時に気づけるってわけ」
「ふむ」
確かに、あらかじめ演技をしておけば、演技だと疑われる可能性は低くなるだろう。
だが、そこまでする必要があるのだろうか。
少なくとも、ユリーナの演技は臨時補佐を益々怒らせたようだ。
「甘くしていれば付け上がりやがって!」
甘くされた覚えなどない。
だが、怒っているみたいなので、とりあえず黙って聞いておこう。
俺はそう思ったのに、ユリーナがボソッという。
「甘くされた覚えはないのだわ」
ユリーナはあえて聞こえる程度の声量で話している。
煽るのが上手すぎるのだ。
「なにか言ったか?」
「べっつにー。なにも言ってませんけどー」
ユリーナは昨日、煽って手を出させることで完全なる婚約破棄を狙うと言っていた。
その作戦に入ったのかもしれない。
「労働もせずに、いちゃつきやがって!」
「休憩時間までとやかく言われるいわれはありません」
「貴様ら……」
臨時補佐がプルプルするのを見ながら、コレットが言う。
「あのひと、かんじ悪いねー」
「りゃあ」
「ねー」
コレットはシギと会話しながらお菓子を食べている。
そのあとも臨時補佐はわいわい言っていたが、無視して休憩を堪能した。
充分に休んだ後、俺たちは業務へと戻る。
「さっさと働け」
臨時補佐はそんなことを言っていたが、誰も気にしていない。
俺は休憩前と同じく、大工さんのもとで建物建築班の業務につく予定だ。
同じ建物建築班のユリーナは俺の後ろをついてくる。
「どうだったかな?」
「煽りすぎだぞ」
「あのぐらいでいいのよ。ね?」
「りゃあ」
シギがユリーナに同意するように鳴いた。
その時、臨時補佐がユリーナの肩をつかんだ。
「おい、お前。こっちに来い」
「なぜ?」
「俺について来れば仕事する必要なんてないぞ」
「は?」
「お前は平民の割にはいい体をしているからな、遊んでやろうと言っているんだ」
ここまであからさまだと、反応に困る。
ユリーナもあまりのことに、反応が鈍っている。
いつものあおり上手のユリーナではないようだ。
「え、えっと」
「俺の恋人にちょっかいかけるのやめてくれませんかね?」
「平民が生意気言うんじゃねえ」
臨時補佐ににらみつけられた。
「お前なんかと付き合っているより、貴族様の俺の愛人になった方が幸せなんだよ!」
「はぁ……」
俺が呆れていると、ユリーナがボソッと言った。
「馬鹿じゃないの?」
「貴様いまなんていった?」
「馬鹿じゃないのっていったのよ!」
「り゛ゃっ!」
ユリーナは怒っているようだ。そりゃ怒るだろう。
シギも怒っている。
「黙ってついてこい!」
そういって、臨時補佐はユリーナの腕をつかむ。
「離しなさい」
ユリーナはとても冷たい目をしてる。
言うことを聞かないユリーナに苛立ったのだろう。
臨時補佐は中年のお付きを呼びつける。
「おい!」
「はい」
「こいつを連れていくぞ」
「わかりました」
中年はいさめることすらしない。
二人とも思っていたより悪い奴だったようだ。
「その手を離せ」
ユリーナをつかんでいた臨時補佐の腕を、俺は右手でひねりあげた。
「いでいでええええ」
痛がりながら、臨時補佐は地面に膝をつく。
「貴様!」
中年が蹴り上げてきたので、左手でつかむ。そのまま強く握る。
中年の骨がミシミシと音を立てた。
「いだい、は、はなせえ」
その時臨時補佐たちの後ろから声がした。
「まだ懲りてないみたいだね」
かなり怒った様子のクルスが立っていた。