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215 婚約の行方

 クルスは俺たちを見てから、堂々と胸を張る。

 そのクルスの頭の上にシギショアラが着地した。

 シギも堂々と胸を張っていた。


「えっと、えっと、とにかく反対です!」

「りゃっりゃ」


 そういって、クルスは俺の腕をとった。


「まあ、そういうことだったのですね」


 どうやら、クルスが俺のことを好きなのだと、ユリーナ母は勘違いしたようだ。

 うんうんと頷いている。


「リント卿ほどのお方。おもてになるのも不思議ではありませんからね。仕方のないことです」


 そして、ユリーナ母は俺たちを見ながら言う。


「爵位的にはコンラディン伯が正室になってしまうわね。ユリーナそれでいいの?」

「えっ? つまり、どういうことなのだわ?」

「だから、正室がコンラディン伯、側室があなた。それで我慢できるのなら母はなにも言いませんよ」

「つまりクルスと家族に……」


 ユリーナはクルスを見つめた。


「私はそれでかまわないわ!」


 ユリーナがとんでもないことを言い出した。

 ユリーナはクルスが好きすぎて混乱しているのだろう。


「まだ、婚約とかそういう段階の話ではないので!」

 俺は両親を落ち着かせるためそう言っておいた。


「そうでしたか」

 ユリーナ父は少しほっとしたようだった。

 愛娘の婚約話がさほど進んでいないことに安心したのだろう。


 だが、ユリーナ母が父の耳元でささやく。


「あなた。リント卿とユリーナが結婚すれば——」

「なんと、そんなことが……」

「それに——」

「ほ、ほう?」

「——リント卿ほどの男性、この先も現れませんわよ」


 ユリーナ母に何事かをささやかれた後、ユリーナ父が言う。


「リント卿! ぜひ、うちの娘と婚約していただきたい!」

「いえ、ですから——」

「結納品など、こちらが出しても構いませんぞ」


 恋人のふりならまだしも婚約は少し困る。

 困った俺は助けを求めようとクルスを見た。


 クルスは力強くうなずいてから、とんでもないことを口走った。


「ぼくが正室ということでよろしいですね!?」

「かまわないのだわ」

「仕方ありませぬな」

「異論はありません」


 クルスの言葉に、リンミア家の人たちも同意してしまう。

 クルスは満足げにうんうんと頷いている。

 困る。


「ユ、ユリーナ……?」

 俺はユリーナの方を見た。


「あっ」

 ユリーナが俺が困った様子を見て我に返ったようだ。


「で、でも! こういうことは急がないほうがいいのだわ!」

「なぜだ?」

「えっと、ゆっくり愛をはぐくんだ方がいいと思うの」

「ふむ。そういうものか」


 ユリーナの父は納得したようだ。

 だが、母は首をかしげる。


「怪しいわね?」

「な、なにが?」

「本当にユリーナとリント卿は恋人同士なのかしら?」

「もっ!」

 なぜか、ずっと大人しくしていたモーフィがびくっとした。


「お母さま、なにをおっしゃるの? 私とアルは恋人同士よ」

「本当かしら?」

「ももっ!」


 なぜか、モーフィがいちいち反応する。

 モーフィは汗を流していた。嘘がばれそうだと焦っているのだ。

 モーフィは焦らなくていいのに真面目な牛である。


 ユリーナが焦りながら口走る。

「もう、アルと私はラブラブなんだから! 毎日同じ布団で……」


 ——ガタッ

 ユリーナ父が、身を乗り出した。


「ま、まだ婚約もしていないというのに、それはよくないぞ」

 めちゃくちゃ睨まれる。怖い。


「あっ、いえ、同じ布団で寝るとかはしていないのだわ。でも、ラブラブなのだわ!」

「そ、そうか。驚かせないでくれ。心臓に悪い」

「ぼくはアルさんとよく同じ布団で寝ています!」

「え?」


 クルスがいらんことをいって、ユリーナの父を焦らせる。

 そして、ユリーナ母は、首を傾げた。


「つまり、ユリーナは一緒に寝ていないけど、コンラディン伯は一緒に寝ていると」

「そうですねっ。そうなります!」


 クルスはどや顔だ。

 ユリーナ母がぽつりと言う。


「やっぱり、リント卿と恋人なのはコンラディン伯で、ユリーナは恋人ではないのでは?」

「そ、そんなことないわよ……」

「ももももぅっ……」


 ユリーナとモーフィが焦っている。冷や汗を流していた。


「で、でも本当に恋人同士で……」

「一緒に寝てもいないのに?」

「婚約前の男女は普通寝ないのだわ」

「いまいち信用できないわねぇ」

「もぅも……」


 そして、ユリーナ母がぽつりと言った。


「二人がキスするところを見てみたいわ」

「な、なぜ?」

「お見合いしたくないばっかりに、アルさんに無理言っているんじゃないかって」

「もっもぉ」


 母にはばれているようだ。

 ユリーナが決意したような顔になる。俺の頬を両手でつかむ。


「お、おい」

「……ごめんね」


 小さな声でつぶやくとユリーナがキスしてきた。唇が柔らかい。


「もっもう!」「りゃあ」「わふう」

 獣たちが驚いていた。


 口を離した後ユリーナが言う。

「これで分かったかしら?」

「認めましょう」


 そういって、母は微笑んだ。

 ユリーナの母は、俺とユリーナをキスさせるのが目的だったように思える。

 外堀を埋められた気分だ。


「はわわわ」

 そして、クルスは俺とユリーナのキスを見て、あわあわしていた。



 その後、混乱しているクルスをモーフィに乗せて、帰路についた。

 帰り道の途中、俺はユリーナに言う。


「ユリーナの母上、鋭いな」

「ばれてたかも。キスしちゃってごめんなさい」

「いや、気にするな」

「父はアルと私が結婚すると信じ切っているみたいね」

「かもなー」

「まあ、アルとなら本当に結婚してあげてもいいわよ?」


 ユリーナはたまに冗談をいうのだ。

 だから、俺も軽く返す。


「そうか、それはありがたい」


 しばらくしてユリーナが小さな声でつぶやいた。

「……本当なのに」

「そうだ! じゃあ、ぼくも!」


 モーフィの背から飛び降りたクルスが俺の肩を掴む。

 そして無理やり俺の頭を掴むと、キスをしてきた。


 ——ガチ


 歯が当たった。痛い。


「いてて」

「ぼくも負けないですよ!」

「もっも!」


 そういって、クルスはユリーナを見る。

 モーフィもなぜかユリーナを見ていた。


「ク、クルスのふぁ、ふぁーすときすが……」

 ユリーナが涙目になっている。


「りゃっりゃぁりゃあ」


 クルスの頭に乗っていたシギがふわふわ俺のところに飛んでくる。

 そして、もそもそ懐に入る。


「シギ、王都ではあまり目立たないようにな」


 一応小言を言っておく。


「りゃあ」


 シギは一声鳴くと懐から少し出て、俺の頬をぺろりと舐めた。


 その時、冬の冷たい風が吹いた。体が冷える。

 暖をとるためだろう。ユリーナとクルスが、同時に俺と腕を組んできた。

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