別にユリーナの父に会うこと自体は構わない。
だが、ユリーナの恋人として、ユリーナの父に会うのは気が進まない。
「えー。それはな」
「お願いなのだわ!」
「でも、もう婚約解消したんでしょ?」
ユリーナがつぶやくように言う。
「またお見合いとかさせられるかもしれないし」
「当分大丈夫なのでは?」
「それがそうでもないの……」
リンミア家にも色々あるのだろう。
「まあ、いいけど……」
「本当? ありがとう。アル大好きだわ」
「えぇ……」
そう言って抱き着いてきた。絶対酔っていると思う。
「飲みすぎるなよ?」
「全くのんでないわ」
少し頬の赤いユリーナがそう言った。
次の日の朝。
朝ごはんを食べると、すぐに王都へ向かうことになった。
ユリーナと二人で転移魔法陣を通って、王都のクルスの屋敷に向かう。
すると、フェムとモーフィがすでに転移して待っていた。
「わふ」
「もっもー」
フェムはびゅんびゅんと尻尾を振っている。
「む? フェム、モーフィ来ちゃったのか」
「もう!」「わふ」
フェムもモーフィも最近、同行を断られることが多かった。
だから、あらかじめ転移して待っていたのだろう。
策士な狼と牛である。
「仕方ないなー」
「フェムもモーフィも大人しくしているのよ?」
「もっ!」「わふぅ」
ユリーナに撫でられて、フェムとモーフィは嬉しそうに鳴いた。
ちなみにシギショアラはいつものように俺の懐の中である。
とても大人しい。朝ごはんを食べた後なので、寝ているのかもしれない。
魔法陣部屋を出た直後に気が付いた。
「あ、まずい。変装忘れてた」
「別に変装しなくても……」
「いやー、ばれたら面倒だからな」
俺は狼の被り物をかぶっておいた。
それからフェムとモーフィを連れて、リンミア家に向かう。
10分ほど歩いて、リンミア家に到着した。
「でかいな」
「わふぅ」「もぉ」
「そうかしら?」
豪商だけあって、とても大きい。フェムとモーフィも見上げていた。
リンミア家の屋敷の近くにはリンミア商会の店もある。
そっちもかなり大きい。
「さて、行くわよ。アルには迷惑をかけるけど……お願いね?」
「任せろ」
ユリーナが手をつないでくる。
そしてそのまま屋敷の中に入って行く。
「お、お嬢様、そちらの方は……」
執事が俺を見て驚いていた。被り物のせいだろう。
「あ、アル。もう被り物はいいかも」
「それもそうか」
リンミア家の執事たちは口が堅いので安心だ。
そのまま、応接室的なところに通された。
お茶やお菓子も出される。
「りゃ!」
お菓子の匂いでシギが俺の懐から顔を出す。
「もっも」
モーフィもユリーナに鼻を押し付けておやつをねだっていた。
一方、フェムは無言で、ピシッとしている。
フェムもおやつを食べたいだろうに、かっこつけているのだ。
だから、俺はフェムにもおやつを食べさせてやる。
俺たちが獣たちにお菓子をあげていると、ユリーナの家族がやってきた。
父と母である。
挨拶と自己紹介を済ませると、ユリーナの父はため息をついた。
「ユリーナの恋人はリント卿でしたか……。反対する理由がなくなってしまいます」
「でしょう? お父さま、お母さま。だから、もうお見合いとか準備しなくていいのだわ」
「まあ、あのお転婆なユリーナが、こんな立派な旦那さまを連れてくるなんて」
ユリーナの母は感動していた。
「まだ旦那さまではないのだわ」
ユリーナは否定するが、ユリーナ母はあまり気にしていない。
ユリーナ母は、モーフィを見て言う。
「リントさん。この子は結納品でしょうか?」
「も?」
モーフィは意味が分からず首をかしげる。
牛は貴重な財産だ。
王都ならともかく、農村においては結納品として珍しくない。
「いえ、ただの可愛がっている牛です」
「そうだったのね。残念だわ。こちらのワンちゃんも?」
「はい。結納品ではありません」
「残念だわ……こんなに可愛いのに」
ユリーナの母は、フェムとモーフィを気に入ったようだ。
母は次に俺の懐から顔を出しているシギに目をつける。
「可愛いわね。触ってもよろしいかしら」
「りゃあ」
「構いませんよ」
「ほんとうに可愛いわね」
ユリーナの母は、嬉しそうにシギを優しく撫でている。
一方、父のほうは真面目な顔をしていた。
「我が娘が、リント卿と婚約していたとは……」
「いえ、婚約しているというわけでは」
「では、早めに結納を済ませなければ……」
そのとき、部屋の窓が急に開いた。
「待ってください!」
クルスだった。クルスが窓から飛び込んできたのだ。
「こ、これはコンラディン閣下。どうされましたか?」
びっくりしながらユリーナの父が尋ねる。
「その婚約反対です!」
「りゃっりゃ!」
そんなクルスにシギが大喜びでまとわりついている。
「なぜ、反対なのですか?」
「クルス……」
ユリーナの父は困惑しているが、ユリーナは感動していた。
大好きなクルスが自分の結婚を阻止しに来てくれたのだ。
感動するのもわからなくはない。
だが、俺はこの混乱した状況を見て、どうすればいいのか頭を抱えた。