ルカはきょろきょろと周囲を見回す。そして、近くに落ちていた木の枝を拾った。
ルカの身長の半分ぐらいの長さのしなやかな枝だ。
それをぶんぶんと軽く振る。
それから、ルカはステラを笑顔で見る。
「で、その子と試合すればいいの?」
「ステラと言います。アルフレッド師匠の弟子です」
「へー。アルの弟子なのね。それは楽しみ」
勝手に弟子を名乗りはじめた。しかもルカが信じている。
誤解は解いておかねばならぬだろう。
「いや、弟子ではないぞ」
「そうなの?」
「俺の師匠のお孫さんだ。魔導士的には、俺の兄弟子の弟子。姪弟子だ」
「ああ、そうなのね」
そういって、ルカはステラに向けて枝を向ける。
ステラは少し困惑した表情を浮かべた。
「その枝はなんなのです?」
「剣でやったら殺しちゃうでしょ?」
「だからといって、そんなすぐ折れそうな枝で……」
「木剣とか探すの面倒だし。木剣でも死んじゃうかもだし」
「あなたがそうおっしゃるなら、それで構わないのです。ただし負けた言い訳にはしないでくださいね」
すこしステラは腹を立てたようだ。ルカに向けて杖を突き付ける。
ルカは笑顔のまま俺を見る。
「アル。ところでハンデは何がいいかしら?」
「ハンデかー。なにがいいかな……」
俺が適切なハンデが何か考えていると、ステラはキッとルカを睨む。
「すでに、あなたは剣の代わりに枝をつかっているのです」
「こんなのはハンデとは言わないわよ」
ルカには煽るという意図はない。本当にそう思っているのだ。
ルカは少し考えると、笑顔で言った。
「じゃあ、左足を地面につけない縛りとかどうかしら」
そういって、ルカは右足だけでぴょんぴょん跳ねる。
俺が左ひざを痛めていることを意識したのだろう。
地面につけないというのは、結構ハンデとしては大きい。
「じゃあ、そのぐらいで」
俺がそういうと、ステラはこぶしをプルプルさせる。
怒りやすい性格なのかもしれない。
「師匠もあなたも、私を舐めているのですね?」
「そんなことないと思うけど……」
ルカはそう言って首を傾げた。
そのとき、ヴィヴィがルカに言う。
「ルカ。二度と小屋を燃やすでないのじゃ」
「し、失礼ね。もうそんなことしないわよ」
ヴィヴィとルカはムルグ村で再会したとき、戦って小屋を燃やした。
その時のことを言っているのだ。
もちろん、今の小屋には、ヴィヴィの耐火の魔法陣が刻まれている。
そう簡単には燃えない。
つまり、ヴィヴィはルカをからかっているのだろう。
「俺もいるし、別に小屋とか倉庫は気にしなくていいぞ。だが、村には気を付けてな」
火が飛べば俺が防げばいい。
とはいえ、魔法が村に向かって飛んでくれば村人がびっくりする。
それは避けたい。
そんなことを話していると、コレットがモーフィの背に乗った。
「たのしみだねぇー」
「もっも!」
「コレット、お姉ちゃんの後ろに隠れてなさい」
「えー」
そんなことを話している姉妹にヴィヴィが言う。
「モーフィがいるのじゃ。大丈夫じゃぞ」
「そうなの?」
「うむ。むしろミレットもモーフィの後ろにいるがよいのじゃ」
「わかったわ」
ミレットたちも安全なモーフィの近くに移動している。
そのころには、フェムは子魔狼たちを狼小屋の中へと入れていた。
「わう」
「わふわふ」
大きな魔狼たちにもなるべく小屋の中に入るよう指示を出しているようだ。
とばっちりを防ぐためだろう。
そうしておいてから、フェムは狼小屋の前に立つ。
何かがあったとき、守ろうと考えているに違いない。立派な王である。
一方、ヴィヴィがルカの名を呼んだことで、ステラは怪訝そうな顔になる。
「ルカ……? まさかルカ・ラーンガウ卿なのですか?」
「そうよ? あ、自己紹介してなかったわね。失礼したわ」
「ラーンガウ卿ならば相手にとって不足なしなのです」
「なら、よかったわ」
俺は二人に尋ねる。
「準備はいいか?」
「いつでもいいのです」
「どうぞ」
それから周囲を見回した。
「わふ」「もっも」
「いつでもいいのじゃ」
「りゃっりゃ!」
フェムたちも準備完了しているようだ。
シギショアラも俺の懐から顔だけ出して鳴く。
「では、はじめ!」
俺が試合の開始を宣言すると同時にステラが無詠唱で魔法を放つ。
威力の弱い小さい火炎弾だ。手数と速さを重視している。
俺の師匠の基本的な考え方を受け継いでいるようだ。
「ふん!」
ルカは一歩も動かずに、枝で火炎弾を弾き落としていく。
魔法は使えなくとも、ルカは魔力の使い方がうまいのだ。
枝にうまく魔力をまとわせている。
ちなみに、この間ルカはずっと左足を上げていた。
「ルカさん、すごいですね」
「るかすごい!」
ミレットとコレットの姉妹はルカの凄さに気づいたようだ。
ルカの魔力操作の巧みさに気づけるほど成長したということだろう。
ルカに火炎弾をすべてはたき落とされたステラは、次の手段に移る。
ステラが放つは水の弾。
ルカに向かって飛んでいき、火炎弾と同じように叩き落とされる。
「ああ、なるほど。うまいな」
俺は思わずつぶやいた。
ルカ周囲の地面がぬかるんでいく。通常時でもかなり面倒だ。
素早い移動が阻害される。
その上、いまは左足を地面につけないというハンデを背負っているのだ。
片足でのぬかるんだ地面は、さすがにルカでも難しかろう。
狙ってやったのなら、大したものだ。
それでもルカは平然と笑みを崩さない。
「もうそろそろいいかしら? まだ、やりたいことがあればやっていいわよ?」
ルカはそう言ってほほ笑んだ。