余裕の態度を崩さないルカにステラは苛立ったようだ。
いや、これは苛立ちというより、焦りかもしれない。
そんな分析を俺がしていると、ステラが気合を入れなおして叫ぶ。
「その余裕の笑みを消してやるのです!」
火炎弾、水弾、氷弾、魔法の矢。
ステラは多様な魔法を繰り出しはじめた。
まるで、自分の魔法の中にルカに通用するものがないか探しているようだ。
だが、ステラの放つ魔法はすべてルカに難なく弾かれている。
「うーむ」
「どうしたのじゃ?」
俺がうめくと、ヴィヴィが首を傾げた。
「いやなに。多様な魔法を使えるのはいいのだが、使い方がな」
「ふむ?」
「どういうことなのですか?」
「りゃあ?」
不思議そうな顔をするヴィヴィの後ろから、ミレットが尋ねてきた。
コレットはステラの魔法をじっと見ている。
だが、こちらの会話にも注意を払っているようだ。
コレットの長いエルフの耳がしきりに動いている。
シギも俺の懐から顔だけ出して鳴いている。
「なんというか、魔法はただ使えばいいってものじゃなくてな。効果的に組み合わせないといけないんだ」
「そうなんですね」
ミレットは真剣な顔でうなずいた。
コレットは、ステラとルカを見ながらぽつりとつぶやいた。
「水を凍らせたりとかかなー?」
「そうそう、コレット。素晴らしいぞ」
「えへへ。ほめられたー」
コレットは可愛く照れている。
コレットは鋭い。
水の後に氷を撃つなら、ぬかるんだ地面を凍らせて滑るようにすればいい。
逆に氷の後に炎を撃つなら、氷を溶かしてドロドロにすればいい。
それを相手に気づかれないように実行できれば、それだけで有利になる。
むしろあえて気づかせて、相手の行動を縛るということもできる。
「ステラはそういう、戦術的なことをあまり考えてないなって」
まるで昔のヴィヴィのようだ。
「なるほどのう」
ヴィヴィはうんうんと頷いていた。
そのころにはステラは、かなり息が上がっていた。
魔法を使いまくって疲れたのだろう。
そんなステラに笑顔でルカが尋ねる。
「もういいかしら? それともまだ魔法撃ちたい?」
「……攻撃をうけきってみせるのです」
「そう。わかったわ」
ルカは片足のまま軽くしゃがんだ。そして、無理のない動作でぴょんと跳ぶ。
それだけで一気に、ステラの目の前まで移動した。
突然目の前に現れたルカに、ステラは怯えの表情を見せる。
「ひっ」
「これでおしま——」
そういいながら、木の枝を振りぬこうとしたルカは、怯えるステラを見て止まる。
「ふむ」
そして、ルカは枝を持っていない左手の指で、ステラの額をビシっと弾いた。
「あうっ」
それだけで、ステラは後ろに転んだ。
「まだ、やりたいかしら?」
「……いえ、負けたのです」
「そ。ならよかったわ」
そういって、ルカは左足を地面につける。
「ルカ、ありがとうな」
「暇だったし。それにしても左足を使わないって、結構しんどいわね」
そう言って笑う。
「だろ、結構面倒なんだ。走るのとかしんどいしな」
「わふ」
いつの間にかフェムが俺の横にいた。
「走れなくてもフェムがいるから安心だな」
「わふわふ!」
撫でてやるとフェムは尻尾をぶんぶん振った。
「私はお風呂にでも入ってくるわ」
そういって、ルカは歩き始める。
その時、ステラが声を上げた。
「ルカさん!」
「ん? どうしたの?」
「手合わせしてくださってありがとうございます」
「こちらこそありがと。あなた、優秀ね」
「いえ、手も足も出なかったのです」
「それだけ使えれば充分よ」
ルカはステラを励ましてから、風呂に入りに行った。
ステラは俺たちの方にとぼとぼ歩いてきた。
「負けてしまったのです」
「そうだな。まあルカは強いからな」
「はい。強かったのです」
ステラはしょんぼりしていた。
俺は少し考える。
ルカとの試合を見る限り、教えられることはありそうだ。
だが、ステラは師匠の体系を引き継ぎたいのだ。
そうなると、俺は役に立たない。
「ステラ。正直に言って、師匠の魔法体系に関して教えられることはあまりないんだ」
「ご謙遜を」
「いやいや、本当に。師匠の魔法と、俺の魔法はだいぶ違う」
そういっても、ステラは納得してくれなかった。
「そこを何とか、弟子入りを認めてほしいのです」
「でも、ルカにも負けたし……」
「もう一回試合させてやればいいのじゃ。そうすれば諦めるであろう?」
ヴィヴィがそんなことを言う。
「では、次にここに来た方と戦って勝てば、弟子にしてくれるのですか!」
「えぇ……。それはちょっと」
「戦闘職じゃない方は抜きで、試合して勝てば、認めてくれないでしょうか!」
「それだとステラ勝てないだろう」
「だからこそ意味があるのです。認めてくれるのですか?」
「そりゃ認めるけど」
「ありがとうございます!」
ステラは、村の門から少し離れて、倉庫の前あたりで仁王立ちしはじめた。
フェムが不安そうに尋ねてくる。
『良いのか?』
「だって……、本人がどうしてもって言うし」
『時間的にクルスとか出てくるのだぞ』
「クルスだと、ルカ以上に勝ち目がないな」
モーフィに乗ったヴィヴィが尋ねてくる。
「ヒーラーのユリーナなら勝てるのではないかや?」
「ユリーナは、ああ見えてめちゃくちゃ強いぞ」
「そうなのかや?」
「めっちゃ殴ってくるぞ。ユリーナはオークキングとか素手で殴り殺すからな」
『恐ろしいのだな……』
フェムがぶるりと身震いした。
「ヴァリミエが一番ましかなー?」
「確かに姉上が一番まともかもしれぬのう。姉上は戦闘の専門家じゃないのじゃ」
「それでも魔法戦でヴァリミエにステラが勝てるとは思えないがな」
その時、突然、俺の懐の中のシギが鳴いた。
「りゃっりゃー」
そして倉庫の扉が開く。
「シギショアラ! いい子にしておったかー」
「りゃああ」
ティミショアラが満面の笑みで飛び出してきた。
シギも嬉しそうに羽をバタバタさせて、ティミのもとに飛んでいく。
「一番まずい奴が出てきたのじゃ……」
ヴィヴィが不安そうに言った。