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235 吹雪の正体

 昼食を食べ終えた後、ティミショアラはシギショアラを胸に抱いて頭を撫でる。

 そしてお茶をゆっくり飲み始めた。


「りゃ」

「む? シギショアラもお茶を飲みたいのか?」

「りゃあ」

「そうかそうか」


 その様子を皆で見ていた。

 一緒に昼食を食べたのは、ティミたちの他には俺、ステフ、クルスにヴィヴィ。

 それにミレットとコレット姉妹に、モーフィとフェムにチェルノボクだ。

 ヴァリミエはリンドバルの森に、ユリーナとルカは王都に戻っている。


 俺はシギにお茶を飲ませているティミに尋ねる。


「さっき、この吹雪は自然のものではないと言っていたけど……どういう意味なんだ?」

「ああ、そのことか。なぜかわからぬが、この周囲にジャック・フロストが発生しておる」


 ジャック・フロストはAランクの魔獣相当の強さを持つ。討伐は非常に難しい。

 しかも魔獣ではなく、正確には精霊だ。

 自然の化身と言っていい。本来、討伐するようなものですらない。


 野外でジャック・フロストに遭遇して凍死させられたら、それは不幸な事故だ。

 ジャック・フロストによって大雪が降ってもそれは天災だ。


「ジャック・フロストなのですか……厄介なのです」

 ステフがつぶやく。


「ジャック・フロストっていうのが原因なら、討伐すればいいですね!」


 一方、クルスは非常に楽天的だ。

 俺はそんなクルスに説明する。


「ジャック・フロストは精霊だぞ。討伐するようなものではない」

「そうなんですか?」

「精霊は自然の化身みたいなものだからな」

「ふむー。難しいですねー」


 クルスは真面目な顔で考え始めた。

 そんなクルスに俺は説明する。


「ジャック・フロストによる災害は普通耐え忍ぶものだ。家に引きこもって吹雪が去るのを待つのが基本だな」

「外に出たらまずいですか?」

「ジャック・フロストに遭遇したら凍死させられかねない」


 腕に覚えのある冒険者でも、ジャック・フロストは怖い。

 ジャック・フロストの精霊魔法には容易に対抗できるものではないのだ。

 何しろ一帯の天候を操るほどの能力だ。一人の人間を凍らせることぐらい造作もない。


 屋外でジャック・フロストに遭遇した不幸な冒険者はなすすべなく死ぬことになる。

 体温を奪われ、思考力を失い、そのまま凍り付いてしまうのだ。


 先程、フェムとチェルノボクが凍死した魔猪を発見した。

 あれはジャック・フロストに遭遇した不幸な魔猪だったのだろう。


 村人などが遭遇すればそれこそ凍死は免れない。

 ジャック・フロストは冬の間、行商人が最も恐れるものの一つである。


「討伐は難しいが、ジャック・フロストは魔力というか精霊力を使い切ったら、消滅する。そうなれば吹雪も当然収まる」

「普通はどのくらいでおさまるんですか?」

「範囲と激しさによるんだがな。一晩程度が一般的だろうな」

「ということは、もうすぐ吹雪は終わるってことですね!」


 やっぱりクルスは楽天的だった。


「だが、吹雪に襲われている範囲が尋常じゃなく広い。普通のジャック・フロスト災害とも思えないのだが……」


 今回の吹雪は範囲が広いうえに激しい。

 一般的に範囲が広いほど、吹雪は激しくなくなる。

 そして吹雪が激しいほど、吹雪く時間は短くなる。

 精霊ジャック・フロストとはいえ、精霊力は有限なのだ。


 ティミがシギの頭を撫でながら言う。


「さすがはアルラであるな。常とは違うと我も思う」

「どこが違うのじゃ?」

 いままで黙って考えていたヴィヴィが真剣な顔で尋ねた。


「上空から見た限りなのだが、暴れているジャック・フロストは一体ではないように思うのだ」

「ティミには何体ぐらいいるように見えた?」

「わからぬ。ただ、十体や二十体程度ではなかろうと思う」

「そんなにか」

「うむ。百や二百、いやもっといたとしても驚きはしないぞ」

「なんじゃと……」

 ヴィヴィは唖然としている。


「え、そんな大量のジャック・フロストって、一体どうなってしまうのです?」

 ステフは混乱しているようだった。 


「そんなに沢山いるなら、討伐して回った方がいいかもしれませんね、アルさんどう思いますか?」

「それも一つの手ではあるが……」

「なにか気になることでも?」

「いや、こんなに大量に発生するなんておかしいだろ」

「異常気象ってやつなのでは?」

「それにしても限度がある」

「なるほどー」


 ティミも真面目な顔で言う。


「我もなぜ急にジャック・フロストが大量発生したのか気になって仕方ないのだ」

「ルカが帰ってきたら、相談して対策を考えようか」

「そうですね。それがいいかもです」


 ルカは魔獣学者だ。精霊は少し専門とは違うが、普通の人よりはずっと詳しい。

 クルスは椅子からゆっくり立ち上がった。


「さて、ぼくは領主の館に行ってきますね」

「手伝うことはあるか?」

「行ってみないことには何ともです」

「じゃあ、ついて行こう」

「ありがとうございます!」


 俺も外出の準備をしながら、フェムに声をかける。


「魔猪ですら凍死するレベルだ。魔狼たちにも外出を控えるように伝えたほうがいいぞ」

『わかったのだ』

 ジャック・フロストは、通常、屋内には侵入してこないのだ。


 それから、俺とクルスは転移魔法陣を通って、領主の館に向かうことにした。

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