昼食を食べ終えた後、ティミショアラはシギショアラを胸に抱いて頭を撫でる。
そしてお茶をゆっくり飲み始めた。
「りゃ」
「む? シギショアラもお茶を飲みたいのか?」
「りゃあ」
「そうかそうか」
その様子を皆で見ていた。
一緒に昼食を食べたのは、ティミたちの他には俺、ステフ、クルスにヴィヴィ。
それにミレットとコレット姉妹に、モーフィとフェムにチェルノボクだ。
ヴァリミエはリンドバルの森に、ユリーナとルカは王都に戻っている。
俺はシギにお茶を飲ませているティミに尋ねる。
「さっき、この吹雪は自然のものではないと言っていたけど……どういう意味なんだ?」
「ああ、そのことか。なぜかわからぬが、この周囲にジャック・フロストが発生しておる」
ジャック・フロストはAランクの魔獣相当の強さを持つ。討伐は非常に難しい。
しかも魔獣ではなく、正確には精霊だ。
自然の化身と言っていい。本来、討伐するようなものですらない。
野外でジャック・フロストに遭遇して凍死させられたら、それは不幸な事故だ。
ジャック・フロストによって大雪が降ってもそれは天災だ。
「ジャック・フロストなのですか……厄介なのです」
ステフがつぶやく。
「ジャック・フロストっていうのが原因なら、討伐すればいいですね!」
一方、クルスは非常に楽天的だ。
俺はそんなクルスに説明する。
「ジャック・フロストは精霊だぞ。討伐するようなものではない」
「そうなんですか?」
「精霊は自然の化身みたいなものだからな」
「ふむー。難しいですねー」
クルスは真面目な顔で考え始めた。
そんなクルスに俺は説明する。
「ジャック・フロストによる災害は普通耐え忍ぶものだ。家に引きこもって吹雪が去るのを待つのが基本だな」
「外に出たらまずいですか?」
「ジャック・フロストに遭遇したら凍死させられかねない」
腕に覚えのある冒険者でも、ジャック・フロストは怖い。
ジャック・フロストの精霊魔法には容易に対抗できるものではないのだ。
何しろ一帯の天候を操るほどの能力だ。一人の人間を凍らせることぐらい造作もない。
屋外でジャック・フロストに遭遇した不幸な冒険者はなすすべなく死ぬことになる。
体温を奪われ、思考力を失い、そのまま凍り付いてしまうのだ。
先程、フェムとチェルノボクが凍死した魔猪を発見した。
あれはジャック・フロストに遭遇した不幸な魔猪だったのだろう。
村人などが遭遇すればそれこそ凍死は免れない。
ジャック・フロストは冬の間、行商人が最も恐れるものの一つである。
「討伐は難しいが、ジャック・フロストは魔力というか精霊力を使い切ったら、消滅する。そうなれば吹雪も当然収まる」
「普通はどのくらいでおさまるんですか?」
「範囲と激しさによるんだがな。一晩程度が一般的だろうな」
「ということは、もうすぐ吹雪は終わるってことですね!」
やっぱりクルスは楽天的だった。
「だが、吹雪に襲われている範囲が尋常じゃなく広い。普通のジャック・フロスト災害とも思えないのだが……」
今回の吹雪は範囲が広いうえに激しい。
一般的に範囲が広いほど、吹雪は激しくなくなる。
そして吹雪が激しいほど、吹雪く時間は短くなる。
精霊ジャック・フロストとはいえ、精霊力は有限なのだ。
ティミがシギの頭を撫でながら言う。
「さすがはアルラであるな。常とは違うと我も思う」
「どこが違うのじゃ?」
いままで黙って考えていたヴィヴィが真剣な顔で尋ねた。
「上空から見た限りなのだが、暴れているジャック・フロストは一体ではないように思うのだ」
「ティミには何体ぐらいいるように見えた?」
「わからぬ。ただ、十体や二十体程度ではなかろうと思う」
「そんなにか」
「うむ。百や二百、いやもっといたとしても驚きはしないぞ」
「なんじゃと……」
ヴィヴィは唖然としている。
「え、そんな大量のジャック・フロストって、一体どうなってしまうのです?」
ステフは混乱しているようだった。
「そんなに沢山いるなら、討伐して回った方がいいかもしれませんね、アルさんどう思いますか?」
「それも一つの手ではあるが……」
「なにか気になることでも?」
「いや、こんなに大量に発生するなんておかしいだろ」
「異常気象ってやつなのでは?」
「それにしても限度がある」
「なるほどー」
ティミも真面目な顔で言う。
「我もなぜ急にジャック・フロストが大量発生したのか気になって仕方ないのだ」
「ルカが帰ってきたら、相談して対策を考えようか」
「そうですね。それがいいかもです」
ルカは魔獣学者だ。精霊は少し専門とは違うが、普通の人よりはずっと詳しい。
クルスは椅子からゆっくり立ち上がった。
「さて、ぼくは領主の館に行ってきますね」
「手伝うことはあるか?」
「行ってみないことには何ともです」
「じゃあ、ついて行こう」
「ありがとうございます!」
俺も外出の準備をしながら、フェムに声をかける。
「魔猪ですら凍死するレベルだ。魔狼たちにも外出を控えるように伝えたほうがいいぞ」
『わかったのだ』
ジャック・フロストは、通常、屋内には侵入してこないのだ。
それから、俺とクルスは転移魔法陣を通って、領主の館に向かうことにした。