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236 吹雪の中の領主の館

 俺とクルスが、倉庫に向かおうとすると、ティミショアラが言う。


「我もついて行こうではないか」

「そうか。頼む」


 ティミは俺の懐に入っているシギショアラを心配しているのだろう。

 ティミはとても強いし、空を飛べるので心強い。


「もっも!」

「わふ」

 モーフィとフェムも当然といった様子でついてきてくれる。心強い限りだ。


 衛兵小屋から出ると、一気に冷気に包まれる。

 相変わらず、激しく吹雪いていた。


「朝、除雪したのに、もうだいぶ積もってるな」

「また後で除雪ですねー」

「もっ!」

「除雪の時は、モーフィ頼むな」

「もう」

 モーフィは張り切っているようだった。


 俺たちは倉庫にある転移魔法陣を経由して、領主の館へと向かった。


 領主の館には今は代官が常駐している。

 更迭した代官補佐の代わりに行っていた検地がすべて終わったのだ。


 代官が検地で留守にしていた間、領主の館に常駐していた代官代行は王都に戻った。

 代官代行は、いまでも代官代行だ。

 王都における、クルス領の政務を取り仕切ってくれている。


 領主の館に到着すると、寒かった。


「そういえば、ヴィヴィが描いてくれた魔法陣は防御系だけだったな」

「それだけでもすごく助かりますけどねー」


 クルスは話しながら、すたすた歩いて執務室へと向かう。

 執務室の扉の前で、クルスは声を上げる。


「代官、いますかー?」


 すぐに代官が出てくる。


「これは閣下。それにアルラさんにティミショアラ閣下まで。よくおいでくださいました」

「りゃ!」

「シギショアラ殿下もお久しぶりでございます」

「りゃあ」


 代官はいつものように、丁寧にあいさつしてくれる。

 それから、代官はほとんど火の消えかかった暖炉に薪をくべた。

 客人をもてなすために、火力を上げるつもりなのだろう。


「気を使わなくていいですよー」

「ありがとうございます」


 そういいながらも、代官は部下に色々指示していた。

 おそらくお茶などを手配しているのだ。


 クルスは椅子に座ると早速切り出す。


「代官、この辺りの天候はどんなかんじですか?」

「はい。昨日からとても激しく吹雪いていますね」

「やっぱり……。ムルグ村と死神教団の村も吹雪が激しいんですよねー」


 代官はうなずく。


「代官所の支所と連絡を取りたいところではあるのですが……この吹雪ですから」

「確かに危ないですね」


 一応、領主の館と代官所の支所との間で、連絡するための魔道具はある。

 だが、それは緊急時に代官補佐を領主の館に呼び出したりするためのものだ。

 事前に決めた鳴らし方をして連絡するためだけの機能しかない。

 音を鳴らすことはできるが、通話することはできない。


 連絡を取ろうとするならば、直接行く必要がある。

 クルスが考えながら言う。


「転移魔法陣を通れば、支所に行けますけど……。一応、代官補佐には秘密ですからねー」


 二人の会話を聞いていた、ティミが言う。


「クルス。我が上空から見てこようか?」

「いざとなったらお願いしたいけど……。たぶん吹雪いている以上のことはわからないと思うし……」

「それもそうであるな。実際今朝、見回ってみたが、吹雪いていたぞ」


 クルスとティミの会話を聞いていた代官が怪訝そうな表情になる。


「確かにこの吹雪は厄介ですが……すぐにおさまるでしょう。今はおさまってからの対策を考える方が大切では?」


 代官の言葉はまさに正論だ。

 だが、この吹雪が、ジャック・フロストの大量発生によるものとなると話は変わってくる。

 それゆえ、クルスは真剣な顔で言う。


「あ、いい忘れていました。ごめんなさい」

「といいますと?」

「この吹雪は自然のものとはいいがたいみたいなんです」


 まだ理解できていない代官に俺が説明する。


「今朝、ティミショアラが上空から領内を巡回してくれたんですが、ジャック・フロストが大発生しているみたいです」

「ジャック・フロストが……それは恐ろしいですね」


 ジャック・フロスト自体は有名な精霊の部類に入る。

 街の外を移動するものが、冬に最も恐れる精霊と言っても過言ではない。

 当然、教養あふれる代官も知っているようだ。


「ちなみに、大発生というのはどのくらいの規模なのでしょう?」

「正確な数はわからぬ。だが、数百は覚悟したほうが良いやも知れぬ」

「…………」

 代官は絶句する。あまりの数に言葉を喪ったのだろう。


「もちろん、百体前後の可能性もあるぞ。数百というのは最悪の場合である」

 代官を安心させようとしたのか、ティミが付け足す。

 だが、代官は安心できなかったようだ。


「少なくとも、百体前後のジャック・フロストなのですね。一体どうすれば……」

「どうしましょうかねー」


 クルスは真面目な顔で考える。


「ティミちゃん。上空からブレスでジャック・フロストを薙ぎ払うっていうのはできないかな?」

「もちろんできるぞ」

「おお!」

 代官が期待のこもった目でティミを見る。


「だがな。ジャック・フロストも退治できるが……。草木一本虫一匹のこらぬぞ?」

「そっかあ。そうだよね」


 たしかに古代竜エンシェント・ドラゴンのブレスは強力だ。

 だが、強力すぎるのだ。便利に使えるようなものではない。


 クルスが困ったような表情でこっちを見る。


「アルさん、どうしましょう?」

「ジャック・フロスト大発生の原因を突き止めるしかないだろう」

「たしかに……そうするしかないかもですね」


 うんうんと頷くクルスの横で、ルカに頼むしかないだろうなと、俺は考えていた。

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