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245 精霊王の事情

 俺は怯えさせないように、優しく声をかけながら精霊王の首輪を解析する。

 とても複雑な魔法陣なので、すぐには解析できない。


「ぴいいぴい」


 精霊王は相変わらず怯えながら鳴いている。

 だが、強大なはずの精霊魔法を放ってこない。

 ときどき、ジャック・フロストを召喚してくる程度だ。

 召喚されたジャック・フロストは片手間に魔力弾で消し飛ばす。


「精霊魔法は使えないようにされてるみたいだな」

「首輪の効果?」

「恐らくな」


 解析は終わっていないから断言はできない。

 だが、おそらく正しいと思う。


 解析の途中だが、俺はわかったことを皆に報告する。


「やはり魔獣を使役するときに使うものに似ているが、かなり複雑だ。この魔法陣を描いた奴は余程の凄腕だな」

「首輪で使役されているのかもしれないわね」

「精霊王を使役するなど、恐ろしいことを考える奴がいたもんだな」

「不遜なのだ」

「りゃ!」


 ティミショアラが腹立たしげに言った。

 ティミに抱かれているシギショアラも怒ったように鳴いた。


「とりあえず、首輪を破壊してみるぞ」

「アル、お願い」


 俺は慎重に解析をさらにすすめる。

 力業で破壊するなら容易い。

 だが、魔法陣を残したまま破壊して、ヴィヴィにも解析を頼んだほうがいいだろう。

 それゆえ、構造と原理をある程度把握した上で、解除して取り除かなければならない。


 ——パキッ


「よしっ」

 小さな音がして、首輪がきれいに分割された。地面に落ちる。

 大事な手掛かりの一つだ。首輪は魔法の鞄に入れておく。


 強大な精霊魔法が飛んでくる可能性を考え、俺は身構えた。

 だが、精霊王は自分の首に手をやり、数回撫でる。


『感謝』

 そう言って精霊王はぺこりと頭を下げた。

 ルカが目を輝かせる。


「すごい、言葉が通じるのね!」

「そりゃ、呪文詠唱も人間の言葉だし、通じるだろうな」

「じゃあ、どうしてしゃべってなかったんですか?」


 クルスが首をかしげていた。

 すでに先程まで突き付けていた聖剣を鞘の中に納めている。


「首輪で魔法を封じられていたからだろう。人語を理解したり、人語の念話を発するのに精霊魔法を使っているのだろう」

「なるほどー」


 それからクルスは精霊王の頭を撫でる。


「冷たくないんだねー」

「ぴぃ」

 精霊王はくすぐったそうに、小さな声で鳴いた。


 そんな様子を見て、精霊王は話の通じる奴だと判断したのだろう。

 ルカが精霊王の前に出る。


「あたしはルカ・ラーンガウと申します」

『理解』


 そして精霊王は俺の方を見る。

『名前所望』

「アルフレッド・リ——」

「ん?」「りゃ?」

 ティミとシギがこちらを見てくる。

 目が「違うよね?」と言っている。


「アルフレッドラ・リントです」

「うむ」「りゃあ」

 ティミとシギは満足げにうなずいた。


 俺の名乗りに続いて、みんなも名乗る。


「クルス・コンラディンだよ!」

「ティミショアラとこっちはシギショアラだ」

『感謝』


 精霊王は頭を再度下げた。

 そんな精霊王にルカが言う。


「あの精霊王さま。事情などお話していただけたら幸いです」

『謝罪。感謝』


 精霊王は再び、ぺこりと頭を下げる。それから、精霊王は俺の横に来て腕にしがみつく。

 精霊王は人懐こいらしい。そして、俺は首輪を外したことで、懐かれたようだ。


 精霊王は俺の腕にしがみついたまま、念話で語りだした。

 精霊王の念話は、ぶつぎりの名詞と動詞の連続が基本らしい。


『罠。かかる。屈辱』

「罠ですか?」

『巨大精霊石。注目。罠』

「なるほど。巨大な精霊石の存在に気づいて、注意を払っていたわけですね。罠というのは?」


 ルカは地面にひざをつき、姿勢を低くして精霊王と目線を合わせる。

 そうしながら、ルカは精霊王が語った内容をまとめてくれる。

 そのうえで、よくわからない部分を聞いていく。


『魔導士。召喚』

「精霊石を触媒に魔導士に無理やり召喚されたということでしょうか?」

『肯定』


 精霊王はうなずいていた。

 通常、精霊王を召喚することは至難の業だ。

 だが、巨大な精霊石を触媒にすれば不可能ではない。


「こちらによばれた後、どうなったのですか?」

『罠。捕縛』

「首輪のことですか?」

『肯定』


 召喚先に魔法陣を張って捕獲したのだろう。

 もしかしたら、この辺りに、捕獲罠の痕跡があったのかもしれない。

 だが、魔力弾と魔力ブレスで消し飛んでいる。痕跡を見つけることは難しかろう。


「首輪によって、精霊魔法を封じられたのですね?」

『肯定。精霊召喚強制』

「ジャック・フロストの召喚を強制されたということですね?」

『肯定』


 首輪で行動を制約して、ジャック・フロストを無理やり召喚させていたのだ。

 精霊王みずからが、精霊石を触媒にジャック・フロストを召喚したのだ。

 この大量召喚も納得できる。


 ルカがこちらを見上げる。


「アル。何か聞きたいことは?」

「首輪をつけた奴が、どんな奴だったか知りたいな」

『人族』

「性別とか細かい種族とかはわかりますか?」

『男。エルフ否定』


 精霊王にとっては、人族の細かい種族など区別付かないのだろう。


「なるほど。身長などはわかりますか?」

『普通。男』

「会ったらわかりますか?」

『判別可能』


 口ではうまく説明できないが、会えばわかるという感じだろう。

 とはいえ、精霊王は精霊の世界に帰るのだ。特徴を聞きだせないのは困る。


「絵に描いてもらいましょうか?」


 クルスがそんなことを言う。

 精霊王に絵心があるならば、それもありだろう。


 とりあえず、描いてもらってから考えよう。

 絵心がなければ、別の手段を考えなければなるまい。


 俺が魔法の鞄から絵を描く道具を探していると、精霊王がつぶやく。


『頼み。ある』

「なんでしょう?」

『精霊。捕縛。助ける。願う』

「つまり他にも捕まっている精霊がいるということでしょうか?」

『肯定』


 それを聞いて、ルカがつぶやく。


「他にもいるというのは厄介よね。まだ、ジャック・フロストを召喚させられている上位精霊がいるってことだし」

「アルさん。助けましょう」

「そうだな」


 既に巨大な精霊石がなくなった。

 それゆえ、ジャック・フロストは召喚されても一晩程度で消えるだろう。

 とはいえ、どんどん召喚されては、吹雪は続く。経済活動が止まってしまう。


「精霊王。お助けしましょう」

『感謝』


 精霊王はにこりと笑ったように見えた。

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