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244 謎の幼女

 最も早く反応したのは、やはりクルスだった。

 何かが動いたと俺が気づくのと、ほぼ同時にクルスはその何者かとの間合いをつめる。

 そしていつの間にか抜いていた聖剣を突きつける。 


「何者!?」

「ぴぃ」


 クルスに聖剣を突きつけられた不審者はプルプル震える。

 大きさはコレットぐらい。そして耳が細くて長かった。

 まるでエルフの幼女のようだ。

 透き通るような白い肌に新雪のような青い髪と、蒼玉のような目をしている。


「……一体何者だ?」

 俺は思わずつぶやいた。

 俺も見たことのない生物である。


 なにより目を引くのは、背中にはえている透明な羽だ。

 そして、服はなにも身につけていない。

 身につけているものは、頭にかぶっているクリスタルに似た王冠と、首輪だけだ。


 吹雪が収まりつつあるとはいえ、今日の気温はとても低い。

 この場で全裸ということは、並みの生物ではなさそうだ。


「誰なの? アルさんとティミちゃんの攻撃の後で、まだ生きてるってことは……ただ者じゃないと思うけど」


 可愛らしい姿の相手だというのに、クルスは警戒を怠らない。

 微塵の隙も無い構えで、幼女と対峙している。


「……ぴぃ」


 幼女はプルプルしながら、小さな声で鳴いた。

 人間の言葉を解さないのかもしれない。


 こういう時はルカに頼ろう。


「ルカ。何者かわかる?」

「あたしも初めて見たけど……精霊王かも」

「……精霊王だと」


 俺は魔導士だ。呪文の詠唱で、精霊王の力を借りたこともある。

 だが、実際に見たことはなかった。


 精霊王は精霊界に居るものだ。

 魔導士はわずかな時間だけ、門を開いてその合間に力を借りるだけなのだ。


「ティミは何かわかる?」

「確かに精霊王の姿に似ているやも知れぬ。ただ我が見たのはもう少し妙齢の美女の姿であったのだが……」


 さすがはティミショアラだ。精霊王とも会ったことがあるらしい。


「それに我のみた精霊王は、もっとこう、赤かったような気がするのだがな」

「それは炎の精霊王じゃないかしら。恐らくこの子は氷雪の精霊王でしょう?」

「なるほど。精霊王にも色々いるのだな」


 ルカとティミが会話している間も、精霊王は震えていた。

 可哀そうになってくる。


「ぴぃぴぃ」

「りゃ」

「あ、シギ、待ちなさい」


 シギショアラが、俺が止める間もなく、精霊王に近づこうとする。

 歩ける赤ちゃんは油断できない。


 シギは、無事ティミに抱え上げられた。


「シギショアラ。不用意に近づいてはならぬぞ」

「りゃあ?」


 その間も、精霊王はぴぃぴぃ鳴いていた。


 俺はルカに尋ねる。


「巨大な精霊石が精霊王すら呼び寄せたってことか?」

「それは考えにくいと思うわ。精霊ならともかく、精霊王は精霊界から出てこないのが普通だし。召喚されたのなら別だけど……」


 ルカは真面目な顔で考えている。


「それにしても、俺の魔力弾とティミの魔力ブレスが降り注いだのに、よくぞ無事だったな」

「ジャック・フロストたち精霊が守ったのかも知れないわね。魔力の奔流が精霊石に直撃してかなり相殺されたというのも大きいかも」


 その間、ティミは、シギを抱いたまま注意深く観察していた。


「アルラよ。気になることがあるのだが」

「なんだ?」

「この首輪なのだが……違和感を覚える」

「ふむ?」


 俺は精霊王を見るのは初めてなので、違和感など覚えない。

 だが、ティミは炎の精霊王を見たことがあるのだ。


「以前見た精霊王も王冠はかぶっておった。だが、首輪をしてはおらなんだ」

「なるほど。ルカはどう思う?」

「あたしも文献で読んだだけだし、実際に見たことはないのだけど」


 そう断わってから、ルカは続ける。


「精霊王が首輪をしてるというのは読んだことがないわね」

「ふむ。少し調べてみよう」

 俺は精霊王に近づいた。


「ぴっぴぃ!」


 震えて怯えた調子で、精霊王は鳴く。

 その時、俺の眼前に、忽然とジャック・フロストが五体現れた。

 なんの前兆もなかった。


「うお!」

 とっさに俺は魔力弾を五発撃って、ジャック・フロストを吹き飛ばす。


「ぴぴぴぴぃい」

 精霊王はけたたましく鳴いている。

 怯えた精霊王が、ジャック・フロストを召喚したのだろう。

 これ以上召喚されても困る。


「なにも痛いことはしないからな」

 通じているかどうかわからないが、俺は優しく声をかける。

 そして、ゆっくりと首輪に手を伸ばした。


「ぴぴぴぴぃぴい」


 鳴き声は激しくなる。震えも激しくなった。

 精霊王にものすごく怯えられているのがわかる。少し悲しい。

 だが、精霊石を破壊して、ジャック・フロストたちを一気に薙ぎ払ったのだ。

 怯えられるのも仕方ないのかもしれない。


「大丈夫だからなー」


 俺は怯えさせないように、なるべく優しい声音で語り掛け続ける。

 そして、首輪に手を触れた。

 精霊力ではなく、魔力を感じる。

 首輪の表面には、非常に細かく魔法陣が刻まれていた。

 俺の見たことのない魔法陣だ。


 そのことを、後ろにいるルカたちに向かって説明した。


「精霊力じゃなくて魔力なのね?」

「そうだ」

「その首輪が、ますます怪しくなってきたわね。どんな魔法陣かわからない?」

「解析してみよう」


 ヴィヴィと一緒に生活するようになって、俺の魔法陣の知識と経験は一気に増えた。

 初めて見る魔法陣でも解析することができるはずだ。


「これは……、魔獣を使役するときに使う魔法陣に少し似ているな」


 この首輪に精霊大発生の謎に迫る鍵がありそうだ。

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