手加減はしない。俺もティミショアラも全力だ。
もっとも単純な部類の魔法である魔力弾に、俺の全力を込めた。
ティミの魔力ブレスも、ブレスの中ではもっとも単純な部類だろう。
そこらのドラゴンでも使えるぐらいだ。
その単純な術に古代竜の全力を込めている。
単純な術だからこそ、使い手の魔力の量、扱いの巧みさが威力に反映されやすい。
ごまかしがきかないのだ。
「りゃあああああ」
興奮気味にシギショアラが鳴く。
間近でこれほどの魔力の奔流を見たのは初めてなのだろう。
魔力弾と魔力ブレスを食らって、精霊石でできた巨大な像が消えていく。
まるで手のひらに落ちた雪のひとひらのようだ。
周囲に降り積もった雪がジャック・フロストの群ごと吹き飛んでいく。
精霊石の像が消えると同時に、ブレスをやめてティミは咆哮した。
「RYAAAA!」
地面はもう目前に迫っている。ティミは急速に進行方向を変える。
ティミの骨が、鱗が、筋肉がきしむかのようだ。
古代竜の全力機動なのだ。
ものすごい遠心力が俺を襲う。油断すれば吹き飛ばされそうだ。
後方でもクルスとルカが、
「うわあああ」
「くうううう」
悲鳴に近い声を上げていた。
地面にかすりながら、降下から平行へと、かろうじて移行する。
その後、すぐ上昇を開始した。
しばらく上昇したあと、ティミはふわりと止まった。
「……おぬしら。大丈夫か?」
「……なんとかな」
「ティミちゃん、すごいねー」
「死ぬかと思ったわよ」
さすがのクルスとルカも疲れた表情で、ぺたりと座り込んでいる。
俺もティミの頭に腰を下ろした。
「りゃっりゃー! りゃっりゃ!」
シギだけは元気に大喜びだ。
「シギショアラよ。どうであるか? 叔母さんの全力飛行は」
「りゃあ!」
「それはよかった」
そして、ティミは満足そうに息を吐いた。
「ティミ。お疲れさま」
「アルラもな。見事な魔力弾であった」
「ティミのブレスもすごいな。急降下のスピードも、そこからの方向転換もすごかったぞ」
「りゃりゃりゃ。アルラに褒められると気持ちのいいものであるな」
ティミは機嫌がいいとりゃりゃりゃと笑うらしい。
「うわあ。本当に凄いね」
「精霊石を消し去った上に、周囲のジャック・フロストも全滅しているわ」
「雪どころか地面が削れてるよ」
後ろからクルスたちの声が聞こえた。
俺も精霊石の像があった場所を観察する。確かに岩が削れている。
人里から離れた場所でよかった。
クルスが心配そうに言う。
「ルカ。不活性化した魔力を精霊は好むんでしょ? あれだけの魔力弾使って大丈夫なの?」
「大丈夫よ。不活性化した魔力の結晶たる精霊石にぶつけたから対消滅してるわ」
「そっか。それなら安心だね!」
クルスは安心したようだった。
だが、ルカは残念そうに言う。
「ただ……あまりにも威力が高くて、痕跡が何もないわね」
「痕跡ってなんの痕跡だ?」
俺はそういいながら、ティミの頭の上からクルスたちのいる背に戻る。
「えっとね。前大公殿下の残滓を利用して、ここに精霊石の像を建てた奴の痕跡」
「自然に滞留した魔力が精霊石になったのではないのか?」
「徐々に拡散していくものよ。数か月たって急にというのは考えにくいわ」
「ふむ。もし何者かが姉上の残滓を利用したのならば、許せぬな」
ティミがぶしゅーっと息を吐く。
「ダメもとで、調べたほうがいいな」
「そうね。そうしたほうがいいかも」
「了解した」
ティミはふわりと地面に降りる。
そのとき、クルスが嬉しそうに言った。
「アルさん、アルさん! 吹雪が収まって来てますよ!」
「ほんとだ」
「周囲のジャック・フロストが全滅したからであろうな」
人間の姿に戻った、ティミも満足げにうなずいていた。
普通のジャック・フロストは一晩ほどで消える。
なかなか消えなかったのは巨大な精霊石から精霊力を供給されていたからだ。
そのうえ、新たなジャック・フロストがどんどん誕生していた。
だからこそ、広範囲にわたって吹雪が続くことになった。
「ルカ。明日ごろには吹雪は収まると考えていいのか?」
「そうね、そう考えていいと思う」
「それなら安心ですね!」
クルスはとても嬉しそうだ。
それから、俺たちは調査を開始する。
周囲を見ながら、ティミがつぶやく。
「ものの見事に何もないのう」
「ティミちゃん。この石すべすべだよ」
そういいながら、クルスは地面を撫でている。
魔力弾と魔力ブレスによって、岩肌が削り取られたのだろう。
「たしかに、すべすべであるな」
「りゃあ」
ティミとシギが一緒になって、岩肌を撫でている。
「もう少し手加減すべきだったかもしれないな」
俺がつぶやくと、ルカは首を振った。
「あれだけ巨大な精霊石の像だったのよ。消滅させるだけの魔力弾と魔力ブレスを撃ち込めばこうなるのは仕方ないわ」
「それはそうかもだが」
「下手に加減して、精霊石の像が残った方が面倒だったわよ」
「残ったらどうなってたの?」
横で聞いていた、クルスが尋ねる。
「残った精霊石にも大きな衝撃が加わっているから砕け散るでしょうね。そうなれば、一気にジャック・フロストが大量にわいたかも」
それはとても面倒だ。手加減しなくてよかったと思う。
そんなことを考えていると、物陰で何かが動いた。