朝焼けに照らされる中、ティミショアラが飛び上がる。
雪はやんだ。だが、風は冷たい。
俺の懐から顔を出していたシギショアラが欠伸した。
「……りゃ」
「眠ってていいぞ」
「……りゃあ」
もぞもぞと、シギは顔を引っ込める。
俺は服の上から、優しくポンポンと叩いてやった。
そのうち、シギはくーくーと寝息を立てて眠りはじめた。
クルスがちょこちょこ寄ってきた。
「シギちゃん眠っちゃいましたか?」
「赤ちゃんだからな」
「そうですねー」
下を見ながらルカが言う。
「あっ、ジャック・フロストがいたわ」
「まだいるんですねー」
「そりゃ、いるだろうな」
精霊王と上位精霊を解放したことで、召喚は止まった。
その周囲の大量のジャック・フロストも討伐して精霊界にお帰りいただいた。
精霊王と上位精霊の周囲は、ジャック・フロストの密度が最も濃かったところだ。
ジャック・フロストの全体数から見てもかなりの数を討伐できただろう。
だが、すべてのジャック・フロストが精霊界に帰ったわけではない。
「ティミ、高度をおとしてくれ」
「任せるがよい」
ジャック・フロストの周囲にはつむじ風のようなものが吹いていた。
それにより、雪が巻き上がって地吹雪のようになっている。
「上空から雪が降っている形の、吹雪ではないな」
俺がつぶやくと、クルスがうなずく。
「そうですねー。地吹雪みたいにはなっていますけど。燃料切れでしょうか」
「恐らくそうだと思うわ」
クルスの意見にルカが賛意を示した。
「ひと冬分全部降らせる勢いで吹雪いていたもの。ほっといてもそろそろ消えるころかも」
「なるほど。でも、討伐したほうが早く収まりますよね。アルさん、お願いできますか?」
「もとよりそのつもりだ」
「ありがとうございます!」
俺はティミが、ジャック・フロストの上空を通り過ぎるときに魔力弾を撃ち込んだ。
それだけでジャック・フロストは消え去った。
やはり、既にほとんどの精霊力を使い果たしていたのだろう。
その後もクルス領の巡回を続ける。
まだ吹雪いている場所もあったが、念入りにジャック・フロストを討伐しておいた。
上空から下を見ながらクルスが言う。
「晴れてきましたけど……やっぱり積雪がすごいですねー」
「道を雪かきして開通させるのは体力的にきついな」
「ですよねー。ヴァリミエちゃんにゴーレム借りても限度はあるし……どうしましょう?」
「難しい問題ね」
ルカも頭を抱えていた。
通行が滞れば村々は困るだろう。
自然に雪解けを待っていれば、春になってしまう。
とてもじゃないが待っていられない。
「普段から雪の積もる地域なら対策も充分だと思うけど……。ぼくの領民は雪に慣れてないと思うんだよね」
「ふーむ。それもそうであるな」
ティミも考えている。
「クルスよ。ある程度ならば、資材の運搬を手伝ってもよいぞ」
「え? いいの?」
「うむ。魔法の鞄も用いれば、多くの荷物を運べよう」
「ティミちゃん、ありがとう!」
「なに、気にするでない」
それから俺たちは、クルス領を回ってジャック・フロストを討伐した。
目についた全てのジャック・フロストを討伐した後、俺たちはムルグ村へと戻った。
朝になり、天候が回復したことは、当然ムルグ村の人々も気付いている。
村人たちは総出で除雪作業をしていた。
ティミはムルグ村の様子を確認するかのように上空をゆっくりと通過する。
村人たちは、ほぼ全員ティミに気づいた。
ゴーレムを使って、除雪していたコレットが大きな声で叫ぶ。
「あ、ティミちゃんだ! おかえりー」
ぶんぶんと手を振っていた。
「もっもおお」
除雪作業に従事していたモーフィも大喜びで、ティミの後を追ってくる。
積もった雪などなんのその。かき分けながら走っている。
「すぐ降りるからあわてるでない!」
ティミは急いで倉庫近くに着陸した。
「もっもう!」
ものすごい勢いでモーフィが駆け寄ってくる。
俺たちがティミから降りるのも待ちきれないようだ。
ぴょんぴょんと飛んで、ティミの背に乗ってきた。
「モーフィ落ち着け」
「もにゅもにゅ!」
興奮した様子で、鼻息荒く、俺の手を咥えている。
俺はモーフィの頭を撫でてやった。
ティミの周囲にはヴィヴィやフェム、ミレットにコレットも集まってきている。
ステフにユリーナ、ヴァリミエもいた。
ティミから降りると、フェムが体をこすりつけてくる。
獣たちと離れていたのは、十時間程度だ。
なのに、この寂しがりようである。
「アルさん。お帰りなさい。皆さんもお疲れ様でした」
「おっしゃん、おかえり!」
ミレットとコレットの姉妹は笑顔だ。
「どうやって天候を回復させたのか聞きたいのだわ。でも、まずは眠った方がよいと思うのだわ」
「そうね、眠たくなってきたわね」
「俺も眠らせてもらおうかな」
「ぼくも眠いです!」
俺はティミに尋ねる。
「ティミはどうする?」
「古代竜は数日程度眠らなくても平気であるが……極地に戻ってゆっくり眠るぞ」
「そうか、お疲れさま」
「うむ」
そして、俺の懐の上からシギを撫でる。
眠っているから起こさないようにと配慮してくれているのだろう。
覗き込んだりはしない。覗き込めば懐に冷気が入り込んでしまう。
そうなれば、シギは起きてしまうだろう。
「むりゃ」
寝言だろう。シギは小さく鳴いた。その鳴き声はとても可愛い。
俺もティミも、思わずにやけてしまった。