ジャック・フロスト事件が解決した次の日の夜。
雪合戦で遊びまくった日の夕食の後。
後片付けを済ませて、俺が食堂に戻ると、まだみんなは食堂にいた。
食堂にはクルス、ルカ、ユリーナという勇者パーティーが勢ぞろいしている。
ほかにも俺の弟子である、エルフの姉妹ミレットとコレット、獣人の魔導士ステフ。
魔王軍四天王のヴィヴィとその姉のリンドバルの森の領主ヴァリミエ。
死神の使徒であるスライム、チェルノボク。
魔天狼にして魔狼王のフェム、聖獣の牛モーフィ。
それに古代竜の赤ちゃんシギショアラと、その叔母のティミショアラがいた。
俺が戻ってきたのを確認して、クルスが口を開いた。
「領民のことはひとまず、安心として……。犯人を捕まえないと駄目ですね」
「そうだな。手がかりが乏しいから、難しそうではあるが……」
「はい。獣人の男の魔導士ってだけですもんね」
「魔導士と言っても、精霊召喚魔法の使い手だから、少し珍しいのは確かだ」
「そうなんですね」
治癒術士ほどではないが、精霊召喚魔法の使い手も珍しい。
「ユリーナには心当たりはないか?」
ユリーナは教会の聖女だ。世界各地に広がる教会の情報網を利用できる。
「んー。心当たりはないのだわ。獣人の精霊召喚魔法の使い手ってだけなら、それなりにいるとは思うし……」
「そうだよな。ルカはどうだ?」
ルカは冒険者ギルドの王都管区長、つまりお偉いさんだ。
冒険者ギルドにも、当然様々な情報が集まる。
その上、ルカは優秀な学者でもある。それゆえ学院にも顔がきく。
「昼に探してみるよう一応指示は出したけど……。あまり期待しないで」
冒険者ギルドにはたくさんの魔導士が登録している。
だが、全員が登録しているわけではない。
「それより、アルは魔導士ギルドに入ってるでしょう? そちらから調べたほうがいいと思うわ」
ルカの指摘は正しい。
魔導士は特別なエリートだ。就職先はたくさんある。
宮廷魔導士や貴族専属の魔導士になるのは難しい。
魔法学院を優秀な成績で卒業しなければならないからだ。
だが、その他にも大きな商家の専属魔導士の道もある。
種イモの選別、各種商品の解毒や冷蔵管理など活躍する場面はたくさんある。
また、魔法陣魔導士ならば、巨大な建築物を作るときに活躍できる。
そして、そのどれもが冒険者ほど危険ではない。その上、給料も安定している。
あえて、危険な冒険者として登録する魔導士の方が珍しいぐらいだ。
それゆえ、冒険者ギルドに所属していない魔導士はたくさんいる。
それらの魔導士も、魔導士ギルドには所属しているものだ。
「……たしかに、それはそうだな」
俺がそういうと、ルカが怪訝な表情になる。
「ん? アル。魔導士ギルドに何かあるの?」
「え? まさかアルさん魔導士ギルドに所属してないんですか?」
クルスも驚いている。
「まさか、そんなわけないのだわ。そうでしょう?」
ユリーナが俺の方をみてきた。優しい目をしている。
「一応……所属はしているといえば、しているのだが……」
「なによ? それなら問題ないじゃない」
そういって、ルカは首を傾げながらこちらを見る。
正直に言うしかないだろう。
「しばらく会費払ってないから……」
「はぁ? なんで払ってないのよ!」
「なんでって……面倒で」
お金がなかったわけではない。
冒険者ギルドにばかりお世話になり、魔導士ギルドに顔を出すことがほとんどなかった。
それゆえ、ついつい、忘れてしまっていたのだった。
「ごめんなさいして、会費払ってきなさいよ」
「でもなぁ」
「ああ、そうね。隠遁生活していること一応内緒だものね。私が代理で払ってきてあげるのだわ」
ユリーナが優しい。
「だがなぁ」
歯切れの悪い俺をみてルカが呆れたようにため息をついた。
「滞納してきた分を払って、すぐ情報収集とか気まずいというのはわかるわ」
「いや、そうじゃなくてだな。結構滞納しているからな」
「どのくらい滞納しているのよ」
「……十五年ぐらい払ってない」
「はぁ? 冒険者生活の大半滞納しているじゃないの」
「実はそうなんだ」
それを聞いて、ユリーナがうんうんと頷く。
「どうりで魔王討伐後、魔導士ギルドから顕彰されなかったわけなのだわ」
魔導士ギルドとしても、微妙な思いだったに違いない。
一応ギルドメンバーが大活躍したのだ。アピールしたい。
だが、滞納し続けている幽霊メンバーだ。ほかの会員の手前、顕彰しにくい。
「顕彰されなかった理由には、俺の滞納も当然あると思うのだが……」
俺は魔導士ギルドについて説明する。
魔導士ギルドで、もっとも幅を利かせているのは王宮に使える宮廷魔導士だ。
歴代会長は宮廷魔導士長だし、理事などの幹部メンバーも大体宮廷魔導士だ。
次に大貴族専属の魔導士、次に中規模貴族の魔導士と続いていく。
そして、最下層が、冒険者魔導士である。
「だから、冒険者として活躍した俺はあまり快く思われてないんだよ」
「そうだったんですねー。そういえば、どうしてアルさんは冒険者になったんですか?」
「それは気になるわね。アルぐらい優秀なら、いくらでも仕事はあったでしょう?」
少し考えて、俺は正直に言うことにした。
「世界を旅してみたかったからかな」
「かっこいい!」
「ぷふぅ」
クルスは目を輝かせているが、ヴィヴィは吹きだしていた。
確かに、若者らしい、いや青すぎる理由だ。
だが、実際若者だったのだから仕方がない。
昔を思い出すというのは、懐かしくもあり、恥ずかしくもあるものだと思った。