俺は会場の様子を観察する。ヴィヴィも一生懸命観察していた。
全体が魔道具という会場の仕組みを知りたいのだ。
少し調べてみただけでは、わからないほど複雑だった。
「じっくり調べたいのじゃ」
「確かに……」
これを調べられるなら、会費など倍額払っても惜しくはない。
だが、クルスは会場にも観客にも、さして興味がないようだ。
「で、誰が相手をしてくれるのですか?」
クルスの問いに、会長は事務局長を睨む。
「……事務局長、あなたがご自分でお相手なさい」
「私でございますか?」
「あなたのまいた種でしょう」
「承知いたしました」
事務局長は少しにやけている。余程自信があるのだろう。
ティミショアラが、そんな事務局長を見て言う。
「あまり強そうには見えぬが……。ほんとうにそなたが代表でよいのか?」
「私はこう見えても、長年公爵家の筆頭魔導士を務めた男です。腕には覚えがあります」
公爵は言うまでもなく大貴族だ。
その筆頭魔導士ということは、平の宮廷魔導士よりも格上かもしれない。
言葉ぶりからするに、一線を退いたようではある。
だが、魔導士ギルドの中でも、エリートの魔導士なのは間違いないだろう。
ティミが胡散臭げに、事務局長を見る。
「会長とやら。こんなことを言っているが、本当に代表はこの男でよいのか? 負けた後に負け惜しみを言っても許さぬぞ?」
「事務局長が相手として強すぎるというのならば、変更いたしますが……。どうなさいますか?伯爵閣下」
会長も事務局長の勝利を疑っていなさそうだ。
ここで事務局長の相手を断れば、それはすなわち戦わずに敗北を認めたようなもの。
戦わない選択肢はない。
それでも、クルスはちらりとこちらを見た。
俺に事務局長にステフが勝てるか、目で尋ねているのだ。
俺は勝てると判断して、頷き返す。
「構いません」
「それではこちらの代表は事務局長で行きましょう。伯爵閣下の側は誰が代表になられるのですか?」
「もちろん、獣人の魔導士。ステフです」
クルスの言葉をうけて、ステフは一歩前に出る。
俺はステフの耳元で、小さな声で囁いた。
「ステフ。昨日と同じようにすればいいぞ。ステフなら余裕だ」
「わかったのです」
「魔法ダメージは会場が引き受けてくれるらしいし、殺す気で行け!」
こくりとステフは頷いた。
試合までの数分の準備時間に、どんどん魔導士ギルドの魔導士が集まってきた。
全て合わせれば、二十人ぐらいいるのではなかろうか。
「事務局長、二度と舐めた口をきけないよう、思いっきりやっちゃってくださいよ」
「服だけ焼いたら、いいんじゃないですか!」
魔導士ギルドの魔導士たちの野次を聞いて事務局長はにやにやしていた。
それでも、軍務卿の前である。
「お前たち。行儀が悪いですよ」
言葉だけで窘めていた。
試合開始までの準備時間に、事務局長はローブを整え、杖を準備する。
魔法がかかったローブと杖だろう。
獣人は出来損ないという割には、本気で装備を整えている。油断していない。
軍務卿が、事務局長に聞こえないぐらい小さな声で会長に尋ねる。
「事務局長はお強いのですか? 先程、そちらの方が言っていたことが気になって」
そちらの方というのはティミのことだ。
ティミが弱そうだが大丈夫かと心配していたのが気になったのだろう。
「ご心配には及びませんよ。事務局長は有能な魔導士です」
「ですが、一線を退いたのでしょう?」
「確かに三年前に、公爵家の筆頭魔導士から退き、魔導士ギルドの事務局長になったのは確かです」
「魔導士として引退済みということですよね?」
「いえいえ。魔導士としての能力は未だに衰えてはおりませぬ」
「それでは、なぜ筆頭魔導士をやめられたのですか?」
「公爵家は北の方にあって寒いのですよ。魔力は衰えていなくとも肉体は衰えますから」
「なるほど、老体には冬の寒さは厳しいやもしれませぬな」
「そのとおりです。事務局長は魔導士ギルドの中でも、特に優秀な魔導士の一人なのは間違いありません」
会長の言葉に、軍務卿は顔を曇らせる。
「それほど強力な魔導士ならば、獣人の魔導士が敗れても、それすなわち不適格とは言わないのでは?」
「伯爵閣下が、それでよいとおっしゃったので」
そういって、会長はにやりと笑った。
穏やかな口調と表情で隠してはいるが、会長は獣人を馬鹿にしているのだろう。
愚かなことを言っている生意気なクルスを懲らしめてやりたいと思っていそうだ。
そうこうしているうちに、試合の時間になった。
試合開始の合図を出すのは会長だ。
「それでは、はじめなさい」
会長が合図を出すと、事務局長は大仰に杖を構える。
そして、詠唱を開始した。
「精霊よ。炎の精霊よ。偉大なりし炎の精——」
——ドガドドドッ
「ぐえぁああ」
詠唱の途中で、ステフの無詠唱の魔力弾が降り注ぐ。
事務局長の服がボロボロに破れる。半裸になって吹きとんだ。
野次を飛ばしていた観客たちの間で、どよめきが広がる。
「無詠唱で、これほどの威力だと……」
「そんな馬鹿な……」
ステフ自身は別の意味で驚いていた。
牽制のつもりで軽く撃ったら、致命傷になったのだから。
「うぬうううう、痛い、しぬぅ。いだい……」
事務局長が苦しんでいる。
クルスが驚いて、会長に尋ねた。
「あれ? 会場が魔法ダメージを肩代わりしてくれるんじゃないんですか?」
「ダメージは肩代わりしてくれますが、痛みは感じます」
「あ、そうなんですねー。これってステフちゃんの勝ちでいいですか?」
「…………」
会長は悔しそうに唇をかみしめた。
試合を見ていた軍務卿が言う。
「あっさりと勝負がついてしまいましたな。これを見る限り獣人が魔導士として不適格とはとても思えませぬが……」
「ですよねー。ぼくも、そう思うんですよー」
クルスが上機嫌で軍務卿に言う。
それを聞いていた、事務局長が這って、そして何とか立ち上がる。
「まだ、私は負けて……」
うめくように事務局長が言った。
「ステフちゃん、まだ試合は終わってないって」
「了解なのです!」
ステフは真面目だ。
クルスの言葉をうけて、事務局長に容赦なく火炎弾をぶち込んだ。
「ぎやああああああ」
事務局長は泡を吹いて、気絶した。