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275 獣人魔導士と魔導士ギルド

 会場が静かになると、軍務卿は深くうなずいた。


「二戦続けてとなると、まぐれとは言えませんね」

「ですよね! ぼくもそう思うんですよー」


 クルスは嬉しそうだ。ドヤ顔をしている。

 ミレットとコレットは試合させなくていいだろう。あまりにも弱い。訓練にもなるまい。


「ステフねーちゃん、強いんだねー」

 コレットはそう言いつつ、少しがっかりしているようだった。


「というより……」


 ミレットは言いよどむ。

 ステフが強いというより、魔導士ギルドの魔導士が弱い。

 そう言いたいのだろう。


 これはまずいかもしれない。弟子たちが魔導の道に幻滅してしまわないだろうか。

 あとで、魔法の凄さを、改めて伝えるべきかもしれない。


 クルスが笑顔で会長に言う。


「うちの魔導士の方が強いみたいですね」

「……」

 会長は無言だ。悔しいのだろう。


 会長とは対照的にクルスは嬉しそうだ。

 それから会長に向けて真面目な顔で言う。


「これからは獣人魔導士を馬鹿にするのやめてくれませんか?」

「……善処しましょう」


 会長は苦虫をかみつぶしたような顔だ。


「善処するってことは、制度的に獣人をいじめるのをやめるってことですよね?」

「いじめているわけではありませんぞ」

「魔法学院への推薦や、仕事のあっせんなどで、冷遇しているじゃないですか」

「それは……たまたまそうなっただけで……」

「たまたまでも、そうならないようにしてくださいね」

「……はい」


 会長はしぶしぶといった感じで言う。

 会長がそう言ったからとしても、すぐに変わるわけがない。

 だが、最初の一歩である。

 根強い偏見を改めさせるのは難しい。まずは、この程度から始めるのがいいだろう。


 そしてクルスは軍務卿に言う。


「見てのとおりですよ。獣人魔導士の中にも魔導士ギルドのエリート魔導士より強い人はいるんですよー」

「たしかに。勇者伯閣下の言うとおりのようですね」

「これからは、獣人魔導士へのいじめをなくすことに、協力してくださいね」

「お約束いたします。それは国のためにもなるでしょうからな」

「軍務卿、ありがとうございます!」


 軍務卿がそう言ってくれたことはとても大きい。

 今回の試合はとても意義深いものになったと思う。


 軍務卿が会長に向かって真面目な顔で言った。


「彼を宮廷魔導士として推薦されるという話でしたが……」

 軍務卿は倒れている魔導士を指さす。


「これは、その……。調子がわるかったのでしょう。本来の彼は本当に優秀でして……」

「そうでしたか」


 軍務卿はあくまで笑顔だ。だが目が笑っていない。


「魔導士ギルドは、ステフさんを宮廷魔導士に推薦なされないんですか?」

「それは……」

「能力は申し分ないでしょう? 国家としても、ステフさんのような優秀な魔導士は喉から手が出るほど、欲しいですからね」

「ですが……」


 会長は汗をだらだら流して、言いよどんだ。

 軍務卿は冷たい目で問い詰める。


「なにか問題が? 彼女が獣人だということは推薦しない理由にはならないはずでは?」

「も、もちろんそうです。ですが……。彼女は魔法学院を出ていないので……」


 それをうけてクルスが言う。


「ステフちゃんは魔法学院受験して、試験は通ったけど獣人だから入学許可下りなかったんですよー」

「なんと……。魔導士の世界は、そのようなことになっていたのですね……」

「酷いですよね」

「はい。国家の損失と言わざるを得ないでしょう」


 軍務卿は愛国心にあふれた政治家の様である。

 判断基準は、国家のためになるか、ならないからしい。


「魔導士ギルドとの関係も、今後は考え直さねばならないかもしれませんな」


 軍務卿の声色は冷たかった。

 そして、立ち去ろうとする。


「お、お待ちください」

「まだ何か?」


 会長はすがるようにして軍務卿を止めた。そして、色々と弁解を始めた。

 軍務卿はうんざりした表情でそれを聞いている。


 その時、大きな声が、試合会場全体に響く。


「軍務卿閣下! これは、これはお久しぶりです」

「……ああ、久しぶりだな」


 それは魔導士のローブを着た若い魔導士の男だった。二十代半ばぐらいに見える。

 事務局長の着用していたローブより、かけられている魔法が高級だ。

 相当な魔法防御力がありそうだ。


 軍務卿が男に不機嫌そうに言う。


「こんなところに、なぜいる?」

「俺も魔導士ギルドの一員ですからね。所用ぐらいあるんですよ」

「で?」

「なにか面白いことをしていると聞いて飛んできました」

「もう終わった。帰るがよい」

「相変わらず、閣下は冷たいなぁ」


 そう言って男は笑う。

 そしてクルスに気が付いた。


「これは! 勇者伯閣下! お久しぶりでございます」

 そして、ひざまずく。流れるような仕草でクルスの手を取って口づけしようとした。

 クルスは、パシっと男の手を払うと、冷たい目で見据えた。


「だれ?」

「冷たいですな! 陛下主催のパーティーでお会いしたではございませんか」

「まったく記憶にないよ」

「それは残念」


 あまり残念でもなさそうに、男は言った。

 軍務卿は眉をひそめた。


「勇者伯閣下に対して、無礼が過ぎるぞ」

「これは申し訳ございません」

「用が済んだのなら、さっさと、帰るがよろしかろう」

「そうは参りません。このままでは、軍務卿閣下は魔導士ギルドに対し悪いイメージを持ったままお帰りになってしまうでしょう」

「今まさに、貴公の態度がそれに拍車をかけているようだが?」

「これは手厳しい!」


 そう言って笑う。

 その後、男の眼光が急に鋭くなった。


「魔導士ギルドの魔導士は全員が弱いわけではない。それを証明させていただきたく」

「おお、それはよい!」


 会長が笑顔になった。

 会長は、クルスに向けて言う。


「最後に、もうひと試合。お願いできませんか?」


 会長は余程男の力量に、自信を持っているように見えた。

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