会場が静かになると、軍務卿は深くうなずいた。
「二戦続けてとなると、まぐれとは言えませんね」
「ですよね! ぼくもそう思うんですよー」
クルスは嬉しそうだ。ドヤ顔をしている。
ミレットとコレットは試合させなくていいだろう。あまりにも弱い。訓練にもなるまい。
「ステフねーちゃん、強いんだねー」
コレットはそう言いつつ、少しがっかりしているようだった。
「というより……」
ミレットは言いよどむ。
ステフが強いというより、魔導士ギルドの魔導士が弱い。
そう言いたいのだろう。
これはまずいかもしれない。弟子たちが魔導の道に幻滅してしまわないだろうか。
あとで、魔法の凄さを、改めて伝えるべきかもしれない。
クルスが笑顔で会長に言う。
「うちの魔導士の方が強いみたいですね」
「……」
会長は無言だ。悔しいのだろう。
会長とは対照的にクルスは嬉しそうだ。
それから会長に向けて真面目な顔で言う。
「これからは獣人魔導士を馬鹿にするのやめてくれませんか?」
「……善処しましょう」
会長は苦虫をかみつぶしたような顔だ。
「善処するってことは、制度的に獣人をいじめるのをやめるってことですよね?」
「いじめているわけではありませんぞ」
「魔法学院への推薦や、仕事のあっせんなどで、冷遇しているじゃないですか」
「それは……たまたまそうなっただけで……」
「たまたまでも、そうならないようにしてくださいね」
「……はい」
会長はしぶしぶといった感じで言う。
会長がそう言ったからとしても、すぐに変わるわけがない。
だが、最初の一歩である。
根強い偏見を改めさせるのは難しい。まずは、この程度から始めるのがいいだろう。
そしてクルスは軍務卿に言う。
「見てのとおりですよ。獣人魔導士の中にも魔導士ギルドのエリート魔導士より強い人はいるんですよー」
「たしかに。勇者伯閣下の言うとおりのようですね」
「これからは、獣人魔導士へのいじめをなくすことに、協力してくださいね」
「お約束いたします。それは国のためにもなるでしょうからな」
「軍務卿、ありがとうございます!」
軍務卿がそう言ってくれたことはとても大きい。
今回の試合はとても意義深いものになったと思う。
軍務卿が会長に向かって真面目な顔で言った。
「彼を宮廷魔導士として推薦されるという話でしたが……」
軍務卿は倒れている魔導士を指さす。
「これは、その……。調子がわるかったのでしょう。本来の彼は本当に優秀でして……」
「そうでしたか」
軍務卿はあくまで笑顔だ。だが目が笑っていない。
「魔導士ギルドは、ステフさんを宮廷魔導士に推薦なされないんですか?」
「それは……」
「能力は申し分ないでしょう? 国家としても、ステフさんのような優秀な魔導士は喉から手が出るほど、欲しいですからね」
「ですが……」
会長は汗をだらだら流して、言いよどんだ。
軍務卿は冷たい目で問い詰める。
「なにか問題が? 彼女が獣人だということは推薦しない理由にはならないはずでは?」
「も、もちろんそうです。ですが……。彼女は魔法学院を出ていないので……」
それをうけてクルスが言う。
「ステフちゃんは魔法学院受験して、試験は通ったけど獣人だから入学許可下りなかったんですよー」
「なんと……。魔導士の世界は、そのようなことになっていたのですね……」
「酷いですよね」
「はい。国家の損失と言わざるを得ないでしょう」
軍務卿は愛国心にあふれた政治家の様である。
判断基準は、国家のためになるか、ならないからしい。
「魔導士ギルドとの関係も、今後は考え直さねばならないかもしれませんな」
軍務卿の声色は冷たかった。
そして、立ち去ろうとする。
「お、お待ちください」
「まだ何か?」
会長はすがるようにして軍務卿を止めた。そして、色々と弁解を始めた。
軍務卿はうんざりした表情でそれを聞いている。
その時、大きな声が、試合会場全体に響く。
「軍務卿閣下! これは、これはお久しぶりです」
「……ああ、久しぶりだな」
それは魔導士のローブを着た若い魔導士の男だった。二十代半ばぐらいに見える。
事務局長の着用していたローブより、かけられている魔法が高級だ。
相当な魔法防御力がありそうだ。
軍務卿が男に不機嫌そうに言う。
「こんなところに、なぜいる?」
「俺も魔導士ギルドの一員ですからね。所用ぐらいあるんですよ」
「で?」
「なにか面白いことをしていると聞いて飛んできました」
「もう終わった。帰るがよい」
「相変わらず、閣下は冷たいなぁ」
そう言って男は笑う。
そしてクルスに気が付いた。
「これは! 勇者伯閣下! お久しぶりでございます」
そして、ひざまずく。流れるような仕草でクルスの手を取って口づけしようとした。
クルスは、パシっと男の手を払うと、冷たい目で見据えた。
「だれ?」
「冷たいですな! 陛下主催のパーティーでお会いしたではございませんか」
「まったく記憶にないよ」
「それは残念」
あまり残念でもなさそうに、男は言った。
軍務卿は眉をひそめた。
「勇者伯閣下に対して、無礼が過ぎるぞ」
「これは申し訳ございません」
「用が済んだのなら、さっさと、帰るがよろしかろう」
「そうは参りません。このままでは、軍務卿閣下は魔導士ギルドに対し悪いイメージを持ったままお帰りになってしまうでしょう」
「今まさに、貴公の態度がそれに拍車をかけているようだが?」
「これは手厳しい!」
そう言って笑う。
その後、男の眼光が急に鋭くなった。
「魔導士ギルドの魔導士は全員が弱いわけではない。それを証明させていただきたく」
「おお、それはよい!」
会長が笑顔になった。
会長は、クルスに向けて言う。
「最後に、もうひと試合。お願いできませんか?」
会長は余程男の力量に、自信を持っているように見えた。