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280 魔導士ギルドからの使者

 魔導士ギルドからの使者はメイドさんによって応接室へと通されている。

 俺たちは再び、応接室へと戻った。


「コンラディン伯爵閣下。お目通りをお許しくださりありがとうございます」


 魔導士ギルドの使者は深々と頭を下げた。

 使者は身なりのよい中年の男だった。

 使者は礼儀正しく自己紹介する。魔導士ギルド会長付きの秘書とのことだ。


「魔導士ギルドが、何か用なの?」

「はい。先程のご依頼の件ですが……」

「ご依頼?」


 クルスは首を傾げた。


「獣人の精霊魔法の使い手についての調査です」


 俺が帰り際に依頼した奴だ。俺はクルスの耳元でささやく。


「帰り際に俺がお願いしておいた」

「ふわっ」


 変な声を出した後、クルスは耳を抑えた。少し頬が赤い。


「……くすぐったいです」

「申し訳ありません」


 俺が謝ると、クルスは照れたように笑うと、会長秘書を見る。


「ああ、調査ですね。難しいですか?」

「いえ、そうではありません」

「では、経費が掛かりそうですか?」


 即座に来たということは、何か調査を進められない事情が発生したのだろう。

 そうクルスは判断したようだ。


「いえ、それも違います」

 そういうと、秘書は鞄から数枚の紙を取り出した。


「これは?」

「魔導士ギルドに所属する全獣人のリストです」

「全って、全員ということですか?」

「はい」


 その紙をめくりながら、クルスは言う。


「随分と、仕事が早いですね」

「会長の特命でございますから」


 会長も反省したのかもしれない。お詫びの気持ちの表明だろう。


「そうなんだー、ありがとう」

「いえ、お礼には及びません」

「助かるよー」


 秘書は頭を下げた。


「そういって頂けるとありがたいです。今後とも、魔導士ギルドの全力をもって調査を進める所存でございます」

「あ、ありがとう?」


 ものすごいやる気だ。クルスも少し戸惑っている。


「ですが、多少お時間をいただくことになるやもしれません」

「お時間ですか」

「けして! けっして、手を抜くなどということはございません。各地のギルド支部との距離の問題などもあり、どうしてもこれ以上の情報となると、お時間が……」

「ああ、それは理解しています」

「ご理解感謝いたします」

「こちらこそ、ありがとうございます。ここまで一生懸命調査してくれるとは思っていなかったので嬉しいです」

「伯爵閣下の喜びは、我がギルドの喜びでございますれば……」


 ものすごくクルスに媚びている。裏がありそうで怖い。


「これからは毎日報告にお伺いさせていただきますゆえ……」

「そんな、悪いよ! こっちから魔導士ギルドに出向きますよー」


 クルスがそういうと、秘書は大げさにぶんぶんと首を振る。


「いえ! それには及びません! ぜひ、ぜひこちらからお伺いさせていただくという形をとらせていただきたく」

「でもー悪いし」

「お願いいたします! どうか、どうか!」


 土下座しそうなほど、秘書は頭を下げる。


「本来であれば会長自ら出向いてご報告に上がるべきだというのは重々承知しております」

「いや、そんなことはないと思うけど……」

「ですが、会長は体調が、あまりよくなく……」

「そうなんだ。お見舞いに……」

「いえ! それには及びません!」


 そして秘書は繰り返す。


「毎日ご報告に上がらせて、いただきますゆえ、どうか、どうかご容赦くださいませ」

「そこまで言うのなら……」

「ありがとうございます!」

「あ、でもこの屋敷に、ぼくがいない時もあるから……」

「それでは報告書の形にして、毎日提出させていただきます」

「それは助かるけど」

「ありがとうございます!」


 何度も何度も頭を下げて、秘書は帰っていった。

 秘書が去った後クルスが言う。


「魔導士ギルドは随分と仕事が早いんだねー」

「それにものすごいやる気だったな」

「りゃっりゃ!」


 獣人魔導士の名簿の上にのって、シギショアラが真面目な顔で眺めている。


「会長は、よほどアルが怖かったのじゃな」

「え? どうしてそう思うんだ?」

「口調は丁寧だが、言ってることは魔導士ギルドに絶対来るなって内容だったのじゃ」

「そういえば、そうだな」

「アル。なんて言って依頼したのじゃ?」


 依頼した際のことを、思い返してみる。特に変なことは言っていないはずだ。


「普通にお願いしますと言って、会費を払ったぐらいだけどな」

「毎日行くとか言わなかったのかや?」

「毎日とは言ってないが、定期的に顔を出させてもらうとは言ったな」

「会長に関しては?」

「よろしく言っておいたぞ」

「やはりなのじゃ」


 ヴィヴィはうんうんと頷く。

 クルスが首を傾げた。


「ヴィヴィちゃん、どういうこと?」

「会長は、情報を出すまで毎日魔導士ギルドに行ってやるからなって、アルに宣告されたと思ったのじゃろ」

「なるほどー。それは怖いかもねー。会長さん恐怖で気絶してたもんね」

 クルスもうんうんうなずいている。


 ヴィヴィがドヤ顔で解説を始めた。

 さんざん脅されて会長は恐怖で気絶した。

 そんな会長が目を覚ますと、受付から恐怖のアルラからの伝言を言い渡される。


 情報を出すまで、毎日、お前に会いに来るからな。


 恐怖のあまり、会長は再度気絶したかもしれない。

 会長は、絶対にアルラに会いたくなかった。

 だから、特命を出しギルドの総力を挙げて調査することにしたのだ。


「そんなところだと、わらわは思うのじゃ!」

「報告しに来てくれるなら、楽でいいが……」


 俺は優しい魔導士なのに、完全に誤解されている。

 便利ではあるが、少し複雑な気がするのだった。

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