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288 面倒な手続き

 クルスは早速外出の準備を開始する。

 ミレットはそれを見て驚いた。


「クルスちゃん、今から行くつもりなの?」

「そうだよ?」

「もう夜だから、明日にした方がいいと思うの」

「善は急げって言うし」


 クルスは着々と防寒具を身につけていく。

 それを見て、モーフィもうずうずし始めた。俺の周りをぐるぐる回る。

 一方、フェムは俺の横にすまして立っていた。

 だが、ちらちらとこちらを見ている。フェムも出かけるつもりなのだろう。

 準備万端をアピールしているのだ。


 ルカが呆れたように言う。


「また、クルスはすぐ動こうとするんだから」

「でも、早い方がいいとおもうんだよー」

「それはそうだけど、クルス場所わかってる?」

「わからないけど……。ルカ教えて」

「だめよ。教えたら走ってでも行くでしょう?」

「そりゃそうだよ!」


 ルカとユリーナが互いに見つめあう。

 ルカはため息をついた。

 ユリーナはクルスを抱き寄せて頭を撫でる。


「やっぱり、場所は言わなくてよかったのだわ」


 ルカたちは「吹雪いている」とは言ったが、その場所は言っていなかった。

 クルスがこうするとわかっていたのだろう。


「えぇー、教えてよー」

「だーめ」


 ユリーナが優しくクルスを窘める。


「もっもー」

 モーフィもユリーナのそばに寄って、鼻でお腹を突っついていた。

 教えろと要求しているのだろう。


「モーフィも、ダメなのだわ」

「どうして教えてくれないの?」


 クルスが上目遣いでユリーナを見つめる。


「えっ、えっと……」


 ユリーナがどぎまぎし始めた。もう一押しで口を割りそうである。

 ルカが言い聞かせるように言う。


「クルス。よく考えなさい。今回はクルス領じゃないの」

「そうなんだ」

「ということは、わかるわよね?」

「許可がいるってこと?」

「そういうこと。いま冒険者ギルドが交渉しているから、少し待ちなさい」

「……わかった」


 ジャック・フロスト討伐の依頼を出してもらえればそれが一番だ。

 それを引き受ける形にすれば、丸く収まる。

 討伐依頼を引き出せなくても、討伐許可を出してもらえればそれでもいい。

 調査名目で冒険者ギルドが許可を得られれば、俺たちも乗り込める。


「ルカ。ちなみに、いつ頃までかかりそうなんだ?」

「早ければ明日だけど……」


 ルカにしては歯切れが悪い。それが気になった。


「なにか懸念材料があるのか?」

「その領主、冒険者が嫌いなのよ」

「珍しいな」

「そうね」


 領主にとって、冒険者は便利な存在だ。

 冒険者に頼れば、常に魔物に備える戦力を用意しなくてもよくなる。

 それに、討伐途中で冒険者が亡くなっても保証しなくていい。

 自前の騎士や兵士ではそうはいかない。

 結果的に、冒険者を頼ることで、財政負担がかなり減る。

 とても便利な存在だからこそ、どの領主も自領で冒険者が活動するのを許可するのだ。


「うーん。それなら、旅の途中でジャック・フロストに遭遇。撃破したっていう筋書きでいこうよ!」

「ただの冒険者なら、それもありでしょうけど」

「クルス。あなたは伯爵さまなのだわ。そういう筋書きは通用しないのだわ」


 伯爵にして、勇者。通りすがりを装うにしては、大物すぎで有名すぎる。


「ユリーナ。教会から討伐しますよって持ちかけてくれれば……」

「出来なくもないのだわ」


 信者の保護を名目にすれば、いけるかもしれない。

 もしくは近くの教会が困っているということにすればいい。


「じゃあ!」

「でも普段しないことだから、冒険者ギルドより時間がかかるのを覚悟しないとだわ」


 教会は冒険者ギルドよりも政治的な存在だ。

 領主にとって、教会は政治的なライバルでもある。

 教会が雪害を解決したら、領主の顔がつぶれてしまう。

 冒険者ギルドから、アプローチしたほうが確実に早いだろう。


「うーん。まどろっこしいなぁ」

「クルス。いざとなれば、我が上空からブレスで焼き払ってやるぞ」


 ティミショアラがそんなことを言う。


「ティミちゃんありがとう!」

「うむ。我には人間界の政治的なあれこれなど、何の関係もないからな!」

「りゃっりゃ!」


 シギショアラは机の上に仁王立ちし、力強く鳴いていた。

 心強い限りである。

 いざとなれば、ティミに乗って謎の狼仮面で突っ込めばいいだろう。

 古代竜の子爵に文句をつけられる人間はまずいない。

 たとえ、それが国王であってもだ。


「クルス。ルカやユリーナが尽力してくれているんだ。今は待とう」

「はい。アルさんがそういうなら」


 クルスは納得したようだった。

 一方、モーフィはユリーナに体を押し付け続けていた。


◇◇◇◇

 とりあえず、その日は待つということに決まった。

 だが、二日経っても、許可は下りなかった。


 夕食後、みんなが揃っているところでクルスが言う。


「ルカ。どうして許可がおりないの?」

「ジャック・フロストはすぐに消えるって思っているみたいなのよね」


 自然発生したジャック・フロストならば、それは正しい。

 吹雪は一週間も続かない。


 だが、今回は意図して召喚しているのだから、維持する方法も考えられている。

 それを素人である領主に説明して理解してもらうのは難しい。

 冒険者が嫌いなら尚更だろう。


「うーん。どうしようか……。やっぱりティミちゃんに」

「我ならいつでも構わぬぞ!」

「りゃっ!」


 ティミとシギは堂々と胸を張っていた。


「クルス、まあ待て」

「はい」

「そういうことならば、俺に考えがある」

「はい! アルさんにお任せします!」


 クルスは目を輝かせてそう言った。

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