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306 リンミア商会

 ユリーナはリンミア商会の者たちに優しく声をかけている。

 声をかけられた者は感動していた。


「たいした人心掌握術だな……」


 さすがは聖女さまである。

 ユリーナが声かけをしている間、俺は商会の商品を眺めた。

 珍しいものが沢山あって、見ているだけで楽しくなる。


「あれ?」


 俺と同じように商品を眺めている獅子の被り物をかぶっているやつがいた。

 たてがみがものすごく立派で、もさもさしている。


「もっも」

 モーフィは嬉しそうに獅子仮面に鼻を押し付けにいった。


「だ、だめだって、ばれちゃうから」


 獅子仮面が小声でモーフィをたしなめている。

 フェムが呆れたように言う。


『クルス、こんなところで、なにやってるのだ?』

「ち、ちがうよ?」


 クルスはぶんぶんと手を振った。


「ぼくは正義の獅子仮面だよ」

「そうか、獅子仮面か」

「はい」


 クルスは、ごまかせたと思ったのか、ほっとしたようだ。


「あれ? クルス? どうしたのだわ?」


 従業員への声かけを終えてやってきたユリーナが首をかしげた。


「彼女は獅子仮面であって、クルスではないらしい」

「へー。それは知らなかったのだわ。ごゆっくり」


 そういって、ユリーナは俺の腕をとる。


「アル。じゃあ、父が待っているから行くのだわ」

「わかった」


 ユリーナと一緒に奥へと進むと、獅子仮面が付いてきた。


「えっと、獅子仮面さん?」

「な、なんですか?」

「そこからは、関係者しか入れない場所だぞ。獅子仮面さんは遠慮すべきだと思うぞ」

「え? えっと……」

「もう。クルスったら。意地を張らなくていいのだわ」


 しばらく考えた後、獅子仮面は言う。


「わかったよ。実は獅子仮面の正体は、ぼくでした」


 そう言いながらも被り物は取らない。


「うん。そうだね。知ってたよ」

「アルさん、どうして気付いたんですか?」


 俺が答える前に、フェムとモーフィが返事をする。


『匂いなのだ』

『におい』


 モーフィは、改めて鼻をクルスのお腹に押し付けている。


「いやだって、そんなことしそうなのクルスぐらいだし」

「そうとは限らないと思いますけど……」

「だが、すぐに分かったぞ。気配とかそういうのがあるしな」

「そうでしたかー。アルさんには変装してもすぐばれちゃいますねー」


 なぜかクルスは少し嬉しそうだ。


「で、クルスはなぜ来たんだ?」

「だ、だって……」

「同行したいなら、言ってくれればよかったのに」

「そうなのだわ」


 クルスは被り物をかぶったままもじもじする。


「でも、ユリーナ駄目って言うかなって」

「そんなことないだろう」

「どさくさに紛れて、色々話を進めるつもりに違いないから!」

「ふむ?」

 クルスが何を警戒しているのかよくわからない。


「そそそそそんなことないのだわ」

 だがユリーナは思いのほか、動転していた。


「ユリーナ?」

「な、なんでもないのだわ。早く行くのだわ」

「お、おう」


 俺たちはそのまま、ユリーナ父の部屋へと向かう。


「おお、よくおいでくださいました! 婿どの」

「よく来てくれましたね、嬉しいわ」


 ユリーナの父母がそろっていた。

 ユリーナと俺は婚約者という設定である。だから婿と呼ばれても仕方がない。


 俺は狼の被り物を脱いで、ユリーナの父母に挨拶した。


「もーちゃん、相変わらず可愛いわね」

「もっも!」


 モーフィはユリーナ母に抱きつかれていた。


「まあまあ、とりあえず婿どの、お座りください」

「ありがとうございます」


 俺とユリーナは、ユリーナ父の正面に座る。

 クルスが、俺とユリーナの間に素早く座った。


「えっと、この獅子の方は?」

「クルスです」

「あ、コンラディン伯でしたか。どうしてそのような格好を?」

「えっと……」


 今となっては、獅子の被り物をかぶっている意味はない。

 クルスもそれに気づいたのだろう。大人しく脱いだ。


「寒かったので」

「なるほど?」


 ユリーナ父は首をかしげたが、深く追求するのはやめたようだ。

 ユリーナ母がモーフィを撫でながら言う。


「お菓子とお茶を持ってこさせましょうね」

「お気遣いなく」


 俺はそういったが、すぐにお菓子とお茶が運ばれてきた。

 お茶の香りが素晴らしい。お菓子の味もとてもうまい。


「りゃ」


 シギが俺の懐から顔を出す。

 そのシギに、ユリーナがさりげなくお菓子をあげた。

 間に挟まれているクルスもシギにお菓子をあげようとする。


「シギちゃん、あーん」

「りゃっりゃ!」


 シギは両手にお菓子を掴んでご機嫌だ。


「ところで、婿どのは精霊石を販売したいとか?」

「厳密に言えば違います」

「といいますと?」


 売りたいわけではない。売りに出して、誰かが引っ掛かるのを待ちたい。

 そのようなことを説明した。


「なるほど。それは可能ですが……。精霊石の現物はございますか?」

「はい。ありますよ」

「それはよかった。現物がなければさすがに、信用問題になりますからな」


 値段が折り合わなくて、売れないということは、ままあることだ。

 だが、持ってもいない現物を、持っているふりをして売りに出せば信用を失う。


 俺は魔法の鞄から精霊石をとりだした。


「これが精霊石ですか。私も初めて始めてみます」

「まあ、綺麗な石ね。宝石みたい」

「宝石として加工するには、不向きですが、確かに綺麗ですね」

「そうなの? 残念だわ」

 ユリーナ母は本当に残念そうに言う。


「さて、どうやって、精霊石を売りに出すかですね」

 そう言ったユリーナ父は商人の目をしていた。

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