商人の目で精霊石を眺めた後、ユリーナ父は言う。
「っと、その前に適正な価格を把握しなければなりません」
「そうですね」
「婿どの、失礼します」
ユリーナ父は精霊石を手に取ると、真剣な表情で眺める。
一通り眺めた後、ルーペ等の道具を取り出して観察し始めた。
もはや観察より、鑑定といった方がいいだろう。
「……お父さまは宝石の鑑定もできるのだわ」
「そうなのか」
ユリーナはささやくようにつぶやいた。
ユリーナ父は、鑑定に集中しているように見える。
集中の妨げにならないよう、俺たちはじっと静かに待った。
「り……」
シギショアラが羽をバタバタしながら鳴こうとしたので、そっと手で抑える。
「しー」
「……」
シギは自分の両手で口を押える。
フェムは大人しくお座りしていた。
フェムはこういう時、とても賢いふるまいをする。空気を読むのが得意なのだ。
その一方でモーフィはユリーナ母にお菓子を食べさせてもらっていた。
「もっ」
「ほんと、もーちゃんは可愛いわねー。うちの子になってほしいわ」
「もっにゅもっにゅ」
モーフィだけなら静かにと注意しやすいが、ユリーナ母も同じくらいうるさい。
モーフィを注意するということは、ユリーナ母を注意するのと同義だ。
俺には注意するのが難しい。俺はちらりとユリーナを見る。
ユリーナは頷いた。
「お母さま」
「どうしたの? ユリーナちゃん」
「お父さまが、鑑定されているのだわ」
「そうねー。精霊石を鑑定してもしかたないのに、よくやるわね」
「そうなんですか?」
俺が尋ねると、ユリーナ母が言う。
「だって、宝石として加工するには不適なのでしょう?」
「そうですね」
「なら、傷が入っていようが、色がどうだろうが、透明度が低かろうが関係ないじゃない」
「そう言われたら、そうかもですが」
ユリーナ母は優しく微笑んだ。
その手はモーフィを撫でまくっている。
「精霊石の価値は見た目とは別のところにあるのでしょう?」
「はい。そのとおりです」
「なら、魔法にも精霊にも、ど素人のうちの人が調べたところで、なにがわかるってものでもないでしょう?」
「それは、そうかもしれないのだわ」
ユリーナも納得したようだった。
では、なぜユリーナ父は鑑定しているのだろうか。
「ふむ」
数分後、ユリーナ父は真面目な顔で精霊石を机の上に置いた。
「なにかおわかりになりましたか?」
「婿どの。この精霊石というのは、とても不思議なものですね」
「我ら魔導士の目から見たら、確かに不思議な石です。ですが、宝石鑑定士の目から見ても不思議なのですか?」
「そうですね。光の屈折率も分散率もとても高いようです」
「つまりどういうことでしょう?」
「宝石としてみれば、とても美しいということです。ですが硬度が高くありません。そして脆いようです」
ユリーナ父によれば、精霊石の外見は宝石として非常に適しているらしい。
だが柔らかく、その上脆いのだという。
つまり、加工が難しく、指輪などにしても壊れやすいのだ。
「宝石としてはあまり高い値段はつけにくいですね」
「なるほど」
「婿どの。それを踏まえて、この精霊石にはどのような用途があるのでしょうか?」
「……そうですね。精霊の召喚や、精霊魔法の触媒として使えるぐらいでしょうか」
「あとは錬金術の素材にもなるのだわ」
ユリーナが横から補足してくれた。
ユリーナはシギをひざの上に載せて、撫でながらお菓子をあげている。
ちなみにフェムはユリーナ母につかまっていた。
モーフィと一緒に撫でまわされ、餌付けされている。
ユリーナ父は、妻の様子を見ながら言う。
「錬金術の素材というと?」
「さあ、あまり詳しいことはわからないのだわ。錬金術士たちは秘密主義だから」
「それもそうだな」
錬金術士が秘密主義というのは、ユリーナ父も知っているのだろう。
「どう使うかはわからないけど、錬金術士たちなら、結構高値でも欲しがると思うのだわ」
「ということは、かなり高値を付けないと買われてしまうということだな」
「そうそう。その通りなのだわ。それにお父さま。精霊召喚の方も価格決定には重要だと思うのだわ」
「ふむ?」
ユリーナは説明する。
ジャック・フロストを敵軍の中に召喚すれば、猛吹雪で軍の足が止まる。
「それは夏でも可能なのか?」
その問いには、俺が答える。
「夏だとさすがに威力は弱くなります。ジャック・フロストを有効に働かせることは難しいと思われます」
「冬限定ですか? 冬に進軍する軍隊が多いとも思えませんが……」
「春先や、秋ごろならば、充分に効果的かと」
「なるほど」
「それに、精霊は氷の精霊だけではありません。風の精霊シルフを呼び出せば、尋常ではない暴風に襲われます」
「暴風ですか?」
「軍隊も進軍不可能になるでしょうし、町に放てば、大きな被害をもたらすのは確実でしょうね」
ユリーナ父は、「うーん」とうなった。
「それでは、うかつな値段はつけられませんね」
「もっとも、精霊石を媒介に使ったとしても、精霊を呼び出せる力量のあるものは、そういないとは思いますが」
普通の精霊魔法使いならば、威力を上げるのに使うぐらいだろう。
ユリーナ父は、精霊石の恐ろしさを踏まえたうえで、値段を考えてくれるようだ。