それでも商人らしくない男は言う。
「ふん。俺たちを脅しても無駄だ……」
「そうか。無駄なのか」
そうは言うが、顔が青ざめているので脅しは効いているはずだ。
もう一押しといったところだろう。
「フェム」
「GAU!」
フェムが控えめに一声だけ吠えた。
ほんの少しだけ魔力が混じっている。
「…………」
「ひっ」
狡そうな商人風の男は気絶した。床に黄色い液体が広がっていく。
商人らしくない方は息を飲む。気絶はしなかったようだ。
ちらりと横にいるトクルを見ると、やはり気絶していた。
「しっかりしろ」
俺は軽くトクルの頬を叩いた。トクルはすぐに意識を取り戻す。
フェムの咆哮が直撃していなかったので、まだましだったのだろう。
「す、すみません」
「気にするな」
俺はフェムが咥えてきた気絶している二人に
そしてネグリ一家の者たち全員に目隠しした。
『クルス。音をたてないようにして、二人を隣の部屋に運んでくれ』
『二人って言うと、フェムが捕まえた奴でいいですね?』
『そうそう』
クルスが静かに、隣の部屋へと二人を運んでくれた。
「な、なにをする気だ」
目隠しされた商人らしくない男が少し焦ったような声を出す。
俺はその問いには答えない。
代わりにクルスやフェム、モーフィ、シギショアラに念話を飛ばす。
『ちょっと、脅すぞ』
『わかりました』
『どうするのだ?』
『もっ?』
無言で、魔法の鞄から骨付き肉を取り出した。それをフェムの前に置く。
『これを派手に音を立てて食べてくれ』
『いいのか? 小腹がすいていたところなのだ!』
『頼む』
それから、男に聞こえるように声に出して言う。
「フェム、食べていいぞ」
「GA!」
一声鳴いて、フェムはバリバリと食べはじめた。
脅すと伝えているため、フェムはいつもより獰猛そうな声を出してくれる。
犬に骨を与えるのはよくないとも言われている。
だが、フェムは犬ではない。魔狼王にして魔天狼だ。太い骨も余裕なのだ。
——ガリ、バリグチャチャ、メリッ
フェムが骨を砕き肉を食べる音が部屋中に響く。
「まっ、まさか、貴様ら……」
「食べさせる方が、処理が簡単だからな。いっぱい食べていいぞ」
「ガウ」
フェムがネグリ一家の者たちを食べている。そう男が誤解するように言葉を選ぶ。
商人らしくない男が、ブルブルと震えはじめた。
「ガウガウ!」
「そうか。うまいか。活きがいいからな」
「がう」
「なんだ、まだ足りないのか?」
「ガウ!」
「フェム、待てだぞ」
フェムは頭がいい。演技派だ。もっと食べたそうな声を出す。
「もう少し食べさせて、あげたらどうですか?」
「そうはいってもな。話を聞いてからにしたいところなんだが」
「どうせ話さないでしょうし、あとで調べればいいだけですから」
「それもそうかもしれないが……」
クルスが商人らしくない男の太もも辺りを軽く蹴る。
「この人は脅しても口を割らないそうですし、おやつにしちゃいましょうよ」
「確かにな」
「こいつを食べさせても、まだ二人いますし」
俺とクルスが会話をしている間、モーフィが商人らしくない男の臭いを嗅いでいた。
「ふんふんふんふん」
男には臭いを嗅いでいるのが、フェムかモーフィか、わかるまい。
「まだ駄目だぞ」
「くぅん」
フェムが男の耳元で甘えたような声を出す。
「もう、食べさせちゃいましょうよ。お腹が空いているみたいですし。我慢させたら可哀そうですよー」
クルスが優しそうな声音で、恐ろしいことを言う。
「あ、そうだ! とりあえず片足だけ食べさせたりしたら、痛くて白状するんじゃないですか?」
クルスの発想が怖い。演技だとわかっていても怖い。
トクルもドン引きしていた。
「まあ、待て。あとで調べるのも手間だしな。誰を食べさせてもフェムは喜ぶ」
そう言ってから俺は、男の耳元で言う。
「俺たちが興味を引くような内容、話せるか?」
「あ、ああ。何でも聞いてくれ。代わりに……」
「わかってるって、フェムのご飯は誰でもいいんだ。お前でも、お前じゃなくてもな。俺たちの役に立つなら、ご飯にするのはやめてやろう」
「あ、ありがてえ」
それから商人らしくない男は素直にきいたことに答えはじめた。
男はネグリ一家の幹部の一人ということだ。
商人らしくないチンピラはビル、狡そうな商人はダグというらしい。
精霊石の買い付けを頼んできたのは、他のネグリ一家の幹部だと男は言う。
「それはどんな奴なんだ?」
「旧魔王領の新しい街を縄張りにしている奴だ。そいつから依頼があった」
「なぜそいつは精霊石が欲しいんだ?」
「それは知らない。他の幹部のシノギについては、詮索しないものだからな」
「推測も出来ないのか?」
俺が尋ねると、ビルは少し考える。
「精霊石なんて、裏社会でも捌くのは難しい。だから買い付けを俺に依頼するってことは……」
「もう売り手が決まっているってことか?」
「それしか考えられねえ」
俺はそれから依頼してきた幹部の名前や年恰好、種族について尋ねた。
それにもビルは正直に話してくれた。
ネグリ一家は王都に本部がある組織とのことだ。
そして、旧魔王領を縄張りにしている幹部は急成長中らしい。
その幹部から直接依頼が来た。そしてネグリ一家の親分からビルが任されたのだという。
「どうしてお前が任されたんだ?」
「それは、トルフ商会の息子とコネがあったからだ」
「なるほどな」
もともと、ビルは今回の件とは関係なくトクルを食い物にするつもりだったのだろう。
俺は念話でみんなに尋ねる。
『ほかに聞きたいことはあるか?』
『とりあえずは大丈夫です。次はその魔王領の幹部ってのを締め上げないとですね』
『つぎは旧魔王領に行くのだな。楽しみなのである』
『アルさん。この人たちどうしますか?』
『それは俺に任せておけ』
『わかりました』
そして、俺はビルの目隠しをとる。
「よく正直に話してくれた。もう帰っていいぞ」
「い、いいのか?」
「ああ」
部下二人と狡そうな商人ダグも連れてきて、ビルの前に転がす。
そして、ビルの肩を笑顔で叩く。
「信じた? 狼に食べさせたりするわけないじゃないか」
「あ、ああ」
「そんな惨いことなんてしないよー」
クルスも笑う。
「ああ、あははは」
ビルの顔は引きつっていた。
「わかっていると思うが、トルフ商会にも俺たちにも手を出そうとするなよ?」
「わかっている」
「ほんとだろうな?」
「本当だ」
「ならいい」
俺はビルに向かってほほ笑むと、拘束を解いてやった。