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321 尾行

 拘束を解いてやったと言うのに、チンピラどもは警戒した目でこちらを見ている。

 だから、俺は優しく微笑む。

 もっとも、狼の被り物をかぶっているので見えてはいないだろう。


「もう帰っていいぞ」

「……」


 拘束が解かれたというのに、ビルたちチンピラは動かない。

 こちらをうかがっている。


「なんだ。帰りたくないのか? それなら……」

 そういって、俺がフェムの方を振り返ると、男たちは慌て始めた。


「か、帰りたい、無事に帰りたいんだ」

「じゃあ、帰ればいいだろう?」

「……油断させておいて、後ろから」

「そんな面倒なことをするか。油断させなくても、いつでも殺せるんだからな」


 チンピラたちは顔を引きつらせながら、あいまいに笑った。


「相手にするのも面倒だからさっさと帰れ」

「わか、わかった!」


 チンピラたちはすごすごと小屋を出て行った。

 チンピラがいなくなってから、クルスが言う。


「帰してよかったんですか?」

「まだ未遂だからな」

「ふむー」


 クルスは納得していなさそうだ。

 だが、俺にはやりたいことがあるのだ。


「クルス。トクルとモーフィと一緒に、この小屋で待っていてくれ」

「わかりました。アルさんはどうするんですか?」

「チンピラたちの後をつける」

「……そのネグリ一家とやらの本拠地に帰るだけじゃないですか?」


 クルスは首をかしげいている。


「どっちにしろ。向こうはトルフ商会の場所を知っているのにこっちは知らないのは問題だ」

「そんなもんですか?」

「うむ。釘を刺しておかないとな」

「わかりました」


 俺はフェムとモーフィを撫でる。そして、モーフィには特別におやつをあげる。

 さっきフェムがおやつを食べたのにモーフィは食べられなかったからだ。


「もにゅもにゅもにゅ」

「モーフィ、おやつを食べながら、ここで待っていてくれ」

「もっもにゅ」


 モーフィはご機嫌におやつを食べながら首を上下に動かす。

 待っていてくれるらしい。


「臭いを嗅いで小屋になにか怪しいものがないか探しておいてくれ」

「もうも!」


 そして、フェムにも言う。


「フェム。王都の入り口まで送ってくれ」

『わかったのだ。王都の外で待っていればいいのだな?』

「いや、王都の中までついて来てもらいたい。小さくなってもらうが」

『任せるのだ!』


 気配遮断の魔法をかけてから、俺とフェムは小屋を出る。


『フェム。後を追うぞ』

『フェムの得意分野なのだ。魔猪のあとをつけるのに比べれば余裕なのだぞ』


 俺はフェムの上に乗る。フェムは軽快に走りはじめた。

 臭いを嗅ぎながら、進んでいく。


『もう見えたのだ』

『あまり近づかなくていいぞ』

『わかっているのだ。狩りみたいなものである』


 チンピラたちは毒づきながら歩いていく。

 けして気づかれない程度に離れながら、魔法で聴覚を鋭くして会話も聞く。


「ネグリ一家を舐めやがって。ただじゃすまさねーぞ」

「でも、兄貴。奴らでかい狼がいましたよ」

「そうですよ……」

「なに、犬ごときにビビってんだよ!」

「いや、犬って大きさじゃなかったですって」


 兄貴と呼ばれているのは、例のチンピラ、ビルである。

 小屋に突入したときにクルスが抑えつけた男でもある。


 狡そうな商人ダグが言う。


「だが、奴らあの魔法防御を固めた小屋に入って来たぞ? 凄腕の魔導士なんじゃねーか?」

「トルフ商会が、金にものを言わせて雇ったんだろうさ」


 そしてビルは言う。


「奴らには金ではどうにもならないことがあるって教えてやる必要があるな」

「兄貴。教えるってどうやるんですか?」

「トルフ商会に嫌がらせをしてやるのさ」


 それからビルは嫌がらせの手段を舎弟たちに説明する。

 ありきたりなものだ。

 商会に集団で押し寄せて因縁をつけるとか、入り口の前に汚物をぶちまけるとかだ。


『フェムにあれほどビビっていたのに、学習能力はないのか……』

『だからチンピラなのだ』


 フェムの意見は的確だ。


「トルフにはバカ息子以外にも子供がいるんだろう?」

「まだ、小さい奴もいるな、攫ってやればいい脅しになる」


 ビルとダグがそんなことを話していた。


『とんでもないこと言っているのだ』

『やっぱりこんなことだろうと思ったぞ』

『襲って、脅すか?』

『いや、俺に考えがある』

『わかったのだ』


 俺とフェムが念話で相談している間もチンピラたちは好き勝手なことを言っている。


「小屋も取り返さねーとな」

「ああ、高い金をつぎ込んだネグリ一家のアジトだからな」

「若い衆に小屋を襲わせたらいいだろう」


 小屋にも価値があるらしい。


 王都の入り口につくと、正規の方法でビルやダグたちは入って行く。


『フェム。また姿隠しの魔法だ』

『わかっているのだ。激しく動いたらダメなのだな?』

『その通りだ。それと小さくなってくれ』

『了解なのだ』


 俺はフェムと自分に姿隠しの魔法をかける。

 チンピラたちが王都の中に入ってから、しばらくたって俺たちも入る。


「ガラの悪い奴らでしたね」

「人を見た目で判断するのはよくないぞ」

「すみません」


 そんなことを衛兵たちが会話していた。

 その横を俺たちはスッと通りぬける。


『フェム。臭いは追えるか?』

『任せるのだ』


 王都の中は人が多い。色々と臭いが混ざって追いにくいはずだ。

 それでもフェムは追っていく。


 しばらく王都の八番街を進んで、一つの家にたどり着く。

 ほぼスラム街の八番街において、珍しく大きな建物だ。


『これがネグリ一家のアジトか』

『攻め込むか?』

『まずは、警告だ』


 俺は建物の扉に、魔物の血で『狼はずっと見ているぞ』と書きつけた。

 わざわざ魔法で、文字の下を削って彫りこんでおく。


『これでよしと』


 そんなことをしていると、若いチンピラが十人ほど裏口から走っていった。

 小屋を取り戻しに行くのだろう。クルスとモーフィがいるので安心だ。


『さて……フェム。ビルの家を探したい。わかるか?』

『臭いを追えばよいのだな?』

『頼む』

『任せるのだ』


 フェムは走りはじめた。

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