フェムは少し迷いながらも、どんどん進む。そして足を止めた。
『この辺りのはずなのだ』
『助かる』
それは、ほぼスラムとして有名な八番街の中でも貧しい地域だ。
クルスが種イモ詐欺に引っかかったのも八番街だった。懐かしい。
八番街にはあばら家が沢山並んでいる。
『この中のどれかだよな』
『そう思うのだ。でも……』
『わかっている。臭いが混ざりすぎて絞り込めないんだろう?』
『そうなのだ』
『それは仕方がない』
俺はフェムの頭をわしわし撫でる。
『頼んでおいてあれだが、よくここまでわかったな』
『並みの狼とは違うのだ!』
フェムの尻尾がピュンピュンと揺れた。
その時、小さな子供が二人通りかかった。
「すまない。この辺りにビルの家はないか?」
「おっちゃん、だれ?」
「怪しい人と口きいたらダメなんだよ!」
子供の一人は俺に興味を示した。
だが、もう一人は困った顔をして、興味を示した子の袖を引っ張っている。
狼を連れて、狼の被り物をかぶっているのだ。
怪しくないわけがない。
「いやいや、おじさんはビルさんのお友達なんだ」
「ほんとー?」
「ほんとだとも。ビルさんに伝言があるんだ」
「そうなんかー」
子供たちは、俺を信用しかけている。
「でも、ビルさんに伝言を伝えられないと、ビルさんも困っちゃうなー」
「本当にこまっちゃうの?」
「ああ、すごく困ってしまうぞ」
そんなことを言っていると、子供たちはビルの家を教えてくれた。
「ありがとう。すごく助かるよ」
俺は魔法でビルの家の鍵を解除して中に入る。
そして壁に大きく血で文字を書いた。
文面はさっきと同じ「狼はいつも見ているぞ」である。
「これじゃ、まだ脅すには足りないかな」
『充分だと思うのだ』
「いや、まだ足りない。そうだなー」
俺は魔法の鞄の中に何かいい物がないか探してみた。
「よしこれだな」
以前退治した魔熊の頭だ。
素材は全部適切に処理したが、頭を捨てるのを忘れていた。
それをベッドの中、掛け布団をめくったら対面するように放りこんでおく。
「血もつけとこう」
魔熊の首の周囲に魔獣の血をぶちまけた。
「これで良しと」
そして俺はビルの家を出る。外では子供たちが待っていた。
改めて、俺は子供たちに言う。
「君たちのおかげで助かった。お礼にお菓子をあげよう」
「いいのかい?」
「もちろんだとも」
お菓子を食べる子供たちに尋ねる。
「君たちはビルさんと仲がいいのかい?」
「まったく仲良くないよ!」
「いつも威張っているし、すぐ殴るし、大嫌いさ!」
そういってから、俺がビルと友達だと言っていたのを思い出したようだ。
「あっ」
少し慌てている。俺は子供たちに顔を近づけた。
「本当をいうとね、おじさんも、ビルが大嫌いなんだ」
「そうなのかい?」
「本当だとも。内緒だぞ?」
「わかった! 内緒だな!」
「ビルが誰かが家に来なかったかって聞いてきたら、狼っぽいのが来たって言っていいぞ」
「わかった!」
立ち去る前に、子供たちにいう。
「あっと、ビルさんが俺に伝言ある場合、例の小屋に来てくれって言っておいて欲しいんだ」
「わかった! でも、おいら、おっちゃんの名前知らないぞ?」
「狼っぽいって言えばすぐわかるさ。俺みたいな格好している奴は滅多にいないからな」
「そりゃそうだな!」
それから俺はネグリ一家のアジト前に戻る。
すると結構大きな騒ぎになっていた。
俺が正面の扉に刻んだ文字に気が付いたのだ。
「なんだこれは……」
「意味が分からねえ」
ネグリ一家のチンピラたちが困惑している中、ビルとダグは顔を青ざめさせていた。
誰が書いたのか理解したのだろう。
フェムは尻尾を振る。
『ちゃんとビビっているのだ』
『まだ、足りないかな』
『そうなのか?』
『ああ、すぐ動くかどうかはわからないが……』
トルフ商会に手を出されるわけにはいかない。
念には念を入れなければならない。
一人の幹部らしき男が言う。
「とりあえず、こんなわけわからねえ文のことは放っておいて、行くぞ」
「……ああ、そうだな」
幹部とビルはチンピラ五人ぐらいを引き連れて歩いていく。
『何をするかはわからないが、とりあえず妨害しに行きたいが……』
『わかったのだ』
俺のいない時に何か手を出されるのが一番困る。
そのためには最初が肝心だ。
後ろをこっそりついて行くと、トルフ商会の方向に行くらしい。
あいさつ代わりに因縁でもつけに行くのあろう。
『とりあえず、後をつけよう』
後をついて行くと、やはりどんどんトルフ商会に向かっている。
途中、川の近くを通ったので、水を球体にして魔法で浮かせた。
『なにをするのだ?』
『こうするんだ』
俺は後ろを歩いているチンピラ五人の頭に水の球体をかぶせる。
消音の魔法もかけてある。
チンピラは陸のうえで溺れて、手足をバタバタさせた。
ビルたちに助けを求めようとするので、足を魔法の縄で拘束した。
溺れながら、地面に転がる。
数分で、チンピラたちは気を失った。すぐに水球は解除する。周囲が水でぬれた。
「おい、お前ら……」
幹部が後ろを振り返って、チンピラたちが倒れていることに気が付いた。
「な、なんだ?」
慌てて、幹部とビルがチンピラたちに駆け寄る。
ゆすられて、チンピラの一人が目を覚ます。
「どうしたんだ?」
「お、おぼれて」
「はぁ?」
残りのチンピラも目を覚ます。
全員が水に襲われたとか、おぼれたとか証言している。
「お前ら。陸のうえでおぼれるわけねーだろうが」
「ですが、実際水に襲われて……」
「わけのわからねーこと言ってるんじゃねえ」
「俺たちも、わけわかりませんよ!」
チンピラたちは顔を真っ青にしてブルブル震えている。唇も紫色だ。
今は冬。氷水に近い川の水でおぼれて、びしょぬれになったのだ。
体が相当冷えたのだろう。
「どっちにしろ、これじゃあ、因縁つけに行くどころじゃねーな」
「そうだな」
ビルと幹部とチンピラ五人は大人しく、ネグリ一家の本拠地に戻っていった。