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322 予防措置

 フェムは少し迷いながらも、どんどん進む。そして足を止めた。


『この辺りのはずなのだ』

『助かる』


 それは、ほぼスラムとして有名な八番街の中でも貧しい地域だ。

 クルスが種イモ詐欺に引っかかったのも八番街だった。懐かしい。

 八番街にはあばら家が沢山並んでいる。


『この中のどれかだよな』

『そう思うのだ。でも……』

『わかっている。臭いが混ざりすぎて絞り込めないんだろう?』

『そうなのだ』

『それは仕方がない』


 俺はフェムの頭をわしわし撫でる。


『頼んでおいてあれだが、よくここまでわかったな』

『並みの狼とは違うのだ!』


 フェムの尻尾がピュンピュンと揺れた。


 その時、小さな子供が二人通りかかった。


「すまない。この辺りにビルの家はないか?」

「おっちゃん、だれ?」

「怪しい人と口きいたらダメなんだよ!」


 子供の一人は俺に興味を示した。

 だが、もう一人は困った顔をして、興味を示した子の袖を引っ張っている。


 狼を連れて、狼の被り物をかぶっているのだ。

 怪しくないわけがない。


「いやいや、おじさんはビルさんのお友達なんだ」

「ほんとー?」

「ほんとだとも。ビルさんに伝言があるんだ」

「そうなんかー」


 子供たちは、俺を信用しかけている。


「でも、ビルさんに伝言を伝えられないと、ビルさんも困っちゃうなー」

「本当にこまっちゃうの?」

「ああ、すごく困ってしまうぞ」


 そんなことを言っていると、子供たちはビルの家を教えてくれた。


「ありがとう。すごく助かるよ」


 俺は魔法でビルの家の鍵を解除して中に入る。

 そして壁に大きく血で文字を書いた。

 文面はさっきと同じ「狼はいつも見ているぞ」である。


「これじゃ、まだ脅すには足りないかな」

『充分だと思うのだ』

「いや、まだ足りない。そうだなー」


 俺は魔法の鞄の中に何かいい物がないか探してみた。


「よしこれだな」

 以前退治した魔熊の頭だ。

 素材は全部適切に処理したが、頭を捨てるのを忘れていた。

 それをベッドの中、掛け布団をめくったら対面するように放りこんでおく。


「血もつけとこう」

 魔熊の首の周囲に魔獣の血をぶちまけた。


「これで良しと」


 そして俺はビルの家を出る。外では子供たちが待っていた。

 改めて、俺は子供たちに言う。


「君たちのおかげで助かった。お礼にお菓子をあげよう」

「いいのかい?」

「もちろんだとも」


 お菓子を食べる子供たちに尋ねる。


「君たちはビルさんと仲がいいのかい?」

「まったく仲良くないよ!」

「いつも威張っているし、すぐ殴るし、大嫌いさ!」

 そういってから、俺がビルと友達だと言っていたのを思い出したようだ。


「あっ」

 少し慌てている。俺は子供たちに顔を近づけた。


「本当をいうとね、おじさんも、ビルが大嫌いなんだ」

「そうなのかい?」

「本当だとも。内緒だぞ?」

「わかった! 内緒だな!」

「ビルが誰かが家に来なかったかって聞いてきたら、狼っぽいのが来たって言っていいぞ」

「わかった!」


 立ち去る前に、子供たちにいう。


「あっと、ビルさんが俺に伝言ある場合、例の小屋に来てくれって言っておいて欲しいんだ」

「わかった! でも、おいら、おっちゃんの名前知らないぞ?」

「狼っぽいって言えばすぐわかるさ。俺みたいな格好している奴は滅多にいないからな」

「そりゃそうだな!」


 それから俺はネグリ一家のアジト前に戻る。

 すると結構大きな騒ぎになっていた。

 俺が正面の扉に刻んだ文字に気が付いたのだ。


「なんだこれは……」

「意味が分からねえ」


 ネグリ一家のチンピラたちが困惑している中、ビルとダグは顔を青ざめさせていた。

 誰が書いたのか理解したのだろう。


 フェムは尻尾を振る。

『ちゃんとビビっているのだ』

『まだ、足りないかな』

『そうなのか?』

『ああ、すぐ動くかどうかはわからないが……』


 トルフ商会に手を出されるわけにはいかない。

 念には念を入れなければならない。


 一人の幹部らしき男が言う。


「とりあえず、こんなわけわからねえ文のことは放っておいて、行くぞ」

「……ああ、そうだな」


 幹部とビルはチンピラ五人ぐらいを引き連れて歩いていく。


『何をするかはわからないが、とりあえず妨害しに行きたいが……』

『わかったのだ』


 俺のいない時に何か手を出されるのが一番困る。

 そのためには最初が肝心だ。


 後ろをこっそりついて行くと、トルフ商会の方向に行くらしい。

 あいさつ代わりに因縁でもつけに行くのあろう。


『とりあえず、後をつけよう』


 後をついて行くと、やはりどんどんトルフ商会に向かっている。

 途中、川の近くを通ったので、水を球体にして魔法で浮かせた。


『なにをするのだ?』

『こうするんだ』


 俺は後ろを歩いているチンピラ五人の頭に水の球体をかぶせる。

 消音の魔法もかけてある。


 チンピラは陸のうえで溺れて、手足をバタバタさせた。

 ビルたちに助けを求めようとするので、足を魔法の縄で拘束した。

 溺れながら、地面に転がる。

 数分で、チンピラたちは気を失った。すぐに水球は解除する。周囲が水でぬれた。


「おい、お前ら……」

 幹部が後ろを振り返って、チンピラたちが倒れていることに気が付いた。


「な、なんだ?」


 慌てて、幹部とビルがチンピラたちに駆け寄る。

 ゆすられて、チンピラの一人が目を覚ます。


「どうしたんだ?」

「お、おぼれて」

「はぁ?」


 残りのチンピラも目を覚ます。

 全員が水に襲われたとか、おぼれたとか証言している。


「お前ら。陸のうえでおぼれるわけねーだろうが」

「ですが、実際水に襲われて……」

「わけのわからねーこと言ってるんじゃねえ」

「俺たちも、わけわかりませんよ!」


 チンピラたちは顔を真っ青にしてブルブル震えている。唇も紫色だ。

 今は冬。氷水に近い川の水でおぼれて、びしょぬれになったのだ。

 体が相当冷えたのだろう。


「どっちにしろ、これじゃあ、因縁つけに行くどころじゃねーな」

「そうだな」


 ビルと幹部とチンピラ五人は大人しく、ネグリ一家の本拠地に戻っていった。

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