「趣のある宿屋なのだわ」
「……宿屋なのかしら?」
ユリーナとルカがそんなことを言う。
「さっそく宿屋を見つけられたのは幸運である」
ティミショアラは気にしない様子で、宿屋に入って行く。
ステフやレアも少し不安そうだ。
俺としては、屋根と壁があれば問題はない。
俺たちが建物に入ると子供は笑顔で言う。
「この部屋とこの部屋を好きに使っておくれよ」
「ありがとう」
ベッドの数は足りないが、田舎の宿屋にはよくあることだ。
子供がおずおずと言った感じで言う。
「……あの宿代を前払いでもらってもいいかい?」
「もちろんだ。六人と牛で一泊いくらになる?」
「えっとー」
少し考えて子供の言った金額は、とても安かった。
王都なら一人が一泊出来ない金額だ。
支払うと、子供はとても良い笑顔になった。
「ありがとう!」
「いや、安くて助かったぞ」
そんなことを話していると、家の奥の方から、魔族の幼女が出てきた。
コレットより小さいかもしれない。
「にいちゃ、おきゃくさん?」
「そうだぞー。宿屋のお客さんだぞ」
「いらしゃいませ」
幼女がちょこんと頭を下げた。
「お世話になるのだわ」
ユリーナが嬉しそうに、幼女の頭を撫でている。
「お菓子食べる?」
ルカが幼女にお菓子をあげている。
「ありがとー」
幼女は嬉しそうにお菓子を食べていた。
「りゃっりゃー」
シギショアラが、俺の懐から顔だけ出して鳴く。
幼女の目が輝いた。
「わあ、かわいい!」
「りゃあ」
「さわっていい?」
「いいぞ」
俺がそう返事するよりも早く、シギは懐から出て幼女の胸元に飛んでいった。
シギは子供が好きなのかもしれない。幼女は少しやせていた。
兄のほうもよく見たら、結構やせている。
痩せ具合は兄の方が酷いかもしれない。
「わぁわぁ!」
幼女はものすごく嬉しそうだ。
俺は兄の方に言う。
「客引きだと思ったが、宿屋の主人だったのか」
「そうなんだ」
兄の方はトム、幼女はケィという名前らしい。
両親を亡くした兄妹ということだ。
「これまでは簡単な用事をこなして、お金を稼いでいたんだけど……」
子供であるトムが稼ぐには限界がある。
そこで、親の残してくれた家を使って宿屋を開くことにしたのだという。
「ケィ、少し待ってろ。にいちゃんがご飯を買ってくるからな」
「やったー」
早速、俺の払った宿賃を使うらしい。
食べるのにも困る生活なのだろう。
後で、チップをはずもうと思う。
「近くに食料を売っている店があるのか?」
「あるぞ!」
「小遣いをやるから、案内してくれ」
「いいのかい?」
「ああ、エルケーに来るのも久しぶりすぎて。どこに何があるかわからなくて困っていたんだ」
そういって、トムに案内してもらうことにした。
きちんと前払いで小遣いを渡す。額は宿代より、ちょっとだけ少ないぐらいだ。
「こんなにもらっていいのかい?」
「いいぞ。シギはお留守番しておくんだぞ」
「りゃあ!」
ケィと遊んでいるシギを置いて、俺とトムは二人で家を出る。
食料店に向かう間、俺は街の様子を改めて眺めた。
人も多いし、活気もあるように思える。
「ここだぞ」
トムが案内してくれたのはボロボロのお店だった。
質は悪いが、一通り種類はそろっていた。
俺は適当に食糧を買うと、トムに言う。
「案内してくれた礼に、食べ物を買ってあげよう」
「……いいのかい?」
「いいぞ」
「ありがとう」
トムは遠慮しなかった。お腹を空かせた妹のことを考えたのだろう。
食料を買い込んで、宿屋に戻る。
台所を借りて適当に調理をして、みんなで昼ご飯を食べることにした。
トムとケィも一緒に食べる。
「おいしい!」
ケィはとても嬉しそうだった。
食事が終わり後片付けをしながら、トムに尋ねる。
「一つ、聞きたいことがあるのだが」
「なんだい?」
「ネグリ一家のダミアンって知っているか?」
ダミアンというのは、エルケーを縄張りにしているネグリ一家の幹部だ。
名前はビルやネグリ一家の親分から聞き出してある。
ダミアンの名を出した途端、トムは体をびくりとさせた。
少し怯えたように見える。
「お兄さん、ダミアンのお友達なのかい?」
「違うぞ。ダミアンとは、少し商取引上のトラブルを抱えていてな」
トムがダミアンの敵でも味方でも問題なさそうに言葉を選んだ。
「そうなのかい」
トムはほっとしたようだ。どうやらすぐ顔に出るタイプらしい。
トムはダミアンの味方ではなさそうだ。
「トム。ダミアンの奴と何かあったのか?」
「それは……。うん」
「よかったら聞かせてくれ」
「わかった」
トムはあっさりと教えてくれた。
トムはお金に困っていた。それはそうだ。
子供一人で生きていくのも大変なのに、妹まで養わなければならないのだ。
「お金に困っていたら、ダミアンがお金をくれたんだ」
「ほう?」
意外だ。もしかして、ダミアンはいい奴だったのかもしれない。
「だけど、確かにくれるって言ったのに、本当は貸してくれただけだったんだ」
「なるほど」
ダミアンは、いい奴ではなかったようだ。
「くれるって言っただろうって言っても、やるわけないだろう! って」
「許せないな」
「うん。それで、りし? ってのがあるらしくて、今ではものすごい金額になっちゃたんだ」
最初にもらった金額は、ごくわずかだ。今日俺が払った宿賃分ぐらいの金額だ。
それに利子がついて、今は五百倍ぐらいになっているらしい。
そして、この家と土地を取り上げられそうになっているとのことだ。
それほどの高利は当然違法だ。代官に訴えればいい。
「役所には訴えなかったのか?」
「役所に行ったけど、相手にしてもらえなくて……。追い払われちゃった」
代官も機能していないようだ。
だからこそダミアンが好き勝手やっているのかもしれない。
「それは困ったな」
「すごく困った。だから宿屋をして少しでも金を稼がないとなんだ」
「なるほどな」
これは見過ごせない。
いくら宿屋を運営したところで焼け石に水だ。利子分にもなるまい。
このままではトムはネグリ一家に土地と屋敷をとられるだろう。
そして、ダミアンの手下として悪事の片棒を担がされるに違いない。
数年経てばケィも売られてしまうかもしれない。
そういう、親を亡くした子供が裏社会に引っ張り込まれるルートに入りかけている。
「まあ、そういうことなら、おじさんがダミアンに話をつけてやろう」
「そ、そんなことができるのかい?」
「出来るぞ。おじさんは、こういう奴らとの話し合いが得意なんだ!」
「助かるぞ!」
トムはとても嬉しそうだった。