まさにクルスに無数の不死殺しの矢が刺さろうとしたその瞬間。
クルスは振り返りながら聖剣をふるい、不死殺しの矢をすべて斬り落とす。
「が、がう!」「りゃっ!」
フェムとシギショアラが驚いて声を出した。だが、クルス自身はまったく焦っていない。
「危ない危ない」
「クルス。油断しすぎだ」
「ごめんなさい。それにしても、全然死なないですね」
再生しきった不死者の王がにやりと笑う。
「我は決して死なぬといったであ——」
不死者の王は最後まで言えなかった。クルスが無言で首を斬り落としたからだ。
「話を——」
何かを言おうとしているが、クルスが聖剣で斬り続けるので言えていない。
クルスの斬撃と不死者の王の再生力が拮抗している。
「この再生力は、不死者の王とはいえ、さすがに異常だな」
不死者の王の中でも特別な個体なのだろう。
そんな中、周囲に巨大な毒蛇が集まってきていることに気が付いた。
「蛇のゾンビか?」
不死者の王が局面を打開するために新手を呼び出したのに違いない。
今のエルケーの街は障壁で囲まれている。どこから入ってきたのだろうか。
「転移魔法陣か?」
ジールの竜舎にある転移魔法陣は俺が封をしてある。
仮にあの転移魔法陣からやってきたとすると俺の封を破ったということだ。面白くはない。
「クルス。蛇は任せろ。なにやら責任を感じる」
「よくわかりませんけどお任せします!」
俺が蛇に向けて魔法を放とうとした瞬間、
「ガアアアアアアアオウ!」
「ぴぎいいいいい」
フェムが吠えて、チェルノボクがぷるぷる光りながら大きな声で鳴いた。
襲い掛かろうと鎌首をもたげていた蛇たちがくたりとなって地面に転がる。
魔天狼フェムの力と、死王チェルノボクの権能だ。
「ぬああああ」
そして、不死者の王の再生途中の霧が吹き飛び消滅する。
『くるす、いま』
「チェルちゃん、わかったよ!」
チェルノボクの声にこたえる形で、クルスが聖剣をさらに振るう。
チェルノボクはフェムの背に乗り、光りながらぷるぷるしつづけていた。
霧の濃さがチェルノボクの光を受けて目に見えて薄くなる。
「たあああああああ」
クルスが気合を入れて叫びながら、聖剣をふるう。
チェルノボクの死王の権能で魔力の回復を抑え、聖王の聖剣で切り刻んでいるのだ。
何とか再生しようと黒い霧が集まろうとするが、
「ガアアアアアオオオオオオン!」
そこに魔天狼フェムが咆哮をぶつけて、一瞬で霧散させる。
いくら特別な不死者の王であろうと、再生し続けるのは不可能だ。
不死者の王はすぐに首だけになった。体の再生をあきらめて首だけを再生させたのだ。
あれほどあった膨大な魔力が尽きている。もう体を再生することはできないだろう。
「勝負ありだね」
クルスが不死者の王の鼻先に聖剣を突き付ける。
「ハ、ハハ、ハハハハハハハハ!」
すると不死者の王は大きな声で笑い始めた。声帯もないのにどうやって笑っているのか。
「何がおかしいの?」
「いや、これはすまない。聖王よ」
不死者の王は素直に謝ると、フェムの頭の上にいるチェルノボクを見る。
「聖王だけではなく、死王までいるとは思わなかったゆえな」
「相手が悪かったな」
俺がそういうと、不死者の王は俺の方を見る。そして苦笑した。
「加えてまがいものではない真の魔王か。ふふ。我が敗れても致しかたあるまい」
「アルさんだけでも、お前は勝てなかったよ」
クルスが断言する。それに反論するわけでもなく不死者の王が笑顔で言う。
「かもしれぬな。だが、長き人生の最期なのだ。自らを過大評価してもよいとは思わぬか?」
「ふむ。そうかも」
まじめな顔でクルスは考えている。
「神の使徒が三者がかりで討伐してくれたのだ。加えて魔天狼」
不死者の王はフェムの正体にも気づいていたようだ。
「我が人生の幕引きとしては充分だ」
不死者の王が何度も人生と言っていることに違和感を覚える。
アンデッドになりながらも、自己認識は人間のままなのだろうか。
俺たちのことを定命の者と呼んだ者と同じ者の言葉とは思いにくい。
不死者の心理がよくわからない。
俺は聴覚強化の魔法を自分にかけて周囲の音を探った。
ルカやユリーナ、モーフィたちのほっとした声が聞こえる。
どうやら、石像たちの動きが止まり、次々と崩壊していっているようだ。
この不死者の王が石像を動かしていたのは間違いがないらしい。
俺はひとまず安心して、俺は不死者の王に尋ねる。
「で、お前の狙いは何だったんだ?」
「ふむ。まあよい。我を倒した三王に敬意を表して教えるとしよう」
不死者の王は素直に語り始めた。
エルケーの地下に広がるダンジョンには絶大なる力をもつ不死者が封じられているという。
「不死者? 不死者の王か?」
「そうではない。不死者と化した魔人だ」
不死者となった人間の慣れの果てが不死者の王だ。
ただでさえ強い魔人が不死者となったのならば、どれだけ強くなるのだろうか。
不死者の王よりははるかに強いのは確実だろう。
「そんなやつを解放しようとしていたの? なんのために?」
クルスが尋ねると、不死者の王は素直に語り始める。
「不死の魔人王は神に近い存在と伝えられている。神のいない我らにとっての神のようなもの」
「それが復活したらどうなるの?」
「人族にとって良いことはないであろうな」
そういって、不死者の王は笑った。