機嫌のよい首だけの不死者の王に、俺は尋ねる。
「人族にとって良くないことが起こるのはわかった。だがお前にとってのいいことは何だ?」
「魔王の疑問は当然だな。我は不死者としてより高みへと昇ることができるかもしれぬ」
「あいまいだな」
「ああ。我が解放しても、不死の魔人は我に恩を感じたりすることもあるまい」
「そうだろうな。そんな殊勝な存在でもないだろうさ」
「ああ、その場で消滅させられるやもしれぬ」
その言葉にクルスが首を傾げた。
「なら、なんで?」
「聖王よ。我は長く生きすぎた。それに魔導の研究も行き詰っておった」
「だから、それがどうしたの?」
「それは我にとって生きていないのと同義。消滅してもよいとすら思っていたのだ」
長い人生に飽きて、倦んでいたのかもしれない。
もし、不死の魔人王を利用できれば、魔導の研究が進む可能性は高い。
利用できればそれでよし、できなくてもそれはそれでよい。
そんなことを考えていたのだろう。
負けたのに悔しいと思っていなさそうなのは、そのせいかもしれない。
話を聞いていたクルスが少し考えながら言う。
「ダンジョンには王都侵攻に役立つものがあるって、自称魔王が言ってたような?」
「ふふ、そんなことに役立つものか。エルケーごとつぶされて終わりであろう」
「じゃあ、なんでそんな風に思ったんだろう」
「魔王の背後にいた魔人とやらが、魔人の不死者を復活させたかったのであろう」
「エルケーの外にいた魔人も?」
「ああ、魔人どもにとって、魔人の不死者は特別な存在らしい」
そういってから不死者の王は楽しそうに笑う。
「偽の魔王と魔人がいなくなり、ちょうどよいタイミングだと考えたのだがな」
「魔人が倒されたときにすぐ動かなかったのはなぜだ?」
「封印の解除に王族の血がいるのだ」
「ああ、代官が必要なのか」
「その通りだ。だから満を持して乗り込んだのだがな。聖王や魔王がいるとは思わなかった」
クルスが尋ねる。
「どうして全部話す気になったの?」
「先ほども言ったはずだ。敬意を払うと」
「ふむ?」
解せないといった表情になったクルスに不死者の王は言う。
「我はとても長い間、生きてきた。その我を殺したものに敬意を払いたくなるのは当然だろう」
「そういうものか?」
「くだらないものに殺されたとあっては、我のこれまでの生までくだらないものとなってしまう」
「そんなことはないだろうが……」
「いや、そうなのだ」
魔法の研究に打ち込み戦闘力を上げ続けていた不死者の王ならではの発想なのかもしれない。
不死者の王は遠い目をしてクルスを見つめる。
「当代の聖王は、先代よりも強いな」
「先代の聖王っていうのは、三百年前の勇者のことだよね?」
「そのとおりだ」
「ぼくの前の勇者を知っているの?」
「ああ、仲間だった」
「……え?」
クルスが目を見開いた。さすがに驚いたのだろう。
先代の勇者とはムルグ村の創始者でもある。
「一緒に魔王を討伐したってこと?」
「そうだな。そういうこともあった。魔天狼よ。そなたの先代にも世話になった」
『フェムの祖父にあったことがあるのだな?』
「そうか、そなたは先代の子ではなく孫なのか」
『祖父はどのような狼だったのだ?』
「そなたと負けず劣らず立派な狼だった」
「わふぅ」
フェムは一声だけ吠えると、静かになった。思うところがあるのだろう。
「……どうして、勇者の仲間だったのに不死者の王なんかになったの?」
「…………」
クルスに問われて、初めて不死者の王は黙り込む。
「……少し喋りすぎたな。年甲斐もなくはしゃいでいたのやも知れぬな」
「どうして不死者の王になったのかは教えてくれないの?」
「うむ。いくら我の生が最後と言っても守るべき仁義はあるのだ」
「よくわかんない」
「エルケーのダンジョンを調べればわかることやもしれぬがな。我が言うことではない」
「ふむー」
クルスは釈然としない表情だ。
そんなクルスを見てほほ笑むと、不死者の王は言う。
「さて、名残惜しいが、あまり長々と引き延ばすこともあるまい。いよいよ最期の時だ」
「とどめが欲しい?」
「ああ、頼む。そうだな……。とどめは死王。そなたに頼みたい」
「チェルノボク。どうする?」
『わかった。まかせて』
「ありがたい」
死王はアンデッドを天に返す権能を持つ。
死王にとどめを刺されたら、アンデッドの魂であっても死神のもとに無事到達できる。
そう考えているのだろう。
俺は死後のことは、はっきり言ってよくわからない。
だが、チェルノボクのターンアンデッドなら、そう悪いことにはならないだろう。
そんな気はする。
「聖王、魔王、魔天狼。そして死王よ。さらばだ」
「ああ、さようならだ」
「先代勇者によろしくね?」
クルスにそう言われた瞬間、不死者の王は複雑な表情を浮かべた。
そして「ふふ」っと笑う。
その笑みの理由を尋ねるより早く
「ぴぎぃいいいいいいいいい!」
不死者の王の頭の上に乗り、チェルノボクがフルフルして輝き始めた。