チェルノボクの輝きが強くなるにつれ、不死者の王の表情は安らかになっていく。
チェルノボクは触れなくとも、弱いアンデッドならばターンアンデッドで天に還せる。
強いアンデッドが相手の場合でも、直接触れさえすればターンアンデッドで天に還せるのだ。
しばらくして、チェルノボクの輝きはおさまった。
『おわった』
「チェル。お疲れさま」
「ぴぎ」
そして、チェルノボクはフェムの頭の上にぴょんと飛び乗った。
不死者の王はとても安らかな表情で、息絶えている。
「アルさん。どうしましょう?」
「そうだな……」
もう死んだのだから、丁重に埋葬してやるべきだろう。
不死者の王による被害は、ユリーナの活躍もあり騒ぎの大きさの割には大きくない。
埋葬しても文句はあまり出るまい。
「先代勇者の墓の隣にでも埋葬してやればいいかな」
「そうですね! ぼくもそれがいいと思います」
「そういえば、先代勇者の墓ってどこにあるんだ?」
「ぼくは知らないです。ルカに聞いてみましょう!」
そう言ってクルスはルカたちのいる場所へと歩き出す。後始末は後回しだ。
そのとき、エルケーを覆っていた障壁が消え始めた。
「あ、障壁が消えましたね。不死者の王からエルケーを守っていたんでしょうか?」
「うーん。エルケーをというより、ダンジョンの封印を守っていたのかもしれないな」
「不死の魔人王の封印ですか?」
「そうだな」
ふと気づくと、俺の懐の中で、シギショアラは熟睡していた。道理で大人しいわけだ。
シギは赤ちゃん竜なので夜は眠いのだ。寝ている姿もとてもかわいらしい。
そんなことを話している間に、ルカたちのもとに到着する。周囲に石像の残骸が沢山あった。
俺たちに気づいたルカが笑顔になる。モーフィも嬉しそうに駆け寄ってくる。
「無事だったのね。まあアル……ラとクルスのことは心配していなかったけど」「もっもー」
「ああ、無事に解決した。そっちは大丈夫だったか?」
俺はモーフィを撫でながら周囲を観察する。怪我人すらいない。
怪我人が出なかったわけがないので、ユリーナが治療済みなのだろう。
「数は多かったけど、雑魚ばかりなのだわ。苦戦する要素がないのだわ」
「それはよかった」
それから不死者の王が黒幕だったこと、すでに倒したことだけ説明して後始末に入る。
クルスたち戦士よりのメンバーは戦利品の剥ぎ取りだ。
俺とヴィヴィ、ステフ、そして獣たちは代官ベルダの指揮のもと石の除去である。
「これは重労働だな……。石畳の道や建物の修復はともかく、これほどの大岩は動かせぬ」
代官が途方に暮れている。
「アルラ、どうするのじゃ?」
代官がいるので、ヴィヴィも気を使ってアルラと呼んでくれている。
「ほかの物はともかく、大岩は魔法を使って何とかするしかないな」
「アルラ、大丈夫なのかや? 今日は魔力を使いすぎなのじゃ」
「まあ、大丈夫だろう」
俺は石像を飛ばしたのと同じやり方で、大きな岩を街の外へと飛ばす。
「飛ばした場所は街の近くにしておいた。後で使うかもしれないからな」
「……なんと」
ベルダは驚いていたが、すぐに我に返って、指揮を執る。
俺たちも協力して土木工事に従事した。道の修繕を中心にすすめる。
空き家の多いエリアだったのが幸いだったといえるだろう。
夜明けごろ、道の修繕が大体終わった。ひとまずエルケーの民が日常生活を送るには問題ない。
後始末の面倒なことは代官がおいおいやるに違いない。俺たちもできる限り手伝えばいい。
不死者の王も魔人も退治した。脅威もひとまず排除したといっていいだろう。
残されたダンジョン探索などは、別に急ぎではない。
俺たちは仮眠をしにトムの宿屋に向かうことにした。
「代官。詳しい説明はまた後でよろしいですか?」
「そうだな。とりあえずの危険は去ったと考えてもよいのだな?」
「とりあえずは」
「ならばよい」
俺たちがトムの宿屋に向かって歩き出したとき、代官が小走りで近づいてきて小声で言う。
「あっ、アルラどの。少しお待ちを」
「どうしました?」
「あの重力魔法……、尋常でない魔力。アルラさんはただ者ではありますまい。もしや……」
「あれはその! あれじゃあれ。のうクルス?」「そう、そうだよ、あれだよあれ!」
ヴィヴィとクルスが慌てている。アルフレッドとばれたと思ったのだろう。
俺の正体より、むしろクルスの正体のほうがばれたらまずい。
折角獅子の仮面をかぶっているのに、クルスの名前を出すとは、ヴィヴィはうかつだ。
いや、その前に戦闘中などにみんな結構クルスって呼んでしまっていた。
ヴィヴィだけでなく、皆うかつだったのだ。
「ヴィヴィ! 待つのだわ、ク、クロスさんはあれだから」
「あっ、クロスだったのじゃ!」
ユリーナが慌てたようでクルスのことをクロスとか呼びはじめた。もう遅いと思う。
「いや、隠さなくてもよい。獅子仮面どのは勇者伯であろう。勇者伯、ありがとう」
「あ、うん。ごめん」
困った様子のクルスにむけて、ベルダは微笑む。
「伯の事情は分かっているつもりだ。心配しなくてもよい。そんなことよりも……」
そして、ベルダは俺の方を見る。
「もしや王都近くの
「あっ」「りゃっ」
シギが懐の中で鳴いた。起きたのかもしれない。
そういえば、そんなこともあった。あの時はルカが俺のことをクルスの従者と紹介していた。
俺の反応を見て、ベルダは確信したようだ。
「やはり、アルラさまはあの時のお方なのですね?」
どの呼びからさま呼びに変わった。
そして深々と頭を下げる。王族なのに、人前で頭を下げるとは思わなかった。
俺の方がびっくりして周囲を見回してしまう。あまり目立って無いようでよかった。
「とても、とても、ありがとうございました。いつか感謝の言葉を伝えたいと思っていました」
あの時、ダンジョン内に取り残された者の中には竜騎士団の新人がいた。
そしてベルダは竜騎士団の副団長だ。あの新人はベルダの部下だったのだろう。
「いえ、お気になさらず。勇者伯からの依頼でしたから。感謝なら伯の方に」
「新人の引率で、私もダンジョン内にいたのです。アルラさまは私の命の恩人です」
「そんな、大げさな」
「けして大げさではありませぬ!」
何度も何度も感謝されつつ、俺はトムの宿屋に何とか戻った。
トムとケィなどの子どもたちにエルケーは無事だと連絡すると、俺は宿屋で眠ることにした。
もし何かあっても、すぐに対応できるようにだ。だが、そんな事態はそうそう起こるまい。
そして、俺はフェムとモーフィ、チェルノボクとシギに囲まれながら眠りについた。