エクスは身構えて警戒している。
そしてベルダが、少し不安げに尋ねてきた。
「アルラさま、使徒とはいったい?」
「神が地上の生物に加護を与えることが稀にあるんだ」
「そうだったのですね。ですが、エクスがその使徒だと?」
「まあ、そうだ」
俺は警戒し続けているエクスに笑顔を向ける。
「そう警戒するな。侯爵閣下も竜たちの儀式を見ていたのだろう?」
俺はベルダとエクスに説明する。
神の使徒といわれる神から加護を受けた者がいると言うこと。
そして、その場所は古代竜の魔道具でわかること。
エルケーに真っすぐ近づいてきていた破壊神の使徒の表示が消えたこと。
そのことから、非常に近い位置に破壊神の使徒がやってきていると思われること。
「侯爵閣下が本当に破壊神の使徒かどうかは、確信があったわけではないがな」
「私にカマをかけたのですか?」
「そういうことだ。破壊神の使徒と言われても、普通は何のことかわからないからな」
違ったなら謝ればいいだけだ。
それに、至近距離に破壊神の使徒がいるのは、地図から判断してほぼ確実だった。
そこに、異常に腕の立つ若者が現れたのだ。疑うなという方が無理である。
「さすがは竜王の摂政閣下」
「エクス……」
ベルダは不安そうにエクスと俺を交互に見た。
「それで、私をどうされるおつもりですか? 討伐なされますか?」
「エ、エクス、何を言う! アルラさま、破壊神の力を持っていてもエクスは素晴らしい人物です。私が保証いたしますわ」
エクスは開き直り、ベルダは慌てる。
口ぶりから考えるに、ベルダはエクスが何らかの力を持っていることを知っていたのだろう。
そのうえで信頼しているからこそ、副官に任命し呼び寄せたのだ。
「慌てなくてもよい。破壊神の使徒だからと、どうこうしようとは思ってはいない」
「……ですが、私は破壊神の使徒。そして破壊神はいわゆる邪神と呼ばれる神です」
「神の聖邪は、我ら人ごときが判断できるものではない」
俺がそう言うとエクスは目を見開いた。どうやら驚いているようである。
昔、似たようなことをティミに言われた。それを俺は言っただけである。
「それに、……チェルノボク」
「ぴぃぎ!」「りゃっりゃ!」
チェルノボクはぴょんと跳んで、俺の胸に飛び込んでくる。
そして、そこにいたシギは嬉しそうにチェルノボクを掴んでふにふにしている。
「チェルノボク。教えてもいいか?」
『いいよ!』
「ありがとう。このかわいいチェルノボクは死神の使徒だ」
「ぴぃ」
「し、死神の?」
「そうだ。死神も邪神と言われることの多い神だが、チェルノボクは悪いスライムじゃない」
『ぴぎぃ! ぼくわるいすらいむじゃないよ!』
チェルノボクはかわいくアピールして、エクスはきょとんと見つめていた。
「侯爵閣下は、古代竜たちの儀式をご覧になっていただろうからわかるだろうが……」
「りゃ?」
「このシギショアラは竜王陛下、つまり竜神の使徒だ」
「……なるほど」
何がなるほどかわからないが、エクスは納得したようだ。
「神の使徒だからと言って、特に扱いを変えたりはしない。安心してくれ」
「わかりました」
エクスが落ち着いたようなので、やっと互いの自己紹介に入れる。
俺は仲間たちを紹介していった。
クルスもユリーナも正体を隠すことなく本名で自己紹介した。
そして、ルカも笑顔で自己紹介する。
「子爵ルカ・ラーンガウよ。竜殺しのヘイルウッド侯爵ね。ご高名はお聞きしているわ」
冒険者ギルドのお偉いさんのルカはエクスのことを知っていたらしい。
冒険者になって数日のうちにドラゴンゾンビを三頭と魔人を退治したのだと言う。
しかも、ほぼ一人でだ。
「それは凄いな」
「冒険者ギルドは大喜びだったんだけど、すぐに侯爵になって地元に戻ってしまったの」
「実は……」
ベルダが補足してくれる。
エクスは、義母の陰謀で廃嫡され追放されたあと、冒険者になり大活躍したのだそうだ。
そして、その陰謀はすぐにばれて侯爵になり、騎士に叙されたのだと言う。
その際、ベルダが色々世話したようで、竜騎士団副団長のベルダの副官にもなった。
「副官と言いましても、エクスは侯爵家の内政がありましたから……」
義母が荒らした領地を、わずか数か月かけて落ち着かせたらしい。
その手腕を見込まれて、ベルダが副官として呼んだという流れとのことだ。
「もう、領地はいいの?」
最近内政に興味を持っているクルスがエクスに尋ねる。
「はい、優秀な代官にお任せしておりますから……。あの! ラーンガウ子爵閣下!」
「どうしたの?」
「私と手合わせしてもらえないでしょうか!」
「……なんで私と?」
「噂に名高い、剣聖様の剣をこの目で見たいのです!」
エクスは少々興奮気味だ。そんなエクスをかばうようにベルダが言う。
「ルカ。ヘイルウッド侯爵家は優秀な剣士を多く輩出した家柄なのだ」
「知っているわ。先代は王家の剣術指南役だったわね」
「ああ。その関係で私もエクスと知り合ったのだが……」
ベルダも王族。ヘイルウッドの先代から剣の指南を受けたこともあるのだろう。
「私はずっと剣の稽古をしてまいりました! ぜひ、一度手合わせを!」
エクスはそう言って、地面に平伏したのだった。