俺たちが睡眠について考えていると、ティミショアラが言う。
「ふむー。あまり長引くようなら、我が壁をぶち破るしかなかろうなー」
「そういえば、ティミは大丈夫なのか?」
「心配無用だ。我は数か月眠らなくても、食事をとらずとも大丈夫である」
「そっちではない。長い間人型をとっていると足がしびれるんじゃないのか?」
「おお! そうである。アルラはよく覚えていてくれたな!」
ティミと出会ったばかりのころそんなことを言っていた。
「シギショアラに会うため、頻繁に人の姿になっているせいか最近では慣れてきてな」
「慣れとかあるのか」
「うむ。今では、もうあまりしびれないのだ」
「それならよかった」
「うむ」
「シギはよく寝ているが、大人になったら眠らなくてもいいんだな」
「シギショアラは赤ちゃんゆえな。赤ちゃんと子供は眠るものだ」
「古代竜でもそうなのか?」
「当然であるぞ」
俺とティミが、そんな話をしていると、ルカが手早くメモを取っていた。
それから、俺たちはさらに長い間歩いた。
ダンジョンに入ったのは午前中だった。
日の光が入らないので時間はわかりにくいが、恐らく日付はとうに変わっているだろう。
毒が出てこないよう、移動し続けながら敵を倒し続け、罠を解除し続けた。
もう何体敵を倒したか、何度罠を解除したかよくわからなくなってくる。
全員の疲労が色濃くなり、俺が脱出を考え始めたころ、急にダンジョンの景色が変わった。
「壁の色が変わりましたね!」
そうクルスが元気に言った。
石材の壁であるのはこれまでと変わりない。だが石の種類が違う。
より白っぽくなった。大理石のような石で作られているようだ。
「それに横幅がどんどん広くなっているわ。天井も……うん。高くなりつつあるかも」
ルカは壁に触れない程度に近づいて調べている。
「強力な罠の可能性があるのだわ。強力な敵の可能性も」
そういって、ユリーナは俺の方を見た。
「わかっている。念入りに調べているところだ」
俺は罠よりも敵を警戒していた。
罠ならば、狭い方が厄介だ。避ける場所がないからだ。
だが、通路が広い方が、より巨大な敵を出すことができる。
「でも、アルラさん。敵の気配も罠の気配もないですよね?」
「……そうだな」
「隠すのがうまくなったのかなー?」
クルスは歩きながら首をかしげる。
「アルラ、本当? 罠も敵の気配もないのかしら?」
「幸いなことにないな」
「……どういうことなんだろう。わからないわね」
ルカは警戒を強めたようだ。
「うーむ、もう罠は終わり、試験合格ってことではないのか?」
ティミショアラがそんなことを言う。
「もしそうなら、いいんだけどな」
希望的観測をもとに動かない方がいい。それが冒険の基本である。
俺は念入りに魔法で調査する。
罠もない。魔物もいない。そして、なにより毒罠もなかった。
そもそも、壁が再構成できる構造ではなくなっている。
「今のところは特に危険はなさそうだが、油断はしないでくれ」
「わかっているわ」
「畏まりましてございまする」
ベルダは力強くはっきりと返事をする。
かなり疲れているだろうに、気合で頑張っているのだろう。
一方ヴィヴィは、
「ふしゅー、すぴ」
モーフィの背の上で眠っていた。
ヴィヴィの判断は正しい。眠れるときに眠っておいた方がいいのだ。
「フェム。どう思う?」
『敵の気配はしないのだ』
「フェム、ありがとう」
「わふ」
『アルラ、フェムの背に乗ってもいいのだぞ? ひざが痛くなるのだ』
「ありがとう。つらくなったらお願いする」
『いつでもいうのだ』
俺はフェムの背を優しく撫でた。
フェムは戦力だ。いざというとき、俺に限らず背に乗せてもらわないとならないだろう。
だから、今はフェムの体力も温存すべきなのだ。
「モーフィはどう思う?」
『もー……』
モーフィは少し考えているようだった。
『いない』
「そうか、モーフィありがとう」
「もぅ」
モーフィは背中のヴィヴィを起さないよう、静かに鳴いた。
「チェルノボクは?」
『ぴぎっ! ふししゃのけはいはする!』
「そうか。その気配は近い?」
『ちかくない!』
「そっか、ありがとう」
「ぴぎー」
俺は全員に向けて言う。
「罠もないし、敵の気配もない。そろそろ休んでもいいかもしれないな」
「そうね。それがいいかも」
「そですねー。アルラさんの意見に賛成です」
「私も賛成なのだわ」
ルカ、クルス、ユリーナが賛成してくれたので、ダンジョン内で休息をとることにした。
「ベルダ、いつでも動けるように鎧は脱がないでくれ」
「畏まりましたわ」
「あくまでもダンジョン内だからな。いつでも対応できるようにする必要がある」
「はい」
本当は鎧などの重い装備を脱いだほうが疲れは取れる。
だが、そんな贅沢は出来ない。
俺とベルダがそんなことを話していると、
「……休息するのじゃな?」
ヴィヴィが目を覚ました。
モーフィの背から降りると、おもむろに床に魔法陣を描き始めた。
「ヴィヴィ? 起きて大丈夫か?」
「ふしゅ。大丈夫じゃ」
半分寝ぼけながらも床に魔法陣をすらすら描いていく。
寝ぼけているとはいえ、見事な魔法陣だ。
生半可な敵ならば侵入できないだろうし、余程強力な攻撃以外ははじくだろう。
加えて疲労回復効果にリラックス効果まで付与してある。
「ヴィヴィ。すごい魔法陣だ」
「ふしゅー。……それほどでもあるのじゃ」
描き終わると、ヴィヴィはモーフィの背にもぞもぞと上ってすぐに眠り始めた。