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第3話 真面目委員長ヴァンパイア

 祐希はホルを恨んだ。言っていた話と違うではないかと。彼女は確かにこう言ったはずだ。


「学校は女子たちに対して祐希に一方的に迫るような不純なことをしないように注意喚起している」


 いや、祐希はむしろ役得だと喜ぶべきなのかもしれない。


 なぜなら目の前にいるヴァンパイアの少女が、頬を赤く染め切り祐希を、今にも襲い掛かろうとしてきているのだから。


 〜


 ことの顛末はこうである。


 ある日の放課後のことだ。皆は既に家に帰るか、部活に行くかで、閑散とした教室内には祐希一人。


 たまたま教室に残っていた祐希も、帰ろうかと身支度をしていた時だ。


「春川くん、ちょっと用事があるんだけどいいかしら」


 そう声をかけてきたのはイリナ・ベルナドットという人物だ。彼女の種族はヴァンパイア。


 肩くらいまで伸びている青い髪と背中から生えている漆黒の翼、それに少し日焼けした小麦色の肌が目立つ。



 そして何よりの特徴は彼女が学級委員長であることだった。この学校の学級委員長は学年の初めに通年で決定される。


 だから、この間行われた委員決めで彼女と、もう一人の人物が手を挙げたのだ。


 だから祐希も彼女がイリナであることはすぐにわかった。


「わかった、すぐ行くよ」


 祐希が彼女に抱いている印象は、その役職からなんとなく「優等生っぽいなあ」という平凡極まりないものだ。


 またその印象を裏付けているようにイリナの口調は落ち着いていて、クールな雰囲気をしている。


「ん?  これどこ行ってるの?」


 祐希が違和感を持ったのはイリナの後ろを着いて行って少しした頃だった。ただでさえ人が少ない学校の、更に人の少ない、準備室のようなところに通されて初めて、だ。


「ねえ、私がヴァンパイアなことは見て分かるよね?」

「え、まあ、そりゃあ」


 ヴァンパイア。黒い羽が生えているが、実際に機能することはないらしい。


 かつての世界の創作物に描かれていたように、太陽に弱いというわけではなく、実際はちょっと日焼けしやすい程度。そして別名が。祐希が思い出せる特徴はこんなところだ。


 曖昧な返事を返す祐希に、イリナがガサゴソと自分のカバンを漁って何かを取り出す。


 もしかしてちょっと危険じゃないのか、と思ったその時。




「本当にお願いします!!!! お金はいくらでも払うので、どうか、どうか春川くんの血を私に吸わせていただけないでしょうかぁ!!!! 後生ですからぁぁ!!!!」


 祐希は前回の人生も全部ひっくるめて、初めて目の前で他人の土下座を見た。立派な土下座だ。


 正直いうと、祐希は放心していた。イリナの黒い翼も心なしか、一緒に地面に垂れているのを見て「翼もちゃんと動かせるんだ」なんて的外れな感想を抱いたくらいに。



「ちょ、ちょっと待って。血? 血って言った?」


 ようやく自分の言われたことを自覚する。イリナは間違いなく、自分を血を吸いたいと言ってきたと。


「はいぃ……私たち吸血族ヴァンパイアは、他人の血液で生きるための栄養を得ています。それで、それで、やっぱりコンビニで売ってるようなやつは多少ね、ほら摂取されてる人が歳をとってたりするから」

「まずいの?」


「いや、まずくはないんですよ。でも添加物の味がするというか、血ってその人の生きるエネルギーが直で反映されるから。そういうの分かっちゃうんです」


 だんだん言いたいことは分かってきた。


「とりあえず頭を上げて欲しいな」

「はい……」


 顔を上げたイリナはちょこんとその場に座り込んで、また懇願を繰り返してくる。


「本当に、ちょっとだけでいいんです。男の人の血って飲んだことないんです。どんな味か確かめるだけ、本当に、ちょっと、痛くしないですから、ね、ちょっとだけ」


 前の世界だと、ホテルの前で交渉されている女子にかけられるような言葉を投げかけられる。先っぽだけでいいから、的な。


「痛くしてはほしくないけど、別に血を吸うこと自体はいいよ。そんな大量に飲まれたら困るけど」

「いいんですか!?」

「あと敬語はやめて」


 こほん、と咳払いをしたイリナは気持ちを切り替えて話を続ける。


「じゃ、じゃあ10mL、飲んでいい?」

「それって……どのくらい?」

「大体、病院の採血くらいの量かな」


 まあ、それくらいならいいだろう。さすがに体調が悪くなるほど吸われたら困るけども。そうたかを括って祐希は許可を出す。


「えっと、お支払いは……」

「別にいいよ。これくらい」

「いや、そんなわけには」

「……じゃあ明日の昼の学食奢ってよ」


 そう提案してもイリナはゴニョゴニョと何かを言ってるので、祐希も「早くしてよ」と急かす。この時間まで残っといていうべきじゃないかもしれないが、祐希も早く家に帰りたいのだ。


「分かった。じゃあ明日の学食で……」

「オッケー。一緒に食べようね」

「え!?」


 男とのランチデートの約束を知らず知らずのうちに取り付けたことに震えるイリナ。その様子をよそに、吸血を始めようとする祐希。


「さて、どこから吸うの? やっぱこういうって定番は首?」

「首もいいんだけど、個人的には肩が好きかな」

「違いあるの? それ」

「まあまあ」


 感覚はよくわからんな、と思いながらも。祐希はその場に座り込み、制服から右腕を抜いて右肩を露出させる。


「ちょ、えろ……いや、じゃあ、吸うよ?」

「血管まで歯を通すんでしょ? 痛くないよね?」


 人間の八重歯よりも鋭利で立派なに見える吸血歯に祐希がちょっと怖さを感じる。


「それは本当に大丈夫。ヴァンパイアの歯の構造って複雑で、自分のを無駄に痛めつけないように特殊な方法で皮膚を貫通させるから。傷跡も目立たないし。外科手術の切開法にも応用されてたりするんだよ」



 獲物、という言い方に少々物騒さを感じながらも、「いくよ」というイリナの言葉に目をつぶる。皮膚に歯が当たった感触はあった。貫通されている感覚もある。


 しかし、違和感こそあれど何故か痛みはほとんど感じない。


 イリナの言葉が本当であったことに感心していると、あっという間に吸血が終わった。


「うっま……なにこれ……」

「そんなに変わるものなのか?」


 イリナが恍惚とした表情を浮かべる。顔は赤く染まっていて満足しているのが見て取れる。


「じゃ、満足した? 明日の昼飯はよろしく。もう遅いから俺は帰るね」

「ん? 満足はしたけど、帰しはしないよ?」


 何言ってんだ、と思いながら祐希が立ちあがろうとした瞬間。


「あれ?」


 立ち上がれない。いや、立ち上がれないというか――


 ばたん。そう音が聞こえた気がした。祐希は床に倒れたのだ。


「春川くんって意外と無知? 知らなかったのかな」


 嫌な予感がした。間違いなく。


吸血族ヴァンパイアに血を吸われた人はしばらくの間、動けなくなるの。私たちの唾液は、他人の血と反応すると相手の神経を一定時間麻痺させる効果があるから」

「つまり……?」



「君の体を、私が好きにできるってこと」


 祐希から吸った血を口から少し垂らして、イリナが艶っぽく微笑む。

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