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第34話 恋敵の言うとおり?

「明日、もし祐樹から告白を受けることがあれば……断って欲しい」


 凛が神妙な顔で、最後の願いとして奏音に頭を下げる。奏音は一気に顔を曇らせた。まず、相手から言われたことの意味がわからなかった。


「絶対無理……ってか、凛さん、あなた本当にそれ言ってる?」


 奏音が見せたのは明らかな嫌悪感だ。敗軍の将は兵を語らず、というわけではないが凛のやっていることは明らかな悪あがきだった。それに奏音が見せたのは苛立ちだ。


「本当に! 無理だってのは重々分かってる。でも、私はこうするしかないの」

「だから、それが祐希にとってどんな影響を与えることになるかって!」


 仮に、仮に、奏音が祐希のことを振ったとしよう。しかし二人は一緒にホテルまで行った仲だ。この貞操逆転世界においてそれは好意の示し以外の意味はない。それは奏音自身も自覚している。


 だからここで祐希のことを振ったりしたら。もちろん奏音は想い人と結ばれないから不幸になるし、祐希自身の心も深く傷つくだろうと思った。


 そして彼女の言に従うのなら凛はすでに振られている。再度迫っても失敗する可能性は高く、誰も幸せにならない。


 この世界で、基本的に男性は奥手である(べき)とされる。それは、周りに女性しかいない環境で育った以上、そうならざるを得ないのだ。そういうこの世界の常識に照らして考えれば、祐希を傷つける選択にも見えた。



「立川さんだって、分かってたじゃない! お姉ちゃんと結婚するものでしょ!? 弟は!」

「それは分かります、けれど凛さんが行おうとしてるのは結婚なんかじゃない! 献身の皮を被った依存と囲い込み! それの何が祐希を幸せにするんですか」


 凛がただ持っているのは、独立した祐希という人間像に惚れた奏音というよりは、性的欲求に基づいた保護欲といった方が説明が良かった。


「……わかんない。祐希の幸せをこれまでずっと、考えてきたのは私だったはずなのに」

「それは間違いないと思います……けれど、その幸せを誰に求めるかは祐希が決めることで私たちが決めることじゃないはずです」


 そう言うと凛が大きくため息をついた。何か、自身の大切なものが崩れていくような感覚に襲われて、みるみるうちに痩せていくようだった。



「君と私の価値観は随分と違うけれど、でも、多分正しいのは君なんだと思う」


 俯いて、何も言えなさそうな彼女が唯一絞り出したのはその一言だった。それから部屋の中が静寂に包まれた。決着がついたと二人とも察したからだ。祐希がどんな行動を取ろうとも、恐らく奏音が正しくて凛が間違っていた。


「なんていうか、ごめんなさい。こんなにお姉さん相手に捲し立てちゃって」


 奏音が先程までの焦った声色とは打って変わって落ち着いた口調になる。凛もうなだれて、これ以上言い争う気はなさそうだった。凛の行動もショックから来る突発的なものなんだろうと奏音は察した。


 奏音は、凛が暴れたりしないかと不安になったがその心配はなさそうだ。年下に暴力を振るってまで……というヒューマンではないらしい。奏音はいったん胸を撫で下ろして、改めて凛に向かい合った。


「突然来て悪かったわ……正直まだ納得はできないけど……」


 祐希に対する利は奏音にあることを分かってくれたらしく、凛はフラフラとしながらも早々に帰っていった。納得はなさそうだったが、それでもその様子から、凛が振られたことは本当なんだと思った。


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 そして奏音が一人部屋に残されることになった。いや、元々そうだったのだけど凛がいなくなったことで彼女自身の中で祐希とのことを考え始めた。


 明日、告白しようと思っていたのだ。だから凛から告げられたことはまさに青天の霹靂だった。


「え、私……明日、告白の?」


 恋敵からまさかの暴露である。基本的にこの世界の男子が自分から告白することなんてない。なぜなら男子はちょっと意中の女子に好意的なものを見せれば、女子から勝手に告白してくるからだ。


 それでも自分から告白までしてくるというのは……


「祐希って私のこと大好きじゃん」


 いや、凛からの推測の言だ。まだ確定ではない。けれど、祐希のことを恐らく世界で一番理解しているのは凛である、ということに奏音は頷かざるをえない。その状況から考えると、恐らく告白の件は真実だ。


 気持ちのやり場に困って、ばふっとベッドに飛び込んだ。天井を見上げながら、彼について思索を巡らす。


「じゃ、じゃあ、明日どんな顔して会いに行けばいいの、私……ぁぁぁ!」


 随分とんでもない爆弾を置いて帰ってくれたな、と凛を恨んだ。明日どんなふうに自分が彼と話していいのか、全くビジョンが思い浮かばなかった。


 明日、告白は奏音からするつもりだった。それでも、もし彼から愛に言葉を受け取ることができるなら。それこそ漫画みたいで夢の出来事だった。


「これ信じていいですか、お姉さん……」


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