危ないところを助けてくれた金色に輝く髪を持つ少年に、ルシアナは金の貴公子の影のようなものを感じた。
「レッドリザードマンを倒して戻ってみれば、大の男が二人がかりで修道女の女の子を襲うなんて、一体何事だ!?」
少年は男に剣先を向けたまま、鋭い口調で尋ねる。
どうやら、彼は冒険者ギルドから派遣され、商人たちを逃がすためにレッドリザードマンと戦っていた冒険者のうちの一人らしい。
「その女が悪いんだ! 取り決めにより、冒険者ギルドは許可なく彼らにポーションを与えてはいけないことになっている!」
少年の質問に、薬師ギルドのギルド長が激昂して叫んだ。
「取り決めか。まったく、くだらない理由だ。自由に生きるのが冒険者だというのに、そのようなものに縛ろうなどと。こんな場所で必要なのは、剣より薬だろう。それとも貴君が薬を提供してくれるのかい?」
「そんなわけがあるか。そいつらは海の民だ。国の中に入ることも許されない」
「それは違うぞ。すべての民は犯罪者ではない限り、王都はその往来を拒まない。それが王国の法のはずだ」
「はっ、詭弁を。実際にそやつらは王都に入れていないではないか」
少年が言っていることは事実だ。
実際に、被差別民族だからと言って、王都に入ってはいけないという法律は存在しない。
だが、街に入るとき、許可証が無い人間には様々な審査が行われ、被差別民族はなんだかんだ理由を付けられて王都の中に入れて貰えないのもまた事実であった。
「なにやってる! 相手は剣を持ってると言ってもガキ一人だろ! いいから、その女からポーションを取り上げろ!」
「ひっ」
ルシアナは声を上げた。
先ほどの敵意が、再度向けられることへの恐怖に。
だが、少年がルシアナの前に出て、襲い掛かる男たちの剣を軽やかに動いてはじき返していく。
そして、少年はルシアナに背を向けたまま
「小さな聖女様、俺は冒険者だ。だから、一つ依頼をしてみないか?」
「依頼……ですか?」
「ああ、依頼を受けて戦う。それが冒険者の務めだ」
少年にそう言われた途端、ルシアナの中から恐怖が綺麗になくなった。
そして、彼女は言う。
「彼らを治療するだけの時間をください。私は彼らを救いたいんです」
「倒してほしいでも、自分を守ってほしいじゃなくて、彼らを救いたい……か。面白い聖女様だ」
少年が言った途端、彼の動きが変わった。
突然変わった少年の剣速に、薬師ギルドに雇われた男たちはついていけなくなる。
(凄い……本当にあの人みたい)
思わず見惚れそうになったときだった。
「シアさん、すみません!」
「トーマスさん、何をしていたんですか」
「申し訳ありません、治療をしていたのですが、どうしても手を放したら危ない状態の方がいらっしゃって。治療の続きは彼らに代わってもらいましたから」
服に血糊をつけて、トーマスが目線を奥に向ける。
そこでは、ルシアナの護衛として影からついてきてくれていた人たちが、治療にあたっていた。
どうやら、ルシアナに言われた通り、怪我をした人の応急処置に回っていたらしい。
「トーマスさん、お願いします、あの方の援護を」
「かしこまりました」
トーマスがいるならさらに安心だと、ルシアナは治療を再開した。
「もう大丈夫です。頑張ってください」
ルシアナはそう言って、下級ポーションを横たわる男性に飲ませる。
傷口が徐々に塞がっていき、命の危機は十分に脱した。
振り返ると、既に少年とトーマスが男たちを制していた。
「ふざけるなっ! ルーク殿、これはあなたの――いや、冒険者ギルドの総意なのかっ!」
薬師ギルドのギルド長が叫んだ。
ルシアナは、このままではダメだと思った。
「違います――これはルークさんではなく私が勝手に――」
「ええ、その通りです。これは冒険者ギルドの総意です。死にそうな人を助けずに、放っておくことなんて我々にはできません」
ルークがハッキリとそう言った。
そして、ゆっくりとルシアナの隣に歩いてきて、彼女の頭に手を置いた。
「私の命令通り、よく頑張りましたね、シアさん」
「ルークさん、私――」
「なんで泣きそうな顔をしているのですか? あなたがしたことはとても立派なことですよ」
ルークはそう言ってルシアナを励ました。
(ダメ、このまま全部の責任をルークさんに押し付けることなんてできない)
ルシアナは思った。
(私が自分の正体を明かせば。いますぐこの首飾りを外して正体を晒せば)
いくら薬師ギルドのギルド長であっても、公爵家の人間に責任追及はできないだろう。
そうすれば、ルシアナはもう冒険者ギルドに普通に顔を出すことはできないだろうけれど、それも覚悟の上だった。
「ルークさん、私は――」
そう言って、ルシアナは首飾りの紐に手をかけた。
その時だった。
「ギルド長! 大変です!」
そう言って現れたのは、冒険者ギルドの人間ではなく、薬師ギルドの人間だった。
「大変なのはこちらだ。冒険者ギルドの奴らが――」
「王家から書状が届きました」
そう言って、薬師ギルドの職員が渡したのは、ドラゴンの紋章の入った王家からの書状だった。
「なんだとっ!? 見せろっ!」
薬師ギルドのギルド長はそう言って書状を受け取ると、封書を解いて中を見た。
そこに何が書いていたのかはルシアナにはわからない。
だが、彼は苦虫を嚙み潰したような顔をすると――
「今すぐ倉庫からありったけのポーションを持ってこい! 彼らの治療を行えと王家からの御達しだ! 急げ、誰も死なせるな!」
「はっ!」
そう言うと、薬師ギルドのギルド長は、ルークを忌々し気に見た後、薬師たちに指示を出すために王都の中へと入っていった。護衛の男たちも急いで彼についていく。
「これで終わりかな?」
少年はそう言って、剣を鞘に納める。
「あの、ありがとうございました。助かりました」
「いいや、当然のことをしただけだよ。今日、冒険者登録したばかりなのに、魔物退治に護衛、二つも依頼受けられた。運がよかったよ」
少年はそう言って、あくまで仕事だから気にしなくていいという感じに笑った。
その気遣いに、ルシアナも少し笑ってしまう。
「あ、でも私、お金が……」
お金はトーマスに預けていたので、ルシアナはいま、お金を持っていない。
そのトーマスも見当たらない。
遠くから見ている護衛にお金を借りることもできるが――
「お金のことは気にしなくていいよ。聖女様を守った栄誉に代わる報酬はないからね」
「そんな……あ、これ!」
ルシアナは何か持っていないかと服を触り、内ポケットに上級ポーションが入っていることに今更気付いた。
そして、少年の左腕の様子がおかしいことも。
そういえば、さっきも右手だけで戦っていた。
もしかしたら、調子が悪いのだろうか?
「あの、その左腕――」
「あぁ、これは昔から調子が悪くてね」
「そうなんですか。あ、これ、私が作ったポーションです。よかったら使ってください。もしかしたら効果があるかもしれないので」
「いいのかい?」
「はい。もうここの人の治療は薬師ギルドの方々に任せて問題無さそうですし、冒険者以外の人に使ったら、あのギルド長さんが煩そうなので」
ルシアナは笑顔で頷いた。
少年は断るのも却って悪いと、報酬代わりにポーションを受け取った。
「あの、お名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「僕はバルシファルだ。友達からはファルと呼ばれているから、そう呼んでくれ」
「ファル様……また会えますか?」
ルシアナは思わずそう尋ねていた。
「うん、冒険者ギルドにはたまに顔を出すと思うから、きっといつかね」
バルシファルが笑顔でそう答えたのを聞いて、ルシアナは顔を輝かせた。
もしかしたら、彼こそが金の貴公子様かもしれない、そんな淡い期待とともに。
本当はもっと話をしたいが、これ以上ここにいたら、アーノルとの約束の時間に帰れなくなる。
後ろ髪を引かれる思いで、ルシアナはバルシファルに別れを告げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルシアナが去り、バルシファルもまた王都の中へと戻った。
すると、赤い髪の十二歳くらいの少年が彼の横を歩く。
「サンタ、お疲れ様。無事、陛下に手紙を届けてくれたようだね。思ったより早くて助かったよ」
「いえ、それが――」
サンタと呼ばれた少年は渋い顔で続ける。
「私が王城に到着したときには、既に陛下は薬師ギルドに手紙を送っていらっしゃいました」
「なんだって? 一体、どうして?」
「わかりません。ですが、どうもヴォーカス公爵家が関わっているようでして――」
「ヴォーカス公爵家が? 確かあそこは――」
「ええ、シャルド殿下の――」
それを聞いて、バルシファルは眉を顰める。
公爵家とシャルド殿下の繋がりはわかるが、その二人が今回、冒険者ギルド、もしくは海の民を助けようとする理由がわからなかった。
「ところで、ファル様。そちらのポーションは?」
「あぁ、小さな聖女様にいただいてね。僕の腕の調子が悪いことに気付いたらしい」
「そうですか。それはなんともいい目をしていらっしゃる方もいたものですね」
バルシファルはとある理由により左腕がうまく動かないのだが、それに気づく者は少ない。
一緒にいる時間が多いサンタでさえ、バルシファルの腕の調子が悪いことをつい忘れてしまうほどだ。
それを見抜いた人間がいることに、サンタは素直に驚いた。
「では、それは私が預かります」
「いや、ここで飲むことにするよ。せっかくの聖女様のご厚意だ」
「しかし、ファル様の傷はポーションで――いえ、申し訳ありません」
バルシファルの傷は、たとえ上級ポーションでも治らない。
そう言われている。
それを誰よりも理解しているのは、バルシファル自身だった。
でも、彼はルシアナの厚意に感謝し、ポーションの入った瓶の蓋を開けて、飲んだ。
すると、彼は即座に自分の体の変化に気付く。
「これは――」
「どうなさったのですか、ファル様」
その時、街路樹の葉っぱが一枚、落ちてきた。
次の瞬間、彼は剣を抜き、その葉を斬り裂いた。
左手で持ったその剣で。
「ファル様、手が――」
「ああ、動く。昔のように動く……一体、このポーションは――」
その時、バルシファルは思い出す。
ルシアナが、「私が作ったポーション」だと言ったことを。
「彼女は一体、何者なんだ?」