その日も、バルシファルはサンタと共に、トラリア王都の南にある冒険者ギルドへと向かっていた。
足取りの軽いバルシファルと違い、サンタは少し心配になっていた。
「ファル様、今日もあの小さい聖女様と話をするために?」
「もちろん、それだけが目的ではないよ。情報収集も含めてね」
その言葉のニュアンス的に、一番の目的が何か理解できた。
サンタは腑に落ちなかった。
バルシファルが昨日、小さい聖女と呼ばれる彼女に語った情報は、決して軽々しく話をしていい類のものではない。にも拘らず、バルシファルは彼女のために語った。
一体、どういう理由で?
(もしかしたら、ファル様は妙齢の女性より、年端も行かない幼女に恋をするのだろうか?)
などと、決して本人に尋ねられない疑問をサンタは考える。
ただ、それ以外に理由があるとすれば、彼女の謎をバルシファルは知りたがっていることになる。
シアと名乗る少女には、彼女が持っていたポーション以外にも様々な謎がある。
まず、首からぶら下げている腕輪。一見すればただの輪っかにしか見えないが、あれは見る者が見れば、魔道具だとわかる。
そして、一緒にいる護衛の存在も気にかかる。
トーマスという名前の男もそうだが、あの少女がいるとき、必ず建物の外に数人の男の気配を感じる。サンタは敵かと思ったが、敵意はないのでおそらく少女の護衛であろうとバルシファルは言っていた。
護衛を伴って冒険者ギルドに来る旅の修道女など聞いたことがない。
それだけ見れば、どこか貴族のお嬢様が、お忍びで冒険者ギルドに遊びに来ているだけと思うだろう。昨日の食事の作法を見てもそうとしか思えない。
だが、受付嬢のエリーが言うには、彼女は修道女の可能性が高いという。
というのも、近年、王都の人口増加により、王都への人の流れを抑制し、王都に住むには身分の明らかな人間しか市民登録できない仕組みを作った。そんな中、正式な身分を持たない流浪の民等の人間が冒険者登録に虚偽の情報で身分証を発行し、それを利用して市民登録をしようとする者が現れたせいで、冒険者ギルドも身元の確かな人間しか冒険者登録できないという方針を取らざるを得なくなった。
それでもあきらめきれない人間は、旅の神官、修道女を偽り、冒険者ギルドに登録しようとする者が現れた。
神官や修道女は、その信仰こそが身分となる――という古い習わしにより、神職を名乗られたら冒険者ギルドもその身分を認めざるを得ない。教会に問い合わせしようにも、遠方の教会だったら、問い合わせだけに一カ月以上もかかることがある。
そこで、冒険者ギルドは神職の者の登録時に、軽く質疑応答をすることにした。
どこの教会の神官、修道女なのかを質問し、雑談とみせかけて、それとなく本物の神官かどうか見極める。普通の人間なら引っかかるような質問を織り交ぜて。
あの少女は、自分のことをファインロード修道院の修道女だと言った。
トーマスという身元引受人がいるといっても、そのような遠方から王都に来ている上、なんとなくトーマスの様子がおかしいと思ったエリーは、彼女に質問をしたそうだ。
そして、その質疑応答について、ルシアナはスラスラと答えた。模範解答ではない。冒険者ギルドが正解とする解答ではなく、もっと実感のこもった、生の言葉を彼女は語った。
それで、エリーはすっかり少女が本物の修道女だと信じたそうだ。
(一体、シアちゃんは何者なんだ?)
バルシファルの腕を治してくれた恩人であるため、敵だとは思いたくないが、本当にこれ以上関わっていいのかと、サンタは不安になる。
できれば、もうここには来てほしくないと、サンタは足を止め、冒険者ギルドの建物を見上げてため息を吐いたのだった。
冒険者ギルドの建物に入ると、冒険者たちはまだ昼間だというのに、酒を飲んで、特に面白い話題があるわけでもないのにバカ笑いしていた。
彼らは仕事をしているのだろうか?
まぁ、冒険者というのは命を張って働く仕事がほとんどだ。
毎日働かなくても、二日や三日の仕事で、一カ月分の報酬を得られる仕事もあることにはあるので、もしかしたら、そういう仕事が舞い込んでくるのを待っているのかもしれない。
「そうですか、シアは来ていませんか」
「ええ、そうなの。昨日もバルシファルさんと別れてから、次に会える日を楽しみにしていたのだけれど、別の仕事もあるからいつ来れるかわからないそうなのよ」
(どうやら、あの少女は来ていないのか)
バルシファルは残念がっているが、サンタは少し安堵した。
そして、彼は本来の冒険者ギルドの目的、何か情報がないかと調べることにした。
まずは冒険者ギルドへの依頼。
この依頼書は、基本、魔物退治や盗賊退治、他に商隊の護衛等がほとんどだ。
今回のモーズ侯爵の事件、魔物を操っている魔術の可能性がある以上、たとえば、本来の生息域と異なる場所に魔物が出現した話などがあれば、調査をしなくてはいけない。
ただ、魔物討伐依頼を見る限り、王都周辺に現れる畑を荒らすオオネズミやスライム、ゴブリン駆除くらいしかない。
どうやら、面白い依頼は――
「え?」
思わず、サンタはその依頼書を二度見した。
「どうしたんだ、サンタ。何か面白い依頼があったのか?」
「ファル様、この依頼――」
「ほう、これは」
その依頼書を見て、バルシファルの表情が綻んだ。
それは、魔物の討伐依頼ではなく、護衛依頼だった。
本来、バルシファルの目的には関係のない依頼であるのだが、その内容がいつもと違った。
まず、依頼主が商人ではなく、貴族――しかもヴォーカス公爵家だ。
そして、その依頼の内容が、近々開かれるパーティに向かうための道中の護衛依頼。
そのパーティを行う貴族というのが、モーズ侯爵家の令嬢だった。
本来、貴族の護衛を行うのは、その家に雇われている人間であり、外部の人間を雇い入れることは滅多にない。依頼主が公爵家というのだから猶更だ。
しかも、行き先が、現在、調査をしているモーズ侯爵家というのだから、これは出来過ぎているどころか、罠の香りしかしない。
「エリーさん、この依頼は?」
「今朝届いた依頼なの。依頼を受けたいなら受け付けるけれど、人数の指定もなくて、希望者の中から公爵家のご令嬢が選ぶっていうのよ。力も実績も関係ないっていうから、きっとお嬢様の遊びね。まぁ、冒険者ギルドとしては、ちゃんと手数料を支払ってくれるというからいいんだけど」
とエリーはため息をついて依頼を説明した。
(公爵家のご令嬢というと、ルシアナ・フォン・マクラスか……シャルド殿下と婚約したって、いま話題の的の)
公爵家のお嬢様の気まぐれ。
そう言われたらそうなのかもしれないが、しかし、罠の可能性がある以上、ここは――
「エリーさん。この依頼、受けたいから手続きを頼めるかな?」
「ファル様、これは――」
「サンタ、面白くなる予感がするんだ」
バルシファルのまるで子供のような目を見て、これは断り切れないと思った。
この報酬から見て、依頼の希望者は多いだろうから、バルシファルが選ばれる可能性は低い。選ばれることはないだろう。
とサンタは思ったが、嫌な予感がした。
そして、バルシファルの面白くなるという予感より、サンタの嫌なことが起こる予感の方が的中率が高いことも彼は知っていた。
冒険者ギルドから、正式に公爵令嬢の護衛を依頼する通達があったのは、翌日のことだった。