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第22話

 アネッタの誕生パーティが始まった。

 最初はアネッタとミレーヌの三人でパーティを楽しんでいたルシアナだったが、だんだんと人が集まるにつれ、主賓であるアネッタ、そしてシャルド殿下と婚約が決まったルシアナの二人に多くの人が集まった。むしろ、アネッタよりルシアナの方に集まる貴族の方が多かったくらいだ。

 シャルド殿下の都合で、婚約パーティが延期された(というより、ルシアナはこの後も最後まで婚約パーティが行われないことを知っている)ので、今回、婚約が決まってから社交の場に初めて顔を出すことになったため、その場に居合わせた貴族たちからしてみれば、金の卵を産むガチョウをたまたま見つけたようなものなのだろうとルシアナは思った。


(もっとも、その金の卵は中身が腐ってるのですけどね)


 と思いながら、ルシアナは作り笑顔で貴族たちに応える。

 そんな楽しくない時間が続く中、時折、アネッタと目が合えば、心の中でお互いの苦労をしのぶように笑顔を浮かべた。

 いい子だと思う。

 ルシアナの周囲にいる大人たちの中には、何度か会ったことのある貴族もいたのだが、誰一人、ルシアナの声の違和感に気付くものはいない。ミレーヌも気付かなかった。

 ただ、アネッタだけが、ルシアナのいつもの声と違うことに気付いた。

 一緒にいた時間が長いからとか、子供同士だからではなく、きっと、アネッタは本当にルシアナのことをよく見ていたのだろう。そう思った。

 そして、アネッタの養父であるモーズ侯爵も、貴族たちと会話を楽しんでいる様子だった。

 ルシアナは彼を見る。

 彼は一体、何のために行動しているのだろうか?

 香辛料の値段を上げるためというのはわかっているが、最終的に彼が望むのは何なのか?

 アネッタを危険に晒してまで、一体。


 しばらくして、ルシアナはトイレに行くフリをして会場から出た。


(頭が痛い。お酒を飲んでいないのに二日酔いになった気分だわ)


 会場から出るとき、こっそりスコーンを持ってきたけれど、食べる気にはなれなかった。

 彼女はずっと悩んでいた。

 友達を取るか、それとも自分の正義を取るか。

 そして、ルシアナは苦しんでいた。

 自分の愚かさを。


(……私はこんな時、ファル様が一人で解決してくださればいいと思っている。最低だわ)


 ルシアナがモーズ侯爵の行動をバルシファルに伝えることなく、彼が一人でモーズ侯爵の悪事をすべて暴いてしまえば、ルシアナは何も悩まずに済む。アネッタが苦しむのも、バルシファルの行いの結果。ルシアナはただ、彼を連れて来ただけ。

 そんな風になればいいと、心の隅で思ってしまったことに悔いる。


(ファル様はいま、何をしているのでしょうか?)


 もしかしたら、既に地下を調べ終わったのかもしれない。

 もしかしたら、まったく別の場所を探しているのかもしれない。


 そんな風に考え、ため息をつく。


「どうなさいましたか、お嬢様」

「え?」


 ルシアナが顔を上げると、いつの間にか横に、バルシファルが立っていた。

 混乱するルシアナだったが、即座に前世の悪ルシアナの仮面を被った。


「私に喋りかけないように言ったはずですが? アネッタ様にも勝手に出歩くなと言われたはずなのに出歩いて、冒険者の記憶力は鳥並みなのかしら?」

「ははは、鳥ですか。それは嬉しいですね」

「何故よろこんでいるのですか?」

「鳥の記憶力は素晴らしいのですよ。私の知り合いは伝書鳩という鳥を育てているのですが、その鳥たちは、隣の国から放たれても、ちゃんと自分の家を覚えていて帰ることができるのです」

「物は言いようですね。それではその素晴らしい記憶力をほじくり返して、もう喋りかけないでください」


 バルシファルは笑って言った。

 そして、彼は言う。


「確かにお嬢様に喋らないようにと言われましたが、現在、私はお嬢様に雇われの身です。そして、お嬢様が何か困っているとき、助けになれたらと」


 臆面もせずにそう言う、バルシファルに、ルシアナは扇子で顔を隠しながら思った。


(この人は、何てズルいのかしら)


 本当にルシアナが困っているときに、側に来てくれる。

 でも、今はダメだと彼女は思う。

 ルシアナの中で何も決められていないこの状況で、彼の優しさに甘えてしまったらダメになる。

 それでも、ルシアナは彼に尋ねずにはいられなかった。


「一つ、質問があります。これは庶民の生態を知るための質問なのですが、仮に庶民が自分の正義を貫いた結果、大切な友を失うことになると知ってしまった場合、その庶民はそれでも自分の正義を貫くでしょうか? それとも友を守るために自分の正義を曲げるでしょうか?」


 ルシアナの現在の悩みを形にした質問に、バルシファルは首を横に振る。


「その質問には答えられません」

「やはりそうですか。あなた程度に簡単にわかるものではありませんわね」

「はい。何故なら、お嬢様の質問には、その友の意志が全く入っていないではありませんか」

「友の意志?」

「そうです。私にも一人、友人と呼べる男がいるのですが、仮に私が自分の正義を曲げてもその友の命を救おうとしたら、私はその友に怒られることでしょう。だから、恐らく、私はその友を見捨てることになっても、自分の正義を成します。友のために」


 バルシファルはそう言った。

 友のために正義を貫くと。何故なら、友がそれを望むからと。

 ルシアナは考えた。

 アネッタはどうなのか?

 自分が犠牲になってもモーズ侯爵の悪事を暴いてほしいと思うだろうか? それとも、そっとしておいてほしいと願うだろうか?


「あと、これは庶民の生態とは関係のない話なのですが、物凄く我儘で、自分勝手だと評判の貴族がいらっしゃるのです」

「あら、そんな貴族がいらっしゃるのね。同じ貴族として恥ずかしいわ」


 もしかしたら、自分のことを指しているのだろうか? とルシアナは思った。


「でも、そんな彼女ならきっと、こういうでしょうね。『友も助けて自分の正義も貫くに決まっている』と。そのためにどんな我儘でも貫くでしょう」


 友も助けて自分の正義も貫く。

 いつの間にか、ルシアナは自分の正義か、アネッタか、どちらかしか選べないものと思っていた。そのせいで、どちらかを選ぶことに夢中で、それ以外の選択肢が排除されていた。

 アネッタを助け、モーズ侯爵をやめさせる。

 それが可能なら――


「あなたは冒険者でしたわね。それなら、一つ、依頼があるのですが――」

「はい、なんなりと仰ってください」

「もし、この屋敷で何かがあったとき、私の友を守って――」


 アネッタのことを守ってほしい。

 そう言おうとして、やめた。

 バルシファルに妙な枷を嵌めたくない。


「いいえ、あなた程度にお金を払ってどうのこうのできる問題ではありませんわ。全然参考にならない答えでしたが、それでも感謝くらいします。これをどうぞ――」


 ルシアナは持っていたスコーンをバルシファルに一つ渡した。


「ありがとうございます、お嬢様」

「礼は無用です」


 そう言って、ルシアナはパーティ会場へと戻った。 

 一つの決意と共に。

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