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第23話

 モーズ侯爵邸で、ルシアナとアネッタたちが誕生パーティでご馳走を食べているその裏で、バルシファルはサンタとともに、モーズ侯爵に関する情報を集めるために動いていた。

 とはいえ、いろいろな意味で目立つバルシファルは簡単に動けないため、主に調査はサンタの役目だ。

 人の気配に敏感で、小柄な彼はこういう仕事が得意であった。


「ファル様、モーズ侯爵の執務室、書庫、資料室等、怪しそうな場所を調べてまいりました」

「どうだった?」

「ダメですね。執務室は怪しいと思ったのですが、空振りでした。ただ、資料室にあった帳簿――」


 サンタは帳簿を写し取ったメモを見せる。

 侯爵家は、様々な協会から資金を借り受け、それを別の協会に貸与している。

 資金を借り受けている部分は本物のようなのだが、貸与している金額や企業、日付などの大半に何か癖のようなものを感じた。


「改竄されているのか?」

「裏を取る必要があるでしょうが、おそらく――正規の額はこの程度かと」


 サンタはその癖を見て、恐らく実際に貸与しているであろうと思われる額を記す。

 そこには、帳簿に書かれている額と大きな差があった。

 中には実際に貸与されていないであろう協会も含まれているというのがサンタの推測であった。

 侯爵家は、お金を協会に貸与する振りをして、その資金をどこかに流用している。

 バルシファルたちの目的を考えると、その資金は、魔物を操る術を研究するための研究機関や、魔物を捕らえ、海の民を害するための裏組織に流れていると思う。

 だが、サンタが予想している資金の貸与額――仮にすべてを機関に提供だとするのなら、その額があまりに莫大過ぎる。香辛料の値上がりを見越しても、この額――採算を取るどころか、侯爵家の存続すら怪しくなる。


「あと四年、いや、三年すれば、破綻するぞ」


 バルシファルは少しはモーズ侯爵について知っているが、彼の動きにしては妙だった。少なくとも、このような簡単な計算をできない男ではない。

 だからといって、サンタの推測が間違えているとも思えない。

 だとすると、モーズ侯爵の目的は一体何なのか?


「それと資料室で昔の見取り図を見つけましたが、どうも地下に隠し部屋があるようなのです。パーティの準備で、料理人が食料を運ぶために出入りしていたので、近付くことができませんでしたが、今夜にでも忍び込んでみます」

「そうだな――」


 明日の朝にはここを発つから、調べられるとしたらその時間になるだろう。


「サンタ。調べるのは夜更けにしてくれ。可能なら夜明け前にでも」

「確かに夜明け前は忍び込むのに絶好の時間ではありますが、そこは俺に任せてもらえないでしょうか?」


 絶対に夜明け前に忍び込めるという保証はどこにもないとサンタは言っている。

 仮に、夕食後の時間に機会があるのになにもせず、その上、夜明け前に何か問題があって忍び込めなければ、朝にはサンタはルシアナと共にこの屋敷を出なければいけなくなる。

 再度、屋敷に忍び込むには手間も時間も資金もかかるうえ、危険である。

 そのことはバルシファルもわかっている。


「もしかしたら、私たちが動かなくても解決するかもしれなくてね」

「モーズ侯爵が改心して自首するとでも仰るのですか?」

「どうなるかわからないから、楽しみなんだ」


 バルシファルが気にしているのは、先ほど話をしたルシアナのことだ。

 彼女が言っていた、「正義と友」の話。

 正義というのが何なのかはわからないが、この会場でルシアナの友と呼べるのは、一緒に行動していたと思われるアネッタとミレーヌのどちらか、もしくはその両方だろうと予想できた。

 ルシアナの正義と、その友が破滅する危機。


 もしかしたら、ルシアナも、バルシファルと同じようにモーズ侯爵の悪事について何かを掴み、調べているのかもしれない。

 実は、その可能性は考えていた。

 というのも、ルシアナの父――ヴォーカス公爵は、先日、王都の北で賊に襲われた。奇しくも、海の民がレッドリザードに襲われた場所と似ている。

 そのため、ヴォーカス公爵が、ひそかに海の民の事件について調査をし、その情報をルシアナが掴んでいたとしても不思議ではない。

 むしろ、シャルド殿下と婚約を発表したばかりのこの時期に、わざわざ王都から出てモーズ侯爵の屋敷のパーティに出席したのも納得できるし、冒険者をわざわざ雇ったのも頷ける。

 多くの貴族から、ならず者と思われている冒険者を邸内に招き入れたら、モーズ侯爵家の監視の目はルシアナより、冒険者たちに向けられる。結果、彼女は行動しやすくなる。

 それになにより、ヴォーカス公爵がモーズ侯爵の暗躍を知っていた上で、ルシアナ嬢をこのパーティに寄越したのだとすれば、彼女は七歳という若さでありながら、公爵家の根幹に携わり、全幅の信頼を寄せられていることになる。


(ただの過大評価かもしれないが、仮にそうだったとしたら――ルシアナ嬢、彼女は私が思っているより遥かに恐ろしいお嬢様なのかもしれないな)


 と本当に過大評価するのだった。

 今夜、彼女はきっと動きを見せるだろう。

 それが、バルシファルにとってどのような結果をもたらすのか、彼は非常に楽しみだった。

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