アネッタの誕生パーティは滞りなく終わりを迎えた、その日の夜。
アネッタはルシアナの部屋に訪れていた。
「えぇ、アネッタ様には聖属性の魔法適性があるわね」
適性を調べる方法は、その属性の魔力を、適性があるかどうか調べたい相手の身体に流す。
その魔力が弾かれてしまったら、その相手はその属性の適性がないということになる。
逆に、魔力を吸い込めば、その属性の適性があるということになる。
前世で、ルシアナも十歳の時、属性を調べてもらい、聖属性を持っていることが判明した。他の属性を持っていなかったのは残念だったが、一つしか属性を持たない人間はその属性魔法と最も適性がよく、複数の属性を持つ者より効果の高い魔法を使えると言われている。
アネッタに軽めの魔力を流すと、ルシアナの魔力を吸い込んだため、彼女は聖属性の適性があることがわかった。
とはいえ、ルシアナは、一緒に話しているうちにアネッタが聖属性の適性を持っていることを予想していた。
同じ属性を持つ人間というのは、肌で感じると言われている。
仮に、ミレーヌが、ミレーユの本当の姿だとするのなら、聖女になるはずの彼女も聖属性の魔力を持っていることになる。
過去にルシアナ、アネッタ、ミレーヌが三人で遊んでいたのは、もしかしたら同じ属性同士、気が合ったからかもしれない。
ちなみに、ルシアナのように単独で聖属性を持っている人間は珍しいが、複数の属性を持っている人間が聖属性を持っているということは珍しい話ではない。ただ、浄化魔法は使い場所が限られているし、回復魔法はしっかり訓練しないと逆に相手の怪我を悪化させることになるので、使い処の難しい属性だと言われている。
「本当ですか、ルシアナ様のように魔法を使うことができるのですか?」
「はい。しっかり勉強すれば使えますね。聖属性はいろいろな魔法がありますから、すべてを覚えようと思うと時間がいくらあっても足りません。まずはどのような魔法を覚えたいか考えてみましょう」
「聖属性には、どのような魔法があるのでしょうか?」
「主に、回復魔法と浄化魔法ですね。回復魔法はその名の通り、怪我や毒などの治療を行う魔法で、浄化魔法は死者を天へと導く魔法です。私が先ほど使ったホーリーライトは浄化魔法のうちの一つです」
「浄化魔法があれば怖い幽霊がでてもやっつけられるということですか?」
幽霊が苦手なアネッタは、まるで絶望をまき散らす箱の奥底で希望を見つけたかのように瞳を輝かせる。どうやら、ルシアナが地下墓所の話をする前から、アネッタは幽霊がかなり苦手だったようだ。
「違います、幽霊はやっつけるものではありません。彼らは元々私と同じ命です。この世に残っているのは、何か未練があったり、術的な物により縛られているせいで、私たち聖属性を持つ者は、それを助け、天へと導くのが役目なのです」
ファインロード修道院で教わった話をアネッタにした。
幽霊は怖い物だと思っていたアネッタの恐怖がそれだけで無くなるとは思わなかったが。
その後、二人はいろいろなことを話した。
そして、夜も更けてきて、廊下からも使用人たちの足音が聞こえなくなった頃を見計らい、声をかけた。
「ところで、アネッタ様。実は私、アネッタ様に話さなければならない大切なことがあるのです」
「大切なことですか?」
「はい。それは――」
ルシアナは真剣な表情で話をする。
王都で海の民が襲われたこと。
魔物が何者かによって操られていたこと。
その魔物がモーズ侯爵家から運ばれて来た可能性が高いこと。
そして、モーズ侯爵には、海の民を襲う理由があることを。
アネッタにわかりやすいように順序立てて話をした。
「…………」
アネッタはそれを黙って聞いていた。
前世のルシアナが同じ立場だったなら、「そんなこと言わないで下さい。お父様がそんなことするはずがありません」と癇癪を起こしていても不思議ではないくらい、突拍子の無い話なのだが、彼女は黙って聞いた。
理解しようとした。
話を聞き終えて、わからないところはルシアナに質問をする。
ただの無邪気なお嬢様でなく、賢くあろうとする。
尊敬できる友だとルシアナは思った。
そして、一通りアネッタが尋ね終わるとルシアナはとても難しい質問をアネッタにぶつけた。
「それで、アネッタ様はどうしたいですか?」
「私がですか?」
「モーズ侯爵の悪事が明るみに出れば、その養女であるアネッタ様も無事では済みません。国家反逆罪は家族にも厳しい罰が下る可能性があります。もしも、アネッタ様がモーズ侯爵のことを守りたいと仰るのなら、私はもう何も手を出しません」
ルシアナがそう言うと、アネッタは黙り込んだ。
彼女の中で、いま、様々な情報が整理され、それでも整理しきれずに積み上げられている。
少しでもバランスを崩せば、その情報に頭が押しつぶされてしまうような状況で、アネッタは考えた。
そして、彼女は言った。
「いまはまだわかりません」
「そうですか……」
「でも、調べてみたいと思っています。お父様が何故、そのようなことをしているのか。ルシアナ様は私が望まないのなら何も手を出さないと仰いましたが、私の望みは知ることです。そして、その手掛かりが地下にある可能性が高いと言うのであれば、協力させてください」
「わかりました。では、一緒に行きましょう。安心してください、アネッタ様のことは私が、公爵家の名に懸けて、必ずお守りしますから!」
そうと決まれば、まずは部屋から出る。
何かあった時のため、ルシアナの護衛が部屋の外で待機しているが、逆に彼らの目を誤魔化して部屋から出るのは難しい。
ならば――
「少しよろしいでしょうか?」
ルシアナは正面突破することにした。
「なんでしょうか、お嬢様」
「少しこちらへ」
部屋の中に手招きをする。
不審に思いながらも、護衛の男は部屋の中に入ったところで、
「スリーピング」
と睡眠魔法をかけた。
睡眠魔法は警戒している状態、眠気がない状態だと効果が薄いのだが、夜更けで、しかも自分が護衛しているお嬢様相手ということもあり警戒心も薄く、あっさり眠りに落ちてしまった。
「凄いです。でも、聖属性の魔法は回復魔法と浄化魔法しか使えないのでは?」
「睡眠魔法も回復魔法の一種です。睡眠とは、眠って体力を回復させる行為ですし、不眠症の治療にも使われます」
「そうなのですね――」
修道院時代は、よく、ストレスで眠れないと言う人のところに夜中に向かって、睡眠魔法を施したものだ。そういう魔法を依頼する人間はお金持ちが多く、教会に多額の寄付をしてくれるのでありがたいのだが、そのせいでルシアナが睡眠不足になったのを覚えている。
そして、部屋を抜け出したルシアナたちは地下へと向かった。
昼に使った扉は施錠されていて、中に入る事ができなかったが、アネッタが鍵を保管している鍵庫の場所をしっていた。
鍵庫にも見張りはいたのだが、今回も睡眠魔法で眠らせた。
「凄いですね、ルシアナ様の魔法は」
「そうですね――」
ただ、ルシアナは気付いていた。いくらなんでも効果が強すぎると。
今回の相手は、職務に忠実なのか、眠そうにしていながらも警戒を怠っている様子はなかった。
屋敷内に人が多いからいつも以上に警戒しています――という雰囲気を漂わせていたのだ。
ルシアナの経験上、そういう人間に、しかも遠距離から睡眠魔法を放っても、効果は薄いはず。
だが、やはりあっさり眠りに落ちてしまった。
(お父様にグレーターヒールを使った時と同じですわね。明らかに魔法の効果が高まっています)
ルシアナは自分の手を――そこに纏っていた魔力を見て、そう思った。
「ごめんなさい、後で鍵は必ずお返ししますから」
その間に、アネッタが見張りに謝罪をし、鍵束を取ると、ジャラジャラと音が鳴らないように両手で押さえた。どの鍵かわからないので、一本一本、地下に続く扉に鍵を指して確かめていく。
鍵は全部で三十本くらいあったのだが、七本目で開いたので、そこそこ運がいいようだ。
ホーリーライトで光の球を作り出し、それを頼りに階段を降りて行く。
「幽霊は怖くない、導くもの。幽霊は怖くない、助けるもの」
アネッタは昼間でもあれだけ怖がっていた。
夜の地下など、恐怖で動けなくなっても不思議ではない。
だが、アネッタは自分に言い聞かせるように先ほどルシアナが言った言葉を繰り返し、必死になってルシアナの後をついて降りた。
「アネッタ様、幽霊が怖いのなら、もう少しゆっくりと降りましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ルシアナ様に迷惑を掛けられません。幽霊は怖くない――」
と自分に言い聞かせるように歩く。
ルシアナは思った。
(絶対に、この子を守らないと――)