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第25話

 ホーリーライトの光を頼りに、地下の階段を、できるだけ足音を立てずに降りて行くルシアナとアネッタは、昼、モーズ侯爵が入っていた扉の奥を調べることにした。

 扉を開けると、そこは長い通路になっていた。


「こんな長い廊下があるなんて知りませんでした――キャッ」

「アネッタ様、どうしたのですか?」

「すみません、壁に蛇の絵が描かれていて、驚いてしまいました」


 ルシアナは壁を光で照らす。

 そこには、トラリア王国で使われている文字とは別の文字と、蛇のような動物の絵が描かれていた。


「どうやら、古代トールガンド王国に作られた物のようですね」

「トールガンド王国……といえば――」

「ええ、フレイヤ王妃がかつて治めていた国です。ただし、これはかなり古い物のようですが」


 ルシアナがかつてというほど、昔の話ではない。

 ほんの十年前まで、モーズ侯爵が治めるこの領地を含め、トラリア王国の東部は、トールガンド王国と呼ばれる別の国で領土であった。

 ある年の夏、これまでに一度も経験したことのない大水害と冷夏が重なり、この大陸に壊滅的な程に小麦の不作が続いた。

 北のオーシャ海洋国家は貿易により他国から小麦を輸入、トラリア王国は倉庫に溜め込んでいた小麦を少しずつ解放し、飢餓による死者を最小限に抑えることができたが、東のトールガンド王国、そして更にその東のレギナ王国は壊滅的な状況にあった。

 他国に支援を要請するも、他の周辺諸国も不作であることには変わりない。

 そんな国の選択肢は限られていた。

 その限られた選択肢を最初に選んだのが、レギナ王国だった。


 レギナ王国がいきなり挙兵し、トールガンド王国東部の村々を占領していった。村の人間は全員皆殺しにされたという。

 彼らの目的は食料だ。戦えない老人や子供であろうとも、生きていられたら食料を消費する。

 トールガンド王国も応戦したが、徐々に押し負けていった。

 トールガンド王国の女王フレイヤはトラリア王国に援軍を要請したが、食糧の提供すらできなかったトラリア王国に、他国と戦争するだけの余裕はなかった。

 そこで、フレイヤ女王が取った行動は、領土と自分の身の全てを差し出し、国民を守ること――つまり、国土を全てトラリア王国に譲渡することだった。


 もちろん、反対意見もあった。

 先代の女王ゲフィオンである。彼女と一部の諸侯は女王フレイヤに対して反旗を翻し、トールガンド解放軍と名乗り、兵を挙げた。

 その結果、トールガンド王国は、西にトールガンド王国とトラリア王国の連合軍、中央にゲフィオン率いるトールガンド解放軍、東にレギナ王国軍と三つの勢力がひしめき合う大混戦となった。

 最終的に、トールガンド解放軍は連合軍とレギナ王国軍に飲み込まれ、トールガンド王国の東部をレギナ王国が、中央部と西部をトラリア王国がそれぞれ支配する形となり、フレイヤ女王はトラリア王と婚姻を結び、王妃となった。

 そして、モーズ侯爵は、フレイヤ王妃とともにトラリア王国に救援を求めたトールガンド王国の諸侯の一人であり、元々彼が領主であったこの一帯をそのまま治める侯爵となった。

 トラリア王国の貴族の中には、旧トールガンド王国の貴族がそのままの地位にいることに対して反対する者もあったそうだが、元々の領主が治めたほうが、併合後の混乱も少ないであろうという思惑があったと言われている。


 そして、トールガンド王国には、ある教えがあった。


 蛇は不死の象徴。

 トールガンド王国の国章にもなっている蛇。

 蛇は脱皮し、新しい体に生まれ変わることから、古くは不死の象徴として崇められ、時には蛇の毒で死ねば生まれ変わると信じられ、自らの腕を蛇に噛ませる信者もいたとか。

 もっとも、その蛇信仰とも言われた教えも、教会の教えが広がったことで徐々に失われていったそうだ。


「ルシアナ様、何が書かれているか読めますか?」

「随分と昔の文字らしく、読むことはできません。ただ、こちらに描かれているのはリザードマンでしょうか?」


 蛇の絵があった場所よりだいぶ奥。

 そこに、蛇の魔物――リザードマンらしきものと人間とが一緒になって戦う絵が描かれていた。


「リザードマン……確か、海の民を襲った魔物は――」

「ええ、レッドリザードマンです。ここにはリザードマンを操る秘術が記されているのかもしれません」


 いきなりの大発見だった。

 だが通路はさらに奥へと続いている。

 そこには、鉄格子で阻まれた部屋がいくつも並んでいた。


「牢屋……でしょうか?」

「もしかしたら、ここでレッドリザードマンを育てていたのかもしれませんね」


 鱗の一枚でも落ちていないかと牢屋の中を見てみたが、綺麗に掃除されているようで、そのような物は見つからない。

 もうこれ以上ここには何もないのかもしれない――そう思ったとき、ルシアナは不思議な扉を見つけた。


「この部屋、やけに扉が綺麗ですね」


 地下にあったどの扉よりも綺麗で、そして牢屋に似つかわしくないくらい可愛い扉だった。


 ルシアナがノブを回すと、鍵は開いていた。

 最初の部屋の印象は、子供部屋だった。

 可愛らしいぬいぐるみが置いてある椅子、子供向けの洋服が入っているクローゼット、そして子供サイズのベッド。

 牢屋には似つかわしくないそのデザイン。


「私、この部屋に来たことがある気がします」


 アネッタが言った。

 それが真実かどうかはわからない。

 しかし、ここにこのような部屋があるのには、何か理由があるはずだ。

 そう思ったルシアナは部屋の隅々までホーリーライトで照らしていく。

 そして、ホーリーライトの光の球が最後に照らしたのは――


「アネッタ様、見ない方がいいです」


 子供服を纏った骸骨だった。

 どうやら、この部屋はこの子のための部屋だったらしい。


「ルシアナ様、何があったのですか?」

「子供の遺体です。埃があまりないことから、モーズ侯爵は定期的にこの部屋を訪れて掃除をしていたのでしょう。一体、この子は――」

「…………マリアンヌ姉さま……」

「え?」


 アネッタの言葉に、ルシアナが思わず聞き返したとき、彼女はある記憶を呼び起こされる。

 それは、侯爵家に向かう馬車の中で見た夢の中。



 その瞬間、あの時に見た夢の記憶が鮮明に浮かび上がり、ルシアナは気付く。

 子供の骸骨の横に置かれている花のブローチは、夢の中で男が必死になって拾おうとしていたブローチであることに。

 そして、その男はその時マリアンヌと叫んでいたことに。

 そして、その男は、随分とやつれていたが、モーズ侯爵であったことに。


「思い出しました」


 あれは――あの夢は、モーズ侯爵の国家反逆罪に関する裁判の記憶だったのだと。


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