それはある昼下がりの午後のことだった。
鳥の
そんな人のほとんどいない小さな丘の上で、バルシファルはルシアナを呼び止めた。
「シア、この花はどうだろうか?」
そう言って、バルシファルは小さく可愛らしい、白い花をルシアナに差し出す。
期待に満ちた眼差しで見つめるバルシファルの視線を恥ずかしそうに受け止めながら、ルシアナはその花を受け取って――
「ファル様、それは毒花ですね。薬になる花と花弁の形が違います」
と後ろに置いた。
ルシアナの後ろには、バルシファルが間違えて摘んできた毒花が大量に置かれていた。
「いやぁ、やっぱり難しいね、薬草採取は」
バルシファルは、間違えているというのに楽しそうに言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の朝のことだった。
今日はいつもより早く屋敷を抜け出すことができたので、冒険者ギルドで朝食を食べようと思っていたところ――
「やぁ、シアちゃん。美味しいパンケーキを買ってきたんだが、食べるかい?」
「いただいてもいいんですか!? はい、是非!」
顔は怖いが心は優しい冒険者がパンケーキを買ってきてくれたのでそれをご馳走になっていた。
砂糖は入っていないが、ジャムがしっかり塗られているパンケーキにご満悦のルシアナだったが、そこにバルシファルがやってきた。
「ファル様!」
「シア、おはよう。依頼の達成の報告をしてくるから、ちょっと待っててね」
「はい」
朝から依頼を達成してきたというバルシファルの言葉に、流石だなと感心しつつ、ルシアナはパンケーキの甘酸っぱいジャムの味を満喫していた。
「お待たせ、シア。頬にジャムが付いているよ?」
「え!?」
いつもならしないミスにルシアナは動揺しつつも、ハンカチでジャムを拭おうとするが、うまく取れない。
「反対だよ。じっとして」
そういうと、バルシファルはルシアナがハンカチで拭ったのとは反対の口の端を指で拭い取ってくれた。
「ありがとうございま――っっっっしゅ!!?」
お礼を言ったとき、バルシファルはルシアナの頬からジャムを拭った指を口へ運んでいた。
「(ファル様が私の頬に付いたジャムを……食べて……ジャムを……)あわわわわ」
「大丈夫かい? シア」
「だいじょーぶれふ」
ルシアナが顔を真っ赤にして言う。
バルシファルやルークといった男性と接する期間が増えたとはいえ、彼女の男性への免疫はまだまだ低いようだ。
「全然大丈夫そうに見えないけれど?」
そう声を掛けるバルシファルだったが、ルシアナはそんな状態でも、バルシファルの些細な変化に気が付いた。
バルシファルがいつもより元気がないような気がしたのだ。
「ファル様、どうかなさったのですか?」
「ん? いや、ちょっと依頼でミスをしてね」
「依頼? 魔物退治ですか? まさか怪我をっ!?」
それは大変だと、ルシアナは回復魔法を唱えるかポーションを使うかどちらにしようかと悩んだのだが、バルシファルは首を振って「違うんだ」と言った。
「依頼の内容は薬草採取でね。依頼書に書かれていた花が、よく行く丘に咲いていたから、依頼を引き受けて摘みに行ったんだが――」
「全部、似ているけれど別の花だったんですよね」
バルシファルの言葉を引き継ぐ形で、サンタが言った。
「あ、サンタさん、いたんですか。すみません、気付きませんでした」
「気付かないって、目の前にいてなんでだよ」
文句を言うサンタだが、気付かなかったものは事実なので、言い訳も何もしない。
「それで、その花っていうのは?」
「摘んできたのはこれなんだけどね」
とバルシファルは白く小さな花を見せた。
「あ、これ、毒花ですね。食べればお腹を壊します。味もいまいちで栄養価もほとんどないので、食べたりしないでしょうけど。ということは、依頼の品は傷薬の素材になる花ですね」
傷薬の素材になる花と、バルシファルが摘んできた花は見た目は似ているが、効果は全然違う。しかも、同じ場所に咲くため、よく間違えられることで有名だった。
命に関わるような毒花でないことが唯一の救いだが。
「どうします、ファル様。この依頼、俺たちだけじゃ荷が重そうですよ」
「違約金を払って依頼を断るか、薬草に詳しい冒険者にお金を払ってついて来てもらうか」
「ついて来てもらうにしても、信用できる人を雇おうと思ったら、それなりにお金が必要ですから、どちらにしても赤字ですね」
サンタが困ったように言った。
それを聞いて、ルシアナはバルシファルに言う。
「あの、そういうことなら、私にお手伝いさせてください!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ということで、ルシアナはバルシファルとサンタと三人で、傷薬の素材となる花を摘みに、狭い森を抜け、小高い丘の上まで歩いてきた
「これが、傷薬の素材になる花です。これを見て、同じ花を摘んで下さい」
早速、ルシアナは傷薬の素材になる花を摘んで、バルシファルに見せた。
本当は全部ルシアナが摘んでもいいのだが、依頼を受けたのは自分たちだからと、バルシファルたちが摘み、ルシアナがそれを確認するという役割分担になった。
しかし、バルシファルにはその些細な違いがどうにもよくわからない。
それでも、なんとかそれらしい花を見つけてルシアナに渡すも、毒花だと告げられた。
「シアちゃん、これはどうかな?」
「はい、サンタさん。合っています」
「そっか、よかった。とりあえず、依頼は達成できそうだよ」
「よかったですね」
そう言って、ルシアナは花を必死に探すバルシファルを見た。
彼はまだ一本も目的の花を見つけられていない。
「意外かい?」
「はい。ファル様はなんでもそつなくこなしているイメージでしたから」
「ははは、そう見えるんだ。ずっと一緒にいる俺から言わせてもらったら、結構大雑把なところもあるんだよ? 料理だって、ファル様に任せれば、焼くだけとか、煮るだけとかそういう感じだしね」
「そうなんですか? 全然見えません。でも、不思議とそういう一面も、嫌じゃありません」
何度もルシアナに花を持ってきては、どこが違うかを教えられ、もう一度花を摘んでくる。
そして――
「ファル様、正解です! これが依頼の品です」
バルシファルはようやく、目当ての花を見つけて戻ってきた。
「そうか、よかった。よし、残りは――」
「あぁ、ファル様。申し訳ありませんが、残りは俺が集めちゃいました。もう必要ありません」
「そうか。さすがはサンタだな。シア、手伝ってくれてありがとう」
「いえ。あ、そうだ。食事の準備をしていたんです。一緒に食べませんか?」
バルシファルたちが薬草を摘んでいる間、ルシアナは食事を作っていた。
鍋とお椀、水、塩はサンタが持っていた。
食材は途中に摘んできた。
「ファインロード修道院直伝、キノコ鍋です!」
「さっきからいい匂いがすると思っていたが、それだったのか」
「シアちゃん、ずっと準備していましたよ。ファル様、花に夢中で見てなかったんですね」
キノコや山菜の入ったスープを匙で掬い、お椀に盛り付けていく。
とても懐かしい香りに、ルシアナは思わず喉を唸らせるが、最初の一杯はバルシファルに渡した。
「はい、どうぞ、ファル様」
「ありがとう。何から何までお世話になって」
「いえ、どういたしまして」
「俺、野菜はあまり好きじゃないんだけど」
「サンタさん、好き嫌い言ってると大きくなれませんよ」
「くっ、人が気にしていることを――」
文句を言いながらも、サンタも椀を受け取る。
そして、最後にルシアナ自身のスープをよそい、全員で食べ始めた。
キノコの旨味が口いっぱいに広がる。
懐かしい味に、修道院のボロ屋の光景が蘇った。
「うん、美味しい」
「ありがとうございます」
バルシファルが美味しいと言ったことで、ルシアナは心の中で歓喜した。
それだけでも、この薬草採取について来てよかったと思うほどに。
「初めて食べるキノコだね。ファインロードではこのキノコが良く食べられていたの?」
「はい。味も良くて栄養価も豊富で、しかも無料同然で手に入るんです。だから、みんな大好きでした」
「へぇ。でも、なんでこんなに美味しいキノコが安く手に入るの? 王都でも売られているのは見たことがないけれど」
「それは、これが毒キノコだからです」
それを聞いていた、サンタが思わず汁を噴き出した。
「ちょっと、シアちゃんっ!?」
「大丈夫です。死ぬような毒ではありませんし、直ぐに苦しくなったりしません。食べ終わってから解毒魔法を掛ければ問題ありませんよ」
「なるほど、確かにそれは理に適っている。じゃあ、症状が出る前にもう一杯食べようかな」
「はい、おかわり入れますね」
笑顔でキノコ鍋を食べるルシアナとバルシファルを見て、サンタは思い出した。
毒花についても、彼女は毒についてはほとんど触れず、食べない理由を、栄養価もなくて美味しくないからだと言っていたことに。つまり、逆にいえば、栄養が豊富で、美味しかったら食べることになる。
「ところで、他に美味しい毒キノコはあるのかい?」
「はい、とっても美味しい毒キノコがあるんです。例えば、前に食べた赤い毒キノコはお肉のような味がして、とても美味しかったのです。けれど、解毒魔法に失敗したら死んでしまうから食べたらダメだって修道長に怒られたんですよね」
「なるほど、それは一度食べてみたいな」
と笑っている二人を見て、サンタは思った。
(シアちゃんの意外な一面……少し嫌いになりそう)