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第33話

 ルシアナ・マクラスは、トラリア王国ヴォーカス公爵家の令嬢だった。

 ある日、トラリア王国第一王位継承権を持つシャルド殿下との婚約が決まり、彼女は歓喜した。

 シャルド殿下の婚約者という身分を笠に着て、我儘放題の毎日。彼女のせいで辞めさせられた使用人や侍従は数知れず。次第にその悪評はシャルド殿下の耳にも届くようになる。

 そんな時、ミレーユという名前の教会、王家ともに認められた聖女が現れ、ルシアナをそのまま王太子妃にしたら、いずれ国が滅ぶと国王陛下に進言。

 それまでの行いの悪さから、あれよあれよという間にシャルド殿下から婚約破棄され、公爵家からも追い出され、辺境の修道院へと送られた。

 彼女はそこで改心し、回復魔法を一から学び、これまでの罪を償うかのように修道女として務めた。

 だが、神はそんな彼女を許しはしなかったのか、人攫いに攫われてしまう。

 冒険者の若者がルシアナを必死に助けようと来てくれるも、彼女はその人攫いによって殺された。


 そして、彼女は何故か、七歳の頃に戻っていた。


 何故、そんなことになったのか、ルシアナにはわからないが、彼女は思った。

 彼女が死ぬ前、助けようとしてくれた金色の髪の冒険者の剣士――金の貴公子(ルシアナ命名)にもう一度会いたいと。


「マリア、行けそうですか?」

「はい、お嬢様。今日は侍従長も休みです。抜け出すなら今です」


 侍従見習いのマリアが周囲を確認して言う。

 それを聞いて、ルシアナは服を脱ぎ、修道服に着替え始める。

 そして、最後に紐のついている輪っか状の魔道具を首からぶら下げて、魔力を流すと、ルシアナの髪の色が、金色から灰色へと変わっていった。

 彼女はこのように変装し、シアとして冒険者ギルドに出かけるのが日課になっていた――のだが。


「どこにいかれるのですか、お嬢様」

「「え?」」


 ルシアナとマリアが声のした方を見ると、侍従長のステラが笑顔で見ていた。


「侍従長……今日は休みのはずでは?」

「私は住み込みで働かせていただいていますからね。休みの日に屋敷にいておかしいですか、マリア」

「いえ、不思議ではないです」

「それで、お嬢様、その姿は何を?」

「ええと、神への敬虔な信者として、祈りを捧げようと」

「そうですか」


 それを聞いて、侍従長は満足そうに頷き、


「それでは、今日は敬虔な信者として、王国と教会の歴史について、みっちり課題を用意しましょう」

「は……はい……」


 ルシアナが観念したように頷くと、マリアは蟹のように壁際を歩きながら、


「それでは、私は邪魔にならないようにお嬢様に紅茶を――」

「マリア、あなたは後でお話があります。なに、お嬢様もこれから勉強で忙しいですから、お話をする時間は十分ございますよ」

「は……はい……」


 と、このように屋敷を抜け出せない日も増えていた。



「侍従長、厳しかった。あんなに怒られたの生まれて初めてです」


 マリアは、くたびれた様子ながらも、怒られることが新鮮という感じで笑って言った。

 彼女は元々、侯爵家の令嬢だったが、とある理由により、処刑されることになった。

 だが、陛下の計らいで、処刑したことにして、名前と姿を変え、公爵家の侍従見習いとなった。

 この家でそのことを知っているのは、ルシアナとマリアを除けば、ルシアナの父であるアーノル・マクラス・ヴォーカス公爵だけである。

 ステラも薄々何かに勘付いている様子であるが、彼女から何か聞いてくることはない。

 たとえ誰であろうとも、公爵家の侍従に相応しい人間になってもらいます、とのこと。


「ルシアナ様は課題はどうでしたか?」

「なんとか終えましたが、私も、日に日に課題が厳しくなっていく一方で。修道院でもここまで苦労はしなかったです」

「修道院?」

「いえ、こちらの話です」


 ルシアナが前世では修道院にいて、過去の自分に生まれ変わってしまったことは誰にも言っていない。

 そして誰にも言うつもりもないので、ルシアナは笑って誤魔化した。


「……今日もファル様に会えませんでした」


 窓の外を見ると、既に太陽は傾き始めている。

 いまから屋敷を抜け出しても、


「ファル様というのは、お嬢様の想い人なのですよね? たしか、わた……アネッタ様の誕生パーティにいらっしゃった」

「ええ、マリアには話しましたね」


 ファル様というのは、ルシアナが出会った冒険者バルシファルのことである。

 金色の髪、年齢、剣術など、様々な要素から、金の貴公子候補の冒険者であり、ルシアナは現在、彼のことをもっといろいろと知りたいと思っていた。

 だが、彼は毎日冒険者ギルドに現れるわけではなく、ルシアナも屋敷から抜け出せる日が少ないため、まだ両手の指で数え切れる程度しか会えていない。


「でも、私はよくわからないのです。お嬢様にはシャルド殿下がいらっしゃるのに。いくら遊びとはいえ、婚約者のいる身で他の異性の方と二人でお話しするなど、少々はしたないのではありませんか?」

「確かにマリアの言うことはもっともです。でも、私はいずれ、シャルド殿下から婚約破棄される。これは運命なのです」

「運命?」

「はい。私のような我儘な人間が皇太子妃になったら、この国は滅びてしまいますからね」

「そんな! お嬢様より皇太子妃に相応しい淑女はこの国にいません!」

「ありがとう、マリア。あなたからそう言ってもらえてとても嬉しいわ。だけど、事実なの。それに、シャルド殿下は私に何の興味もないのよ。その証拠に、シャルド殿下はこれまで一度も私に会おうとなさらないのですから」


 ルシアナは前世で、一度もシャルド殿下に会うことはなかった。

 婚約破棄された時も、王家の封蝋がなされた手紙一枚送られて終わりだった。

 そして、それは今回も同じだとルシアナは確信していた。

 というより、早く婚約破棄されたいと願っていた。

 婚約破棄されて、公爵家を追放されれば、冒険者として生きていける。

 そう思っていた。


「マリア、そういうわけだから、協力して。明日こそなんとしても屋敷を抜け出して――」

「お嬢様、失礼します」


 ルシアナがそう言ったとき、突然扉がノックされ、侍従長の声が聞こえて来た。


「わ、私は何もしていません!」

「どうなさいました」

「いえ、なんでもありません。どうぞお入りください」


 扉を開ける許可を開けると、ステラが笑顔で立っていた。

 ルシアナが屋敷を抜け出す計画を立てているところを見つけたときの笑顔は目が笑っていないのだけれども、今回は普通に嬉しそうにしているので、どうやらルシアナが抜け出そうとしていたことは気付いていないらしい。


「お嬢様、お喜びください。先ほど、王城より手紙が届きました」

「はぁ……その内容は?」

「シャルド殿下が、是非お嬢様と一度会いたいので、お茶会をと仰っています!」


「………………え?」


 ルシアナは固まった。

 こんな展開、前世では一度もなかった。

 彼女は気付いていなかった。

 生まれ変わってから彼女が行ってきた様々な出来事によって、彼女の運命もまた、彼女の知る物と大きく変わっていくことに。

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