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第34話

「よかったですね、お嬢様。やはりシャルド殿下はお嬢様のことを気にかけていらっしゃったんですよ」


 マリアが手放しで喜ぶが、ルシアナにとっては、全然よくない。

 このままシャルド殿下と交流を深めれば、婚約破棄どころの話ではない。冒険者として金の貴公子を探すこともできなければ、一緒に冒険もできないからだ。


 しかし、原因はわからない。


「マリア、一つ聞きたいことがあるのですけど、相談に乗ってくれませんか?」

「はい。なんですか、お嬢様」

「これは私の友達――そう、私の友達から相談を受けた話なのです」

「はい、お嬢様のお友達ですね」

「そうです。とある殿方がいらっしゃいまして、殿方には二人の婚約者がいるのです」


 王族や貴族において、婚約者が二人や三人いることは珍しくない。

 なので、そこはマリアも流した。


「一方の女性はその殿方に毎日手紙を送り、『いつ会えるのですか?』『早く会いたいです』等と手紙を送り殿方の気を引こうとするのです。もう一方の女性は殿方に全く興味もなく、手紙も送らなければ会いにもいかない。それでも、殿方はそのそっけない態度をとる女性に最初にお茶会に誘ったのです。その理由は一体何故だと思いますか?」


 言うまでもない話だが、前者は前世のルシアナの話で、後者は現在のルシアナの話。

 殿方とはシャルド殿下の話だ。


「そっけない態度の女性の方が身分が上だったからでは」


 もっともな理由だとルシアナは思ったが、それはルシアナの望んでいた答えではない。


「同じです。身分はどちらも同じという前提でお願いします」

「では、その殿方の家がそのそっけない態度の女性を第一夫人に決めているとか?」

「その二人にそういう差はありません。どちらも第一夫人です」

「どちらも第一夫人というのはあり得るのでしょうか? んー、そうでないなら、顔が好み」

「全く同じ顔です」

「同じ身分で、二人に差がなく、顔も同じ……もしかして、その女性は双子なのですか!?」


 面倒なので、そういうことにした。

 すると、マリアは「双子の姉妹を同時に同じ殿方と結婚させる……そんな話聞いたことがありません」と真剣に考えだす。まぁ、普通はそんなことしない。


「お嬢様、その殿方は女性に人気がある方でしょうか?」

「ええ、人気はあると思います。私はタイプではありませんが」

「だとしたら、『殿方は追われるより、追うほうが好き』の理論で間違いないですね」

「『殿方は追われるより、追うほうが好き』? なんですか、それは?」

「おモテになる殿方は、女性に求愛されるより、まったく自分に興味を示さない女性の方が好きなのです」

「なんですってっ!? そんな話、聞いたことがありません!」


 青天の霹靂とはまさにこのことだった。

 そのくらい、マリアの言葉はルシアナに衝撃を与えた。


「何故ですか!?」

「おモテになる殿方は、女性から求愛されるのは日常のこと。婚約者であっても、求愛されるのは別に特別なことではないのです。むしろ、婚約者という立場であるにもかかわらず、自分に全く興味を示さない女性――そういう女性は、その殿方にとって、もはや未知の生物と言っても過言ではありません。だからこそ、殿方はその未知という名のヴェールに隠された女性に興味を持つのです」

「……未知という名のヴェール」


 ルシアナが生唾をゴクリと飲み込む。

 マリアの言葉には、妙な説得力があった。

 まるで、男女の恋愛という戦場を生き抜いてきた百戦錬磨の猛者のような。

 ルシアナは最初、マリアからまともなアドバイスが貰えるなんて期待していなかった。

 彼女も、侯爵家の令嬢だった頃は他国の王子と婚約関係にあり(現在は解消されたが)、しかもまだ会ったことがないという。だから、てっきり彼女も殿方とは手さえ握ったことのない初心な少女であると思い込んでいた。


(マリア……なんて恐ろしい子……!!)


 だが、いまはルシアナにとって最も頼もしい存在でもあった。

 実際のところ、マリアの恋愛経験はルシアナの思っていた通り皆無で、その知識は恋愛小説による偏った知識なのだが。


「つまり、私は今からシャルド殿下に会いたいと手紙を送れば、殿下は私に興味を無くすわけですね」

「え? いまのはお嬢様の友達の話では?」

「友達の話は脇に置いて、そういうわけですね、マリア!」


 期待に満ちた眼差しでルシアナは言うけれど、マリアは視線を横に逸らし、


「えっと、今からその手紙を送っても、ただのお茶会の誘いに対する返事だと受け取られるのでは?」


 と冷静に答えた。

 彼女は暫し考え、その通りだと、ルシアナも頷く。 


「なら、いっそ、お茶会の誘いを断るとか」

「王家からの誘いを断れば、侍従長にも旦那様にも怒られます」

「なら、どうすれば……」


 これまで、ルシアナは何もしなくてもシャルド殿下は聖女に言われるがまま、彼女を婚約破棄すると思っていた。

 だが、今回お茶会をすることでルシアナと話をすれば、情が出るかもしれない。

 前世の修道院で、ルシアナは猫を預かったことがあった。

 ルシアナは猫よりも犬派だったのだが、たった一日世話をしただけで、犬もいいけれど、猫もいいかもしれないと思うようになった。

 シャルド殿下も、一回会っただけだけど、婚約破棄するほど悪い女性ではないかもしれない――なんて思ってしまえば、ルシアナの目論見は崩れ去ってしまう。


「えっと、理由はわかりませんが、お嬢様はシャルド殿下に嫌われたいのですか?」

「……はい」

「でしたら、お茶会には出席するべきです」


 マリアは強い口調で、さらに続けた。


「そして、お茶会でシャルド殿下に婚約者に相応しくない女性と思われればいいのです」

「嫌われるということでしょうか? 悪戯等をして? さすがにそれは殿下に悪いです」


 なにも、公爵家に迷惑がかかるからというだけの理由ではない。

 ルシアナはシャルド殿下に婚約破棄をされたいという気持ちはあるが、別にシャルド殿下のことが憎いわけではない。むしろ、婚約破棄した後は、本当に好きになった人と幸せになってほしいとさえ思っている。

 そんなわけで、シャルド殿下が傷つくような行為は避けたい。


「別に悪戯というわけではありません。シャルド殿下はプライドが高いと言う噂ですから、たとえばわざと遅刻する」

「そんな、王家の方を待たせるだなんて、それこそ問題になります」

「もちろん、待たせてはダメです。お茶会の会場の近くで隠れて、シャルド殿下が現れるのとほぼ同時に、ですが、僅かに遅れて入るのです。一秒程度の遅れでは、待たせたことになりません」

「……なるほど。他には何かありますか?」

「そうですね。貴族では、貴婦人が料理をするのははしたない行為だと言われています。ですから、手作りのスコーンを焼いて、王子に渡せば、はしたない女性だと幻滅するのではないでしょうか?」

「マリア、あなたは天才ですかっ!?」


 確かに、美味しいお菓子を食べて気分を悪くする人間はいない。

 だが、それが自分の妻となる者が作ったお菓子となれば、話は別。

 貴族の女性がお菓子作りなどはしたないと思われるのは間違いない。

 嬉しいから表立って公爵家に文句は言えないが、しかし好感度は間違いなく下がり、婚約破棄に一歩近付く。

 ルシアナの中で、その計算式が成り立った。


 幸い、料理については修道院時代に嗜んでいる。

 しかも、王家の方にはふさわしくない、素朴なスコーンを用意すれば、ますますルシアナの個人への評判は下がるだろう。

 その後も、誰も不幸にすることなく、ルシアナがシャルド殿下に婚約破棄されるための計画を練ったのだった。


 恋愛未経験者二人によって。

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