「なるほど、話はわかったよ。衛兵から連絡が来たら僕の方で対応しておく……くくっ」
話を聞いた冒険者ギルドのギルド長――ルークは、笑いを堪えながら頷いた。
ルシアナが笑顔で男に近付き、男を悶絶させた姿を想像したのだろう。
「失礼ですよ、ルークさん。少しはファル様を見習ってください」
「いやいや、失礼。それで、今日は時間はあるかい? あるならポーション作りを――」
「今日はファル様がいるのでお断りします」
ルシアナはポーション作りは嫌いではない。むしろ、ポーションを実際に使った人から感謝の言葉を掛けられることも多く、ポーション作りにやりがいを感じていた。
だが、バルシファルがいる場合は話は別だ。
「本当にシアくんはバルシファルくんのことが好きだね。まぁ、確かに彼は二十歳を越えたあたりから、その美しさにも磨きがかかっているように思えるよ」
ルークはそう言って、他の冒険者と談笑するバルシファルを見詰める。
突然、ルシアナの背筋を悪寒が走った。
何故なら、ルークは普段は人畜無害そうな優しいお兄さんという感じの男性だが、美しい物を見ると態度が変わるからだ。
「ルークさん、まさか美しいファル様に変な感情を向けたりしないですよね」
「心外だな。確かに僕は美しい物は男女どころか人間動物無生物関係なく愛しているこの気持ちを変な感情だなんて」
「本当にファル様のことをっ!?」
「シアくんの心配しているような気持ちじゃないから安心しなって。僕がバルシファルくんに向ける感情は、宝石や、たとえばシアくんが作ったポーションに向ける気持ち――芸術品を鑑賞する者としての感情に過ぎないよ。それに、僕がバルシファルくんに気を持っているなんて誤解をしたのなら、君はもっと別の心配をするべきだ」
「どういう意味ですか?」
「シアくんも最近、ますます綺麗になっているということだよ。もういつまでも子ども扱いできない――いてててて」
話を聞いていた受付嬢のエリーが、ルークの耳を引っ張って連れて行く。
「はいはい、ギルド長。仕事が溜まってますからナンパは他でやってください」
「痛いよ、エリーくん。ナンパではなく、僕はただ注意を――」
「私にそんな注意をしたことなんてありましたか?」
「いや、君は変な男が言い寄ったところでどうせ返り討ちに――いたっ」
さらに強く耳を引っ張られ、ルークはギルド長室へと連行されていった。
どうかルークが無事に仕事を終えられるように、ルシアナはそっと神に祈りを捧げた。
そして、ルークに報告を終えたルシアナは、ギルド内のテーブル席に向かうと、バルシファルがちょうど紅茶を用意し終わったところだった。
「ファル様、お待たせしてすみません。すみません、手伝わなくて」
「いいよ。ギルドへの報告も大切な仕事だからね」
「あ、私、キッチンの使用料払います」
ルシアナはそう言って、お金の入った袋を取り出した。
冒険者ギルドに併設されている食堂の営業時間はお昼と夕方以降のみで、それ以外の時間は飲み物のみの提供になっている。ただ、お金を払えばキッチンを利用することもでき、自分で料理をしたり、このように紅茶を淹れることもできる。
茶葉はバルシファルが買ってくれたので、せめてキッチンの使用料くらいは支払おうと思ったんだけど。
「これは私が飲みたかったから買った物だし、シアにはいつもお世話になっているからね」
「でも……」
「それに、サンタもお金を払ってないし」
「(――え?)」
紅茶のカップは三つある。
ふと視線を横にずらすと、サンタが椅子に座っていた。
サンタは既に十八歳になっていたのだが、背の低さと顔の幼さが抜けきれず、十五歳くらいにしか見えなかった。
いつもなら、「サンタさん、いたんですか!?」と驚くところだったが、ルシアナも成長した。
サンタが影の薄さを気にしていることも理解している。
「サンタさんもお待たせしてすみませんでした」
ルシアナは、さも気付いていましたよと言わんばかりに言葉を紡ぐ。
それが失敗だった。
サンタは微妙な顔をして言う。
「いや、俺、今来たところだよ? シアちゃんが来てから席に座ったんだけど、見てなかった?」
どうやら、ルシアナはサンタがいたことに気付かなかったのではなく、冒険者ギルドに入ってきて席に着いたことに気付いていなかったようだ。
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。慣れてるから」
サンタはため息をつき、紅茶を飲む。
ルシアナもそれに倣い、バルシファルが淹れた紅茶を持つ。
「あ……美味しい」
「どういたしまして」
そう言ってバルシファルも自分で淹れた紅茶を飲む。
それを見ながら、ルシアナはもう一度ゆっくり味わうように紅茶を飲む。
ルシアナが知っている紅茶よりも香味が強く口から鼻に抜ける味を感じる。屋敷ではいつもスコーンと一緒に紅茶を飲んでいるが、紅茶だけ飲むなら、このくらい香味が強い方がいいかもしれない。
「ストロングフレーバーですね。朝や、夜に仕上げなければならない仕事があるときに飲むと目が覚めてよさそうです。種類の違いというより、いつも飲んでいる紅茶より発酵度が強いんですかね?」
「シアは紅茶に詳しいんだね?」
「はい、詳しい人が近くにいたので。でも、ファル様が淹れた紅茶は特に美味しいです。どこかで練習したんですか?」
「あぁ、うちの母が紅茶好きでね。子供の頃、そんな母に褒めてもらいたくて練習したんだよ。とはいえ、姉にはまだまだ敵わないけれどね」
「ファル様、お姉さまがいらっしゃったんですか?」
「ああ、姉
言葉のニュアンス的に、バルシファルの母親は、既にこの世にいないか、もしくは絶縁状態なのだろうと思った。
何故か、バルシファルが「紹介したい」と言ったとき、サンタが咽たのが気になるが。
「シア、実は相談があるんだけど」
「ファル様から相談って珍しいですね。なんですか?」
「今度、冒険者ギルドからの指名依頼で、新しく見つかった遺跡の調査を行うことになったんだけど、シアも一緒に来てくれないかって思ってね」
「遺跡の調査ですか? 勿論いいですよ」
ルシアナは不思議に思った。
これまで、ルシアナはバルシファルと一緒に王都近くの洞窟の調査や森で薬草の採取など細かい仕事に同行したことがあった。わざわざ相談と前置きをする必要はないはずだからだ。
「ただ――どうしても一日じゃ終わらない仕事なんだ。最低でも二日、多分、三日がかりの仕事になると思う。教会で許可を貰えそうかい?」
「……え? 三日……? い、一度、教会で相談してみます」
泊りがけの仕事など想定していなかったルシアナは、一体、どうやって公爵邸を抜け出そうか不安になった。さすがに黙って三日も屋敷を留守にすることはできない。