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第81話

 ロドリゲス家は武闘派系の貴族である。

 一族の約半数が全属性の魔力を持っており、何人もの宮廷魔術師を輩出している家柄である。

 ジーニアスもまた、全属性の魔力を持つ者の一人だった。

 当然、聖属性の魔法も使えるのだが、問題は複数の属性を持っている人の聖属性魔法は、聖属性しか持たない人の聖属性魔法に比べて雑となる成分が入り、効果が落ちると言うところにある。

 ジーニアスが作ったポーションの原液はまさにその極みで、実際にポーションの中に入っている聖属性の成分は半分にも満たないだろう。

 恐らく、ヒーリングの魔法に問題があり、仮に怪我人に彼が回復魔法を使えば傷を回復させるどころか悪化させてしまうだろう。


「ジーニアス様、回復魔法が得意ではないんですね」

「師匠、ハッキリ言ってください。俺は得意ではないのではなく、苦手なのです」


 ジーニアスがそう言うが、ルシアナが本当にハッキリと言えば、苦手ではなく、使えないと言っていただろう。魔法としては発動しているが、効果が出ていない以上、回復魔法を使えるとは言えない。


「これはもう使えないね」


 ルークは真っ黒になった魔力液を見て言った。


「ここまで雑成分が入っていると、水で薄めて霧吹きに入れれば、殺虫剤に使えますね」

「……殺虫剤……ポーションが殺虫剤……」


 ルシアナなりにフォローしたつもりだったが、ジーニアスは落ち込んでしまう。ポーションと逆の効果の薬ができたと言っているのだから仕方がない。


「複数の魔法属性を持つことの弊害か」


 全属性の魔法を使える人など滅多にいない。数だけで言えば、聖属性しか使えないルシアナよりも珍しいだろう。

 ロドリゲス家にそのような珍しい人が多くいるのは、計算して血筋を取り込んで来た結果だ。

 子供の魔力の属性は親や先祖から遺伝されると言われている。


「そうです。ポーションの中でも、爆発ポーションのように攻撃に特化した薬もあります。それを作ってみるのはいかがでしょう? 私は聖属性の魔力しか持っていないので作る事はできませんが、作り方は知っています」

「いえ、師匠! 俺が作りたいのは回復ポーションなんです」

「なんで、そこまで回復ポーションにこだわるのですか?」

「それは……ロドリゲス家の業を俺の代で終わらせるためです」

「どういうことですか?」

「将来、戦争が起きれば俺はきっと前線で指揮を執る立場になります。ロドリゲス家はそういう家ですから。そのため、父や祖父からは、戦争がどのような場所か、子供の頃から聞かされていました。そして、倒した相手の処遇についても」


 ジーニアスの父や祖父が語った内容はこうだった。

 戦争では多くの人が死んだ。

 そして、それ以上に多くの人が傷ついた。敵も味方も問わず。

 戦争が終われば、生きている人間は治療することになる。だが、回復魔法を使える人間も、ポーションも限りがある。当然、治療は味方優先に行われ、敵に治療が行き届かない。それどころか、味方にすら治療できない状況もある。

 彼らは、何度も見てきて、後悔してきたそうだ。

 回復魔法が使えれば、ポーションがあれば、救える命があったのにと。

 ロドリゲス家は代々、回復魔法を一切使えない家系だった。

 魔力が残っているのに、その魔力で他人を治療することができないことを悔いて来た。


「その後悔を俺の代で終わらせたいのです。戦場に出る以上、他人を傷つける覚悟も殺す覚悟もあります。だが、戦いが終わったとき、一人でも多くの命を救えるように俺はなりたい――いや、ならなくてはいけないんです」

「そうだったんですか……」


 恐らく、前世でジーニアスが図書室で必死になって調べものをしていたのも、なんとかして回復魔法を使えるようになろうとしたり、ポーションを作れるようになろうとしたのだろう。

 それをルシアナが邪魔してしまっていた。

 前世での自分の行いを酷く後悔した。


「ルークさん、ウィル・オ・ウィスプの魔石ってありますか? あるならいくつか貰いたいんですけど」

「ああ、在庫は十分あるから構わないよ」


 ウィル・オ・ウィスプとは、俗に火の球と呼ばれる不死生物である。

 その正体は、幼い純粋無垢な子供や動物たちの魂であり、不死生物の魔物にも関わらず、聖属性の魔石を落とすことでも知られている。

 ただ、その魔石は非常に小さく、あまり価値はない。

 ルークが持ってきたのは、小石サイズの白い石だった。


「師匠、これでポーションが作れるのですか?」

「いえ、これはジーニアス様の修行に使います」


 ルシアナはウィル・オ・ウィスプの魔石を乳鉢に入れて、すり潰す。


「ジーニアス様、手を出してください」

「こうですか?」

「はい」


 ルシアナはジーニアスの手のひらに粉になったウィル・オ・ウィスプの魔石の一部を乗せ、指でこすって広く延ばす。


「少しこそばゆいですね」

「我慢してください。はい、これでいいです。では、ジーニアス様、手のひら全体に聖属性の魔力を少し放出してみてください」

「はい!」


 ジーニアスがそう言って魔力を放つと、手のひらの魔石が僅かに光を帯びた。


「おお、光った! これはなんですか?」

「これは、ジーニアスさんの魔力に反応して、魔石が光っているんです。ですが、これだと光が弱いですね。だいたい、ジーニアスさんの魔力は、聖属性が三割、他が七割といったところでしょうか」

「三割……そんなに低いのですか」

「はい。ジーニアス様は、この粉を持って帰って、家で色んな風に試して、まずは聖属性の割合を上げる努力をなさってください。それが、ジーニアス様の最初の宿題です。少なくとも聖属性の割合を五割にしたら、次の段階に行けます」

「次の段階とは?」

「それは、ジーニアス様が宿題を達成したら教えます。私は一週間後には暫く街を留守にしますので、それまでに頑張ってくださいね」

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