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第82話

 ジーニアスに宿題を渡したルシアナは、ルークに早速相談を持ち掛けた。


「ルークさん、揃えてほしいものがあるんですけど」

「揃えるって、何を? ウィル・オ・ウィスプの魔石かい?」

「いえ、それは必要ありません。必要なのは――」


 ルシアナのその願いに、ルークは笑顔で頷く。


「うん、それは確かに僕の仕事だ」


 こうして、ジーニアス強化計画は始まった。




 といっても、ルシアナができるのは、ジーニアスが宿題を終えて帰ってくるのを待つことだけだ。

 ヘップの村に旅立つまで残り五日になったころ、冒険者ギルドに一枚の依頼書が張り出された。ヘップの町までの護衛依頼、依頼主はヴォーカス公爵家。というかルシアナ。

 その依頼を、バルシファルが受けたと、本人から聞いた。

 そして、ルシアナとバルシファル、あとサンタの三人で歩きキノコ退治の依頼を受けた。

 歩きキノコには複数の種類があり、毒を持つ歩きキノコもいる。そして、毒キノコの方が美味しいと言われているのだが、これが見分けが難しく、滅多にないのだが魔法の威力が弱くなったり、魔法が使えなくなったりする歩きキノコもいる。もっとも、時間が経過すれば効果はなくなるのだが、同時に他の危ない毒の成分を持っていたりした場合、ルシアナが解毒魔法を使えなくなったり、解毒できないほど魔力が落ちてしまえば困るので、先にサンタに毒見の依頼をしたところ――


「いやいや、シアちゃん! 毒かどうか確かめるためなら、別に無理して食べる必要ないじゃない?」

「いえ、食べ物を粗末にするなんて罰が当たります! 大丈夫です、歩きキノコを食べて十分以内に死んだという記録はありません」

「それって、食べてから十分以上経過してから死んだ人がいるってことだよね!」

「十分以内に解毒魔法を掛ければ問題ありません!」

「だったら、ファル様に食べさせればいいじゃないか!」


 サンタがそう言うと、バルシファルは笑顔で頷き、


「そうだね、私が食べよう」


 と言う物だから、それに対してルシアナもサンタも、


「「(従者が主君を危険に晒すことなんてできないから)(今回の歩きキノコが美味しいかどうかはまだわかっていないから)それはダメです!」」


 ということで、サンタが食べることになった。

 ちなみに、毒はルシアナが危険視していた魔力を弱める歩きキノコだったため、ルシアナは味見をすることができず、「ルシアナが食べないのなら私も遠慮しておこう」とバルシファルも食べるのを断った。

 そして、一人歩きキノコの味見をしたサンタは、


「美味しいのが悔しい……」


 と一人、中々噛み切れずに咀嚼し続け、焼き歩きキノコの味を堪能していた。

 なんてこともあり、出発日二日前。


「師匠! ようやくお会いできました」

「あ、ジーニアス様。もしかして、昨日もいらっしゃっていたんですか? すみません、昨日は私も用事があり、冒険者ギルドに行くことができず……」

「ええ、師匠がいらっしゃらないと思ってガッカリもしましたが、しかし、その間も鍛錬は怠りませんでした! 自分を追い込めば追い込むほど、魔力が応えてくれるんです」


 ルシアナにとって理知的なイメージだったジーニアスだが、何故か白い歯を見せて喜ぶ彼の姿は、スパルタ式トレーニングを受けて、尚喜ぶ騎士のように見えた。

 筋肉は虐めれば虐めるほど喜んでくれる――と言っている感じの。

 人間って、簡単に変わるものなのだとルシアナは少しだけ遠い目を浮かべ、


(騎士っていえば、カールさんは立派な騎士様になれたでしょうか?)


 と、少し顔も忘れつつある昔、何度か会った騎士訓練生のことを思い出していた。もちろん、現実逃避で。


「それでは、ジーニアス様。宿題の成果を見せてください」

「はい!」


 ジーニアスはそう言ってウィル・オ・ウィスプの魔石の砂を手のひらに乗せて、魔力を放出させる。

 以前より光が強い。


「くっ、昨日はもう少し光ったのですが」

「いえ、それでも前よりは明るいですよ。ちょうど五十パーセントってところですか。ポーション作りには最低聖属性八割は必要です」

「残り三割……頑張ります!」

「はい! では、その前に私への報酬について話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、そうでした。師匠がお望みであれば、いくらでも……と言っても、限度はありますが」

「いえ、お金ではなく、体で払っていただきます」


 ルシアナはそう言って、ジーニアスのメガネを悪戯気分で取って、自分に掛けた。




「冒険者様、次はこっちの畑をお願いします!」

「いやいや、先にこっちを!」

「いんや、こっちが先だ!」


 ルシアナとジーニアス、そして護衛としてキールの三人は王都近郊の畑に移動していた。

 そこでジーニアスが行っているのは、畑への水やりだ。


「ウォーターボールっ!」


 ジーニアスが空に水の球を真上に放つ。徐々に速度を失っていった水の球は、速度が完全に失われたところで破裂し、周囲に飛び散った。

 最近、雨が降らずに水不足のため、空に水球を放っている。

 普通、水魔法を使える人であっても、せいぜい桶に五、六程度の水しか作り出すことができないのだが、ジーニアスは一発で桶十杯程度の水の球を作り出してそれを打ち上げていた。

 魔力の高さが窺える。


「シア様といい、あいつといい、貴族ってのはみんな魔力が化け物なのか?」


 キールが呆れたように言う。

 その声を唯一聞いていたルシアナが窘めるように言う。


「化け物とは失礼ですね。私はちょっと他人より優れているだけですよ」

「ちょっと……ね。シア様は初めて会ったときでも十分化け物クラスのように思えましたが、六年前に比べて魔力が倍近くになっているって言ってませんでした?」

「それは……まぁ、成長期ですから」


 魔力が最も成長するのは生まれてから五歳までだと言われているが、その次に成長するのが十歳から十五歳くらいまでの第二次成長期あたりだと言われている。

 そして、それは生まれ変わったルシアナも同じであり、実際、今では特級回復魔法も余裕とまではいかないまでも完全に制御して使えるようになっていた。

 さすがに特級ポーションまでは作れないが。


 そして、次にジーニアスが向かったのは、別の畑だった。

 ここはまだ草地だったが、


「フレイムカッター!」


 火の魔法で草地を焼き払う。

 雨が降っていないとはいえ、まだまだ青々としている草は簡単に燃えたりしないのだが、火の威力が高いお陰で直ぐに灰になる。

 また、制御も完璧のため、燃え広がることもない。


「プロウ・ジ・アース!」


 土の魔法で灰となった草ごと大地を耕す。こうすることで、栄養の豊かな土ができあがる。

 次に、近くの果樹園に行き、


「ウィンドカッター!」


 本来なら脚立か高枝切りばさみがないと採れないようなところにある果実を切り落としていく。

 しかも、風の刃に余計な枝や幹を傷つけないように、果実の落下時にも風の魔法で速度を緩め、誰でも簡単に受け止められるように配慮して。


「非常に素晴らしい。聖魔法以外の魔法って、こんなに便利なんですね。修道女様、ありがとうございます。非常に助かりました」


 果樹の管理人がルシアナに礼を言い、依頼を達成した印に、依頼書にサインをしてくれた。


「いえ、冒険者として、依頼を受けた以上、当然のことです。それに助かっているのはこちらの方かもしれませんよ」


 ルシアナはそう言って、ジーニアスの様子を見た。

 彼は受け止めた果実を丁寧に背負っていた籠の中に入れていた。

 仕事が全部終わったときには、既に昼を大きく過ぎていた。

 ルシアナは依頼達成の証印と、さらにおまけで採れたての果実を貰い、王都に帰還する。

 ジーニアスは、貰った果実を見て微笑む。


「師匠、ありがとうございます」

「え? なんでジーニアス様がお礼を言うんですか?」

「師匠はきっと俺にこう言いたいんですよね。回復魔法が使えなくても、俺の魔法は他人を幸せにすることができるって。それをわからせるために、こんな依頼を俺にさせたのでしょ?」


 ジーニアスはそんなルシアナの優しさに感謝し、そして悲しくもなった。

 それはつまり、ルシアナがジーニアスに、「回復魔法の才能がないのだから、他のことで頑張るように」と言っているように思えたからだ。

 だが――


「そんなこと全然思ってませんよ。というより、考えてもいませんでした」

「え? 違うのですか?」

「はい。というより、ジーニアス様はそれで満足なんですか? もしかして、農業のすばらしさに目覚めたというのであれば、修道院で貧乏農園を耕していた私の知識を伝授しますよ? 食べられる野草のなかで味はいまいちですけれど栄養価があって、繁殖力が強く、他の畑をも飲みこんでしまう畑殺しフィールドイーターと呼ばれる野草を紹介いたしますが」

「いえ、農業には興味はありません……というより、その野草は育ててはいけないものでは?」

「飢え死にするよりマシです」


 ルシアナの修道院時代の悲惨さが垣間見え、ジーニアスは少し悲しい気持ちになった。


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