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第83話

 冒険者ギルドに戻ったルシアナたちは、早速、調合室に向かった。


「では、ジーニアス様。ウィル・オ・ウィスプの魔石に魔力を放出してください」

「……しかし、俺の魔力はもう底を尽きかけていて、師匠にお恥ずかしい結果を見せることになるかと」


 ジーニアスは突然、そう言って渋りだす。

 情けない姿を見せたくないのだろう。

 だが、ここで渋られたら、ルシアナが公爵邸に帰るのが遅くなる。

 もう太陽が傾きつつある。

 夕方までに帰ろうと思えば、直ぐに試してほしい。


「師匠である私の命令が聞けないというのですか? 弟子の返事は、肯定と首肯のみです。そんなこともできないのであれば破門ですわね」


 悪役令嬢ルシアナ発動(悪役令嬢率三十パーセント)、黙って命令通りに動けと言う。

 ジーニアスは少し驚き、そして頷いて魔力を流した。

 すると――


「なっ!?」


 今朝より遥かに増して、光が増していた。

 ジーニアスからしたら驚きの結果だ。


「はい、いいですね。これで、だいたい八十パーセントといったところでしょうか?」

「師匠、これは一体!? まさか、先ほどの畑仕事は俺の聖属性を高める秘密の訓練?」

「いえ、逆です。ただ、ジーニアス様の魔力を尽きさせるための仕事です。無駄に魔法を使うのはもったいないので、ルークさんに頼んで、ジーニアス様の魔力を削る仕事を用意してもらいました」

「魔力を尽きさせる? 何故?」

「ジーニアス様は聖属性の魔力を出そう出そうとなさって力が力んでしまったため、結果、他の属性の魔力も出やすくなっていたのです。今朝、ジーニアス様は仰いましたよね? 魔力を酷使すれば魔力が応えてくれる。昨日の夜はもっと輝いていたと。それは、訓練で魔力を放出し続けることにより、ジーニアス様に疲れが出て、力みが取れ、他の属性の放出が抑えられて聖属性の割合が高くなったんです」

「なんとっ!?」


 ジーニアスが自分の手を見る。

 魔力を止めたらしく、光は消えているが、先ほどの力を思い出しているのだろう。


「では、ジーニアス様。今の感覚でポーションを作ってみましょう」

「はいっ!」


 ジーニアスは早速、準備を始める。

 魔石はルシアナと同じ、アルラウネを使おうとするが、


「ジーニアス様、アルラウネではなく、ハーブトレントの魔石を使ってください」

「それは初心者用の魔石では?」

「ジーニアス様が初心者未満だという自覚を持ってください。蟻ですら自分の大きさを理解して行動しますよ。あなたは蟻にも劣るのですか?」

「……はい」


 ルシアナに言われ、ジーニアスが少し落ち込む。

 悪役令嬢としての感覚が少し残っていたせいで、言葉が若干辛辣になっていた。


「すみません、言い過ぎました」

「……いえ、事実ですから」


 ジーニアスは淡々と、ハーブトレントの魔石を使い、ポーション作りを始める。

 魔力液に回復魔法を浸透させる。


「ヒール!」


 ジーニアスが初級回復魔法を使う。


「力み過ぎないでください」 

「……はい」


 ジーニアスが一度深呼吸し、魔力の量を絞り、ゆっくりと魔力液に回復魔法を浸透させていく。

 そして、前回の倍の時間をかけて、ポーションの原液ができた。


「どうですか?」

「濁っていますね。回復効果はありますが、これだと最下級ポーションにも劣ります。普通のポーションの三分の一程度の効果ですかね。ルークさん、どうですか?」


 ルシアナはルークにポーションを見せる。


「そうですね。シアくんの言う通り、粗悪品ですね。とはいえ、これを飲んで体を壊すということはないくらいには改善されています」

「粗悪品……俺が作ったのは……」


 小さな声で言うジーニアス。

 あれだけ努力して、まともなポーションを作れなかったことに落ち込んでいるのかと思ったが、


「師匠、ありがとうございます。粗悪品とはいえ、俺でもポーションを作れて……これもすべて、師匠のお陰です」


 ジーニアスの目から涙がこぼれた。

 それが悔し涙ではなく、喜びの涙であることは、彼の表情から窺える。

 家族が皆、回復魔法が使えない。

 宿命ともいえるその楔から、彼はようやく解き放たれたのだった。


「ジーニアス様、よく頑張りましたね」


 ルシアナはそう言ってジーニアスの右手を握った。

 ジーニアスはそのルシアナの手に、自分の左手を添え、感謝するように顔を近づけたのだった。


 そして、夕方。


「仕事で水属性、火属性、風属性、土属性を全部使っていただいたのは、攻撃魔法の基礎となる四大属性の感覚を培っていただくためです。ジーニアス様、ロドリゲス家では、魔法の制御よりも威力を重視する訓練を行っているのではありませんか?」

「……ええ」

「ジーニアス様の魔力を見せていただきましたが、火属性と風属性の制御はよくできていますが、水属性と土属性の制御はあまりできていません」

「ああ、火属性と風属性は攻撃性能が高く、制御を疎かにすると味方にまで被害を出しかねないため、最低限の制御はできます」

「なら、まずは土属性と水属性の制御を、火属性と風属性と同じくらいできるようにしてください。そうすれば、さらにポーションの性能を高めることができます」

「なんと! わかりました! 魔力の制御に関する訓練法は理解していますから、早速、帰ったら試してみます」

「今日はだいぶ無理なさっていますから、休んで明日から――」

「いえ、師匠! 魔力は虐めれば虐めるほど――」

「応えてくれるんですね。わかりました。なら、無茶をするなとは言いませんが、でも、自分の限界は知ってくださいね。回復魔法を使う者が倒れても、誰も治療してくれませんよ」

「はい、師匠の言葉、この胸に刻みつけます!」


 そう言ってジーニアスは去っていく。

 免許皆伝どころか、及第点すら与えられない弟子だけれども、自分の運命に必死に抗い、努力をするジーニアスの姿を見て、ルシアナも頑張ろうと――


「いえ、私は頑張ってはダメですね」


 シャルドに婚約破棄されるという運命を受け入れ、抗うこともなく公爵家を追放され、立派な冒険者になるためにも頑張ってはダメだと、ルシアナは弟子に感化されることなく、自分の道を進むのだった。

 だが、ジーニアスが変わったことで、彼女の運命もまた少し変わってしまったことに、ルシアナはこの時、まったく気付いていなかったのだった。

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